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ボディに文字が描かれ、頭上にフラッシュライトを載せたNSX。これは、開発段階終盤のプロトタイプで、レジェンドに搭載されていた2.5リッター V6 SOHCエンジンを、3.0リッターまで排気量アップしたエンジンを載せている。NSXの発表の約2年前のもので、量産車としての詰めを行った最終モデルだった。ここでご紹介するのは、NSXの発表前にアメリカでF1グランプリなどのマーシャルカーとして使われたものだ。
そして、もう一台の赤いNSXは、栃木工場(のちの高根沢工場)ラインオフ1号車。もちろんカタログに掲載された通り、3.0リッター V6 DOHC VTECエンジンを載んでいる。
こうしたエンジン違いのモデルが存在するのは、発売まで2年を切った1989年初頭、SOHCからDOHC VTECへ急遽NSXのエンジンを開発し直すことになったからだ。
この知らせに、開発チームは全員我が耳を疑ったという。
基本的な設計を終え、衝突実験も行い、量産に向けて最終段階の詰めを行っていた時期。エンジンを開発し直せば、ボディの設計からすべてもう一度やり直すことになる。開発チームは当初猛反対したが、1989年に登場するインテグラが世界ではじめてDOHC VTECエンジンを搭載し話題を呼ぶことが予想された。それなのに、フラッグシップスポーツのNSXがSOHCでいいのかという議論になったのだ。
NSXを心から愛す開発チームは、DOHC VTECにするという前向きの決断に、最後は首を横に振ることはできなかった。全力を上げ、エンジン変更の開発に邁進する決断を行ったのだ。
それまでの、3.0リッター V6 SOHCが250馬力/7,500rpmだったが、3.0リッター V6 DOHC VTECの目標は280馬力/8,000rpmに据えられた。量産の枠組みのなかで、この500rpm、30馬力の性能アップは困難を極めた。回転数の2乗で効いてくる負荷にこれまでの手法では耐えられない。手詰まりとなった開発チームは、レース用エンジンに用いられる鍛造クランクシャフトやチタンコンロッドなどを思い切って採用。さらに、各気筒間の重量バランスを精密にとって組み上げる手間をかける手法により、8,000rpmの高回転化に成功。開発中何度もエンジンをつぶしながら、ようやく目標とする回転数と馬力を達成した。
それだけではない。DOHC化することでカムシャフトが1本から2本になり、エンジンの横幅が増えるため、それを収めるボディもすべて設計のし直しになる。その影響はデザインにまで及ぶ。
真横から2台を比べた下の写真を見てわずかな差にお気づきだろうか。ホイールベース、オーバーハングなど至る所で寸法が違っている。この2台の間には、新型車を開発中にモデルチェンジするほどのどんでん返しが潜んでいる。その難関を乗り越える情熱があったからこそNSXは世に出ることができたのだ。