「アルミボディなんか必要ない」
NSX誕生前、世界初のアルミボディは、アメリカの反対であやうく見送られるところだった。アキュラを誕生させ、NSXをイメージリーダーに据えたいアメリカにとって、アルミでパワーウエイトレシオを追求するより、身近な価格のスポーツカーが欲しかったからだ。しかし…
「アルミボディは絶対に譲れない」と、栃木研究所は頑として折れなかった。
車両重量は、スポーツカーの性能を決定づけるきわめて重要な要素だからだ。重いボディを大パワーで加速させ、電子制御で鋭く旋回させることはできる。しかし、軽く素性のいいボディでのコーナリングとは小気味よさが違うのだ。人間の五感は、その違い…おそらくは一体感の違いを鋭く察知する。
結局、アメリカホンダの上層部も、アルミボディと鉄のボディのテスト車を乗り比べ、その楽しさを体感することでアルミボディに軍配を上げた。
すぐさま、Hondaは栃木・高根沢に専用工場を建設。アルミの溶接に必要な大電流を供給するため、工場の横に変電所まで設置してしまう。こうして、世界初のオールアルミボディは誕生に至ったのだ。
当時、NSXのアルミボディの開発を推進したのが、ご存知の通り現本田技研工業社長の伊東孝伸である。
オールアルミボディ実現というと、既存のアルミ材を溶接してつくるように思えるが、NSXはそんな安易な方法を選んでいない。当時自動車に用いられていた既存の材料はすべてNG。成形性、強度、耐食性、塗装後の肌の美しさが、Hondaとしては耐えられなかったからだ。そうなると新たにつくり出すしかない。アルミ材メーカーの必死の努力により、焼き付け塗装の熱で硬化させるベークハード性を利用して諸問題を解決する世界初のアルミ材が生み出された。研究に着手してから4年。気が遠くなるほどの研究の末に念願のオールアルミボディは実現に至ったのだ(詳しくは「NSX Press Vol.20『白熱のアルミ物語』」からご覧いただけます)。
同様のモノコックボディを鉄でつくると350kg。それをオールアルミ化によりわずか210kgにした。ボディだけで140kgの軽量化である。パワーウエイトレシオを5kg/PSで計算すると40PSのパワーアップに相当する。軽量のボディを、より排気量の少ないエンジンで走らせ、世界第一級のパフォーマンスを実現するというかつてないスーパースポーツの実現は、アルミなしでは考えられなかった。アルミ化により耐久性を飛躍的に高めたNSXは、いまだ現役であり続けている。今後、ヒストリックカーの歴史を変える存在となるかも知れない。
発売までに2度のフルモデルチェンジを果たして進化したエンジン。それが初代NSXの3.0L DOHC VTEC V6 エンジン、C30Aである。
当初、NSXに搭載を予定していたのはレジェンドの2.5L SOHC V6だった。開発を進めるなかで、ミドルクラスで世界第一級の運動性能を狙い、排気量を3.0Lに。「SOHCエンジンで世界のスポーツカーを追い回す」が開発スタッフの合い言葉のようなものだった。それこそがHondaだと、研究所の首脳陣を含めてそう決めたのだ。
――しかし。NSXがデビューする約1年前、Hondaの新しいエンジン技術を搭載したインテグラが登場した。その新技術とは、Hondaが世界に先駆けて実現した可変バルブタイミング・リフト機構、VTECである。
この新技術を、Honda最高峰のスポーツカーが搭載しないのか…。という疑問は当然である。Hondaは、8割がた終わっていた開発実績を打ち捨て、SOHCをDOHC VTEC に変更する開発に着手する。これによりホイールベースが約30mm伸ばされることとなり、設計は一からやり直しとなってしまったのだ。
「開発中にフルモデルチェンジをやったようなもの」
DOHC VTEC化の開発をチームのメンバーはこう表現する。
ボディ設計だけでなく、衝突安全性の確認からすべてやり直しになり、それまで行ったことが水泡に帰してしまうからだ。しかし、それでも彼らはやり抜き、このエンジンを、NSXをつくり上げた。
エンジンとしての進化分は、7,500rpm・250PSから8,000rpm・280PSである。わずか500rpmの回転数アップが困難を極めた。そこで、レースエンジンに使われる細軸バルブやチタンコンロッド、鍛造クランクシャフトなどを採用し、目標性能を実現したのだ。
20年を経たいま、このエンジンを賞賛こそすれ、SOHCでよかったなどと思うオーナーがいるだろうか。やはり、Hondaのフラッグシップスポーツとして、このエンジンは必要だったのだ。Hondaの判断は正しかった。
3.0L V6エンジンを8,000rpmまで回しながら、全域で爽快な回転フィールを実現するエンジンなど、当時もいまも皆無ではないだろうか。そして、何より耐久性が群を抜いている。もちろん、ホース類の交換は必須だが、長年乗り続けている方のお話しを伺っても、「久しぶりに乗っても、いつでも調子はいいですね」という答えばかりである。まさに、世界に誇れるエンジンである。