vol.2 常に進化し続けるグランプリでHondaはいかに戦っているのか Honda MotoGP 2013シーズン分析 トップへ

今年、MotoGPにデビューしたマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が、破竹の快進撃を続けている。前回の時点でも「今シーズン中には勝つことができるだろう」と感じてはいたものの、数々の新記録を打ち立てながら、チャンピオンシップをここまで牽引してくるとは、驚くよりほかにない。ここにダニ・ペドロサ(Repsol Honda Team)、ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)らベテランライダーたちが熟練の技で挑むことで、グランプリシーンはさらに魅力を増してきている。今回も、中盤戦から後半戦を私なりに分析しつつ、HRC取締役副社長の中本修平さんのお話をうかがってきた。ぜひ最後までお楽しみいただきたい。

「ベテランがシーズンの中心になる」と考えていた前半戦

第7戦、オランダGPを迎える時点で、ペドロサとロレンソのチャンピオン争いになるのではないかと感じていた。
ポールポジション獲得回数はペドロサが2回。ロレンソが2回。そしてマルケスが2回。6戦を終えてこの3人が分け合ってはいたが、まだシーズンは始まったばかりだ。デビュー戦から驚くべきパフォーマンスをみせたマルケスも第5戦のイタリアGPにて転倒を喫し、ノーポイントに終わるなど、「グランプリの厳しさ」を身をもって感じたはずだし、ここからの優勝争いはベテランライダー2人を中心に展開していくことになるのではないかと。

ペドロサ、ロレンソ、マルケスというポイントランキングで迎えたオランダGP。ロレンソが5位、ペドロサが4位という結果に終わり、一方のマルケスは2位に入る。それでも、ポイントランキングに変化はなかった。
続くドイツGP。前戦で納得のいかない結果となってしまっていたペドロサとしては、この大会を負傷により欠場していたロレンソとのポイント差を広げなくては、と考えていたことだろう。これは、私が心境を分析するまでもないことだ。だが、3回目のプラクティスでペドロサは転倒を喫し、決勝を欠場することになってしまう……。

ここまでで、上位3人がノーポイントに終わったレースは、それぞれ1戦ずつ。そういう意味ではイーブンの状況ではあった。しかし、シーズンの中心になるはずだったロレンソ、ペドロサはポイントを失った上に負傷し、ペースを鈍らせることになってしまったのに対し、マルケスはここまで完走したすべてのレースで表彰台に登壇。ポイントランキングでトップに立っていた。
今、皆さんがご覧になっているMotoGPの流れ──すなわち、ルーキーのマルケスがシーズンを席巻しているという状況──それは、ここで生まれたといっても過言ではない。


宮城光(以下「宮城」):いやはや、すごいシーズンになってきましたね!
中本修平(以下「中本」):いやあ、本当だよね。
宮城:マルケスが1勝を飾ったあと、そして勝利を重ねてもなお、恐れ多くて言えませんでしたよ。『チャンピオンをとれるかも』なんて。だけど、中盤戦以降、これは『もしかすると……』と思うようになりましたね。
中本:ムジェロで1回、転倒しているでしょう。これから、もっと増えてくると思っていたんだけど。
宮城:そうですね。前回の対談でも中本さんはそのようにおっしゃっていましたし、僕もそう思っていました。アメリカズGPは、もしかしたら『ルーキーズラック』のようなものがあって、勝てたかもしれない。だけど、実際のところヨーロッパに帰ってきたらヘレス、フランスと、やっぱりペドロサが強い。そして、続くイタリア、カタルニアとロレンソが2連勝です。我々も『さすがベテラン、しっかり仕上げてきたな。やっぱりルーキーがMotoGPマシンで走るには、ヨーロッパのサーキットは難しいのかな』と。
中本:そうだね。
宮城:僕が『ターニングポイントになったな』と思っているのは第7戦オランダGP、第8戦ドイツGP。ここなんです。ベテランライダーが相次いで転倒してしまうという状況もあったとはいえ、明らかにマルケスがなにかをつかんだように見えました。
中本:初めてMotoGPマシンに乗せたときから、一周のタイムはそこそこ出ていた。でも、決勝を走りきってどうですか、というのは実際に課題だった。序盤戦、マルクが一番苦労していたのは、タイヤのマネジメントなんだよね。
宮城:中本さんも、ずっとおっしゃっていましたよね。『みんなマルケスの一周のラップタイムを見て騒ぐけれど、レースのタイムを見てみろ、短縮されてないぞ』って。
中本:それが変わってきたのがオランダGP──アッセンでのレース。結果としては勝つことはできなかったけれど、『こうすればタイヤが最後まで保つんだ』というのを学んだわけです。実際、マルクの学習能力は、本当にすごいものがありますよ。彼、最初はヘレスのターン10とか、まともに走れなかったんですよ。ほかにもイタリア、ムジェロの下りのS字とかもそうですね。ところが、決勝中にダニとかホルヘの後ろを走りながら、『ああ、これがMotoGPのラインか』というのを学んで、モノにしていってしまう。
宮城:序盤戦、フランスのウエットコンディションでのレースでも、それを垣間見ることができました。
中本:このあとのインディアナポリスでのレースでは、ホルヘの後ろを走りながら「ホルヘとの勝負はエッジのグリップが落ちてきてからだ」というような勝負どころをきっちりと見極めてパスするというようなことまで、できるようになってきたよね。

マルケスの「強さ」を確信したアメリカ大陸2連戦

もしかすると、このルーキーは「速さ」のみならずデビューイヤーでチャンピオンを獲得できるほどの「強さ」を備えつつあるのかもしれない。その考えがより深まったのは、ラグナセカで行われた第9戦アメリカGPであった。
名物コーナー「コークスクリュー」を持つこのコースは、走行経験が豊富なアメリカンライダーが強さを見せるなど、「経験」がモノをいう難コースとして知られる。今シーズン、このコースを走ったことのないライダーはマルケスを含めて2人しかいない。圧倒的に不利な状況にあるはずだった。
ところがマルケスは、予選で2番手につけたばかりか、ドイツでの悔しさをバネにポールポジションを獲得し、レースでも好走をみせていたブラドルを冷静に、しかしアグレッシブに追撃し、なんと勝利を飾ってしまった。
このコースで最も走行時間が少ないはずのライダーが、最も速く走ってしまったというわけだ。

続いて迎えたインディアナポリス、そこでのマルケスの走りは、まるでMoto2クラスのそれを見ているかのようだった。
Moto2マシンはMotoGPマシンのように完成されてはいない。ワークスチームが製作したものではないし、テクニックも未完成な若いライダー達が操るがゆえに、しばしば限界を超えてスライドをしたり、暴れたりする。逆に言えば、トップライダーが乗ることを前提に設計され、さらには高度な電子制御によってその走りがサポートされているMotoGPマシンで「攻めすぎて限界を超えたがゆえの挙動」というのは、なかなかお目にかかれないものなのだ。
だというのに、インディアナポリスでのマルケスときたら、まるで高度に完成されているはずのMotoGPマシンですらも役不足であるかのように、前後輪をスライドさせながら先行するロレンソ、ペドロサを追走していたのである。
多くのライダーがグリップ不足に悩まされる中、彼はマシンのスライドを進行方向への力へと変換し、限界を超えたところでマシンをコントロールしていた。まさに、ほかのライダーたちとの差がはっきりした一戦だったと言えるだろう。


宮城:ラグナセカで勝ってしまったのも驚きましたが、インディアナポリスもすごかった。前後輪、あんなにダイナミックにスライドさせながら走るなんて。高速セクションのバンクのところ、内側にアプローチしていくところなんて強烈でした。
中本:そうだっけ(笑)?
宮城:そうですよ!僕が現役で走っていた時代にはライダーのコメントでしか分からなかったことが、90年代になってデータ上で見られるようになって、今や中継の高速度カメラでだれもが見ることができるんですから。
中本:あれは、Hondaのマシン開発の方向性が表れているシーンではあるよね。それを前提にマシンをつくっているから、ライダーのコントロール下にある限りはタイムロスをしないという。このあたりは、目下最大のライバルであるヤマハさんとは違っていますね。彼らのマシンは、コーナリング中にリアが滑ったりしているようなシーンってあまり見ないでしょう。「ナチュラル」にハンドリングがいい。
宮城:確かにそうです。それは、前後の重量配分によるものとか?
中本:それもあるでしょうし、インラインとV型というエンジン形式の違いもあるのかもしれない。コーナリング性能ってエンジン特性からも影響を受けるじゃないですか。ヤマハさんはタイヤのエッジを使っている状態から、安定して加速していくことができる。だから、レースの序盤でホルヘをパスするのはすごく大変。2ストローク時代からヤマハさんのようなマシンもつくってみたいと思っていたけど、うちには難しいみたい(笑)。
宮城:マシンの話でいえば、ラグナセカでブラドルがポールポジションを獲得するなど、Honda勢の走りのレベルが全体的に底上げされたような印象もあります。中本さん、2月のセパンテストで『ブレーキングスタビリティを高めるための隠し球がある』っておっしゃっていたじゃないですか。あれは、どういう……。
中本:ハッハッハッ……。
宮城:相当いいみたいですね(笑)。
中本:まあ、悪くないよね(笑)。
宮城:以前のRC213Vは、ブレーキングでがんばってしまうと、そのあとどうも走りの選択肢が狭まっているような印象があったんです。とりあえず止まるんだけれど、うまくラインに乗れなくなってしまうとか。ブレーキングスタビリティには、実際課題がありましたよね。それが、今年は見ていてもほとんど感じられません。
中本:そうでしょう(笑)。詳しいことはなにも言えませんけど、その最大の課題を克服するために、集中的に改善したんですよ。

INDEX 12 NEXT