インホイール型4輪ダブルウィッシュボーンサスペンション。こう名称を記すと、スポーツカーでよく用いられるサスペンションと何ら変わったところはない。しかし、NSXのそれは、大いなる革新の末に生まれたものなのだ。
主要パーツの80%がアルミであり、ナックルとハブキャリア以外はすべて鍛造であるだけでも嘆息ものである。しかし、注目していただきたいのは、俊足な動物の骨を思わせる有機的な形状をしたアームである。レーシングカーなどで部材を軽量化するために、よく丸く穴を空けるが、NSXの場合三角にこだわっている。これは鉄骨構造などでよく見かける「トラス構造」。構造力学的に合理的な穴あけで、強度を高くし、アームをより軽くする効果がある。
さらに、きちっとした三角ではなく、なめらかな曲線を描いているが、これは葉っぱと枝の継ぎ目に見られる自然界の力学的に理想的なライン、"複合R"に習っているという。また、微妙に曲がって見えるのは、部位によって厚みを変え、強度を最適化しているから。NSXのアルミ鍛造サスペンションは、単に鉄をアルミにしたのではない。自然界にまで思いを馳せ、芸術的な域までサスペンションの理想を突き詰めたものなのだ。
そしてもうひとつの革新が、コンプライアンスピボットである。当時、サスペンションの開発を行っていた瀧敬之介は、インホイール型4輪ダブルウイッシュボーンサスペンションの試乗車として届いたあるクルマに乗ったとき、あまりの乗り心地の悪さに驚いたという。
その問題を解決すべく考え抜いた末に生まれたのがコンプライアンスピボットである。このピボットについて、かのマクラーレンF1 GTRを開発したゴードン・マーレイ氏が絶賛しているのでその文を引用したい。
『私はNSXの最も優れた面が、長い間見過ごされてきたと考えています。それは、"NSXのサスペンションは素晴らしい"という言葉に尽きます。(中略)NSXのサスペンションは実に賢いシステムで、その開発には莫大な費用がかかったのではないかと当時思っていました。その精確無比な操縦性と良質の乗り心地を両立させるために、ピボットを介してホイールの動きに自由度を与える縦型のコンプライアンスピボットを採用してありました。(中略)このNSXのサスペンションシステムから得たインスピレーションが、後のマクラーレンF1のサスペンションシステム開発につながりました。』
ゴードン・マーレイ氏がつくりたかったのは、近くのロンドンの街まで出かけたついでに、そのまま南仏にまで乗って行きたくなるようなスポーツカーだった。彼もまた、ドライバーに我慢を強いるスポーツカーには乗りたくないと考えていたのだ。NSXが世界で賞賛されるのは、このように、サスペンションの細かな部分にまで、自動車工学的に優れたファクトがあるからなのだ。