第2回「精神のリスクマネージメント」
NSXタイプRのポテンシャルを100%発揮させるためには、肉体、精神、経験という3要素が高度にバランスされていることが必要不可欠である。前回は、その中でもすべての前提に立つ肉体について語ってみた。第2回目の今回は精神、つまりタイプRのステアリングを握るドライバーが持つべき心構えについて僕なりの提案をしてみたい。 よく、プロストは冷徹な精神構造の持ち主で、マンセルはラフなファイターであるという見方をされるが、精神構造の基本部分にはかなり近いものが流れているのではないかと僕は思っている。
それは、どんな場面でも自分の能力の100%を発揮することができる集中力に加え、決して100%を越えない自制心をも同時に兼ね備えているということだ。もしマンセルが単なる「命知らずのやんちゃ坊主」だったら、決して一流ドライバーにはなれなかったはずだ。それはレースだけではなく、一般のドライビングについても当てはまる。速く走ろうという意志を持ったとき、精神に余裕のない人はブレーキングを遅らせてコーナーにがむしゃらに突っ込むという行動にはしりがちだ。しかしこれでは危険が増すだけで、タイム的に遅くなるばかりか、気持ちよく走ることもできい。

僕はよく「一般道を走る場合はすべての動作を1秒速く起こせ」というアドバイスをするが、タイプRでスポーツドライビングをする場合も基本は同じだ。もちろん1秒とはいわない。コンマ1秒でもいいからすべての動作を早く起こし、その分なめらかに操作する…こういった精神的な余裕を持っていれば、スポーツドライビング中に事故を起こす危険はかなり減るものだ。
たとえばフル加速状態からブレーキングに移るとき、コンマ1秒でもいいからブレーキもアクセルもかけていない“あそび”の状態をつくる。その余裕によって自分の精神状態を落ち着かせるとともに、クルマの挙動をなめらかにしてやるのである。 若干引き気味の精神状態とでも言おうか。

それがあってこそ余裕を持ってブレーキを踏むことができ、結果としてより確実なブレーキングを行なうことができる。ブレーキング段階で余裕が生まれれば、次のハンドルを切り始める段階へもスムーズに移行することができるのだ。
精神に余裕を持つことは、万が一ミスをして事故を起こしたときにも絶大な威力を発揮する。たとえば高速コーナーでスピンに入ったとき、冷静さを失い、目をつぶってしまうのと、最後の最後までダメージを最小限に食い止める努力を続けられるのとでは大きな違いが生まれる。うまくいけばスピンの方向を変えることができるかもしれないし、少なくとも激突の瞬間に体に力を入れて体を守ることはできる。
いずれにしても、ドライビングに根性は要らない。自分の持つすべての知恵や知識を使うことができるような冷静さを失わないことが必要なのである。

もっとも、スポーツカードライビングの楽しさの大部分は走ることによって頭のなかを真っ白にすることにある。ただ、真っ白になった頭のなかにも、常に安全を考えながら走るという部分を残しておくという、そんな余裕が重要だと言っているのだ。 具体的に言うと、僕の場合「コーナーへのアプローチだけは丁寧に」という一点に集中して走ることにしている。この部分さえきっちりとおさえておけば、安全マージンを保ったまま、あくまでも自分の能力を越えない範囲で、そのレベルを少しずつ上げていくことができるからだ。これは決して退屈な作業ではなく、自らの限界を知り、それに挑むという非常に大きなエンターテイメントになる。
ところがマインドコントロール不得手な人の場合、知らずと自分の能力を越えた部分まで攻め込んでいってしまう。当然、事故を起こす確率はかなり高くなる。とにかく、怖いのにやみくもに頑張るのは勇気ではない。ただ危険なだけで、決して速さやうまさにはつながらないということを知っておいてほしい。

特に、タイプRは肉体的に強い条件を突き付けてくるクルマだ。自分にとってオーバースピード気味に突っ込んでいくような走り方をしていると、修正舵が多くなったり、無理な大舵角を使ったり、体に無駄な力を入れたりと、肉体的にも相当無理がかかってくる。そこに恐怖感という精神的なプレッシャーが加わるのだから、当然疲れは倍加する。そしてその疲れは「楽しい疲れ」とは言えないほど大きいものとなる。
要するに、タイプRはごまかしが効かないクルマなのだ。限界の8割程度までならごまかして走っても十分速いが、ごまかしの効かないレベルまで追い込んでいったとき、精神と肉体とテクニックが一致していなければ、無駄なエネルギーを吸い取られるだけで絶対にうまく走ることはできない。もっとも、その分挑戦のしがいがあるとも言えるが…。とにかく、タイプRは並のクルマではない。スピードを楽しめば楽しむほど危険度は上がってくるわけだから、リスクの高い走り方をして楽しむのは利口なやり方ではない。
根性と力でねじ伏せるのではなく、頭脳とテクニックによって服従させる。それぐらいの気持ちで挑戦するといいだろう。
それでも、始めはクルマを越えられないかもしれない。だが、経験を積み重ねていくことによって、少しずつタイプRをうまく走らせる方法が見つかってくるはずだ。経験に関する詳しい解説は次回に譲るが、頑張り過ぎてもいい結果はでないということだけはたしかである。
(構成:岡崎五朗)

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NSX Press vol.12 1993年8月発行