アジアの旋風

第1回開幕前夜

2013年シーズンのMoto2クラスに、新しいチームが誕生しました。IDEMITSU Honda Team Asiaは、元GPライダーで500ccクラスランキング2位の経歴を持つ岡田忠之が監督を務め、アジア各地におけるHondaのレース活動と連動しながら、世界へ挑戦する選手たちの夢を具体化していくプロジェクトです。

チーム名称からも分かる通り、日本を代表する石油企業の出光興産が今季のメインスポンサーとなりました。発展を続けるアジア市場を重視する同社のビジネス戦略と、チームの運営哲学は、ともに「アジアから世界へ」という姿勢で一致し、両者が意気投合しました。

Moto2クラスはHondaのCBR600RRエンジンをベースに、Moto2用に開発された専用ワンメイクエンジンで争われるクラスですが、車体に関しては規定ルール内での自由な設計が認められています。IDEMITSU Honda Team Asiaのマシンは、2010年にチャンピオンを獲得したMORIWAKI製フレームを搭載。サスペンションはショーワ、ブレーキはNISSINと、日本の誇る「ものづくり」企業がチームを支えています。所属選手は、グランプリ生活9年目を迎える高橋裕紀を起用。マシン、選手、スポンサーと、オールジャパンで固める体制になりました。

とはいっても、このチームは決して「日本人の日本人による日本人のため」のものではありません。冒頭でも紹介した通り、これは広くアジア全域を視野に収めたプロジェクトで、岡田監督も「今季は日本人の高橋裕紀が参戦しますが、日本はあくまでアジアの一国という位置付けです。今後は、才能や可能性のあるアジアの選手たちを積極的に登用していきたいと考えています」と語っています。

また、チーム構成を見れば、世界グランプリの場で戦う集団にふさわしく、国際色が豊かであることも分かります。本拠となるワークショップは、フランス南部のアレス。監督の岡田、ライダーの高橋、そしてテクニカルコーディネーターとチーフメカニックは日本人ですが、マシンを担当するメカニックは日本人とイギリス人。テレメトリー担当はドイツ人で、PRやスポンサーなどの業務は、日本人、イタリア人、イギリス人がそれぞれ分担して行っています。

この陣容で動き出したIDEMITSU Honda Team Asiaは、2月のバレンシア・サーキットの合同テストから本格的な活動を開始しました。バレンシアテストの翌週には、スペイン南部のヘレス・サーキットでテストを継続。その後、岡田監督やライダーの高橋はいったん日本へ帰国し、鈴鹿サーキットの「2013 モータースポーツファン感謝デー」に参加しました。このイベントでは、日本のファンの前で鮮やかなIDEMITSUカラーに彩られたマシンがお披露目され、大きな注目を集めました。

イベント終了後、チームは3月18日(月)から21日(木)まで、ヘレス・サーキットの合同テストで開幕に備えた最終調整を行いました。4日間を通じて精力的に走り込み、高橋はトップから2.203秒差の24番手というポジションでテストを終えました。昨秋のチーム発足以後、あわただしいスケジュールでデータ収集とマシン開発を進めてきましたが、いよいよこのテストを終えて、4月上旬の開幕戦を迎えることになります。

「まだ準備万端とはいえない状況ですが、サスペンションやフレームの方向性を一から見直して開発してきました。テストをするたびに、その進歩するスピードはどのチームよりも迅速だと感じています」と高橋は話します。「開幕に向けたスタートラインは少し下の方の位置ですが、急速な勢いで周囲に追いついていますし、それだけの底力を持ったチームだと実感しています」

開幕戦の目標について、高橋は「まずはポイント圏内ですね」と語る一方で、「夏休み前くらいには先頭集団の見える位置につけて、後半戦には優勝争いをできる状態にしたいと考えています」と中期的な抱負を語りました。

一方、監督の岡田忠之は、「プレシーズンテストを終えて自分たちのなすべきことが鮮明になってきた」と話します。「方向性は見えてきましたが、タイムを見れば分かる通り、自分たちにはまだまだ足りないところがあります。今回の結果をもとに、開幕戦に向けて新たにフレームとスイングアームを用意してもらう予定です」

また、「最終テストを行ったヘレス・サーキットで開催される第3戦スペインGPをターゲットに据えて、今回のテストで抱えていた問題を解決し、ポテンシャルアップを目指しながらシーズン最初の2戦を戦っていきたいと思います」と、その目標を明らかにしました。「開幕戦カタールGPの次は、初開催地のオースティン。マシンポテンシャルの差はあるにしても、コース攻略という面では、ライダーの技量差が出る場所だと思います。セッション中、私はいつもコースサイドで選手の走りをチェックしています。マシンや走りの分析をできるのが私の強みでもあるので、ほかのチームにはないこの利点を生かしながら、結果につなげていきたいと思います」

さて、今季のMoto2クラスには、日本人選手の中上貴晶(Italtrans Racing Team)も昨年同様に継続参戦します。プレシーズンを通じて順調にテストを重ねてきた中上は、最終のヘレステストを総合2番手タイムで締めくくりました。「問題を抱えた状態での2番手タイムですが、間違いなく昨年よりは格段によくなっていますし、満足できない状況でもこの位置にいるのはとてもポジティブ。フィーリングがよくなればタイムはさらに向上するので、展望は明るいですね」と穏やかな表情で語る中上にも、今季は大きな期待がかかります。

アジア勢の選手は、彼ら以外にも、ラタパーク・ウィライロー(Honda Gresini Moto2/タイ)、ドニ・タタ・プラディタ(Federal Oil Gresini Moto2/インドネシア)、ラフィド・トパン・スチプト(QMMF Racing Team/インドネシア)たちがフル参戦を果たします。

2013年シーズンのMoto2クラスは、4月7日(日)に決勝が行われるカタールGPを皮切りに、全17戦で争われます。アジアの選手たちが欧州で巻き起こす旋風に、期待は高まるばかりです。