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裕紀・貴晶・謙汰 頂点を目指せ!

Vol.9 高橋裕紀・2012年復活の足がかり――後編

シャシーをスッターからFTRに変更した第7戦オランダGPで20位という不本意な結果に終わった高橋裕紀ですが、決勝前日の予選を終えた金曜の夕刻段階で、実はこんなことを漏らしていました。

「スッターにしてもFTRにしても、僕の今年の課題って、コーナー進入から中までのフロントの安心感がない、ということなんですよ。車体が変わりました、チームの作業システムも変わりました、症状は変わりません……。フロントフォークは今年ずっと同じものです……。『あれ、問題はそこなんじゃないの?』ということが、今まさに感じていることなんです。この注文は究極のわがままとしか思われないかもしれないですが、自分の感覚を信じてバイクに何か問題があるとすれば、そこしか思い当たらないですね」

実際に、高橋がマシンを担当するメカニックの一人にこの件について水を向けてみると、

「そういえば確かに、タイヤ交換でフロントフォークを触ったときに『あれ、こんな感覚だったかな』という違和感があったような気もする」

という言葉が返ってきました。

土曜の決勝レースを終えた高橋は、チームに対してフロントフォークを変更するようにリクエストし、アッセン・サーキットをあとにしました。

3週連続開催の2戦目、第8戦ドイツGPでは、チームは高橋の要求に応えたフォークを用意していました。金曜午前のフリープラクティス1回目では、高橋は9番手。午後のフリープラクティス2回目は雨のセッションでタイム更新には至らず、結局、この日の総合順位は2012年自己ベストの9番手でした。本来の実力からすればまだまだ低い位置ですが、それでも復活を予感させるには十分な内容と数字といえるでしょう。初日を終えた高橋自身の表情にも、久々にすっきりとした笑顔が浮かんでいました。

「今年の低迷の理由がハッキリしましたね。チーム側にしてみれば『これでフロントフォークを替えても状況が変わらなければ、原因の所在がどこにあることになるのか、分かってるのか!?』という雰囲気だったのですが、それでもいいからとお願いして替えてもらったら、何も努力をしなくてもあっさりシングル順位に入りました。スッターからFTRに替えたときよりもFTRでフロントフォークを替えた今日の方が、明らかに違いがありました。午後は、降っては止み、降っては止み、という状況の繰り返しだったのですが、雨でもすごくよかったですね。即座にタイムを上げることができたし、それ以前に自分のフィーリングとして、『あ、これなら普通にいけるな』という手応えがありました。晴れでも雨でも、今までどおりに走れます」

実際に、この日の高橋は、走行時間中のチーフメカニックたちとの打ち合わせでも、笑顔を浮かべながら話をする場面が何度も見られました。このようないい雰囲気のミーティングは、今年になってから絶えて見られなかった光景です。

「昨年の最終戦以来、自分のフィーリングとタイムが合致したんです。そういう意味では、ようやく安心できた、という気持ちが大きかったですね。ライダーがダメだとかストレスがあるからだとか、あるいはもうすぐクビにされるんじゃないかとか、いろんなことを周囲で言われてたことは自分でも知っていましたので、『ほ〜ら、やっぱり違うじゃないか』ということを証明できて、ホッとしました。自分を信じてよかったと思う半面、ここで焦って転倒してしまっては身も蓋もないので、明日と明後日はさらに集中して取り組みたいと思います!」

しかし、土曜のフリープラクティス3回目では、高橋は11コーナーで転倒を喫してしまいます。

「雨で濡れたところに乗ってマシンが暴れてしまい、そのままフロントが切れ込んで転倒。もったいないことをしてしまいました」

セットアップを煮詰める貴重な時間を失うことになり、午後の予選はとにかく周回を重ねようとチームと協議し、ピットインは一度だけでそれ以外はひたすら走り込みに徹しました。予選開始時はフルウエット状態で、やがて少しずつ路面が乾いてくるという難しいコンディションになりましたが、そんな中でも11番グリッドを獲得、喜ぶべき予選順位ではありませんが、20数番手に沈んでいたこれまでの低迷と比べると本来の走りを取り戻しつつあることが明らかな内容でした。

「もう少しマシンの細かい調整をしたかったのですが、走るたびにセットアップが進んでいるし、マシンに慣れることもできたので、明日はいいレースができると思います。雨でも晴れでも、コンディションはどちらでもいい、って気持ちですね」

いまだ途上段階のマシンセッティングはともかくとしても、メンタル面では今年一番の状態で高橋は日曜の決勝レースを迎えました。4列目11番グリッドの高橋は、スタートを成功させてグリッド位置よりも上の9番手につけましたが、その直後に大きく順位を落として16番手まで下がってしまいます。

「ルティ選手と競り合っている最中に、他車に思いきりフロントをぶつけられてしまいました。ブレーキに異常がないか心配だったので、順位を落としてでも確認しよう、と思って状態を確かめました。ブレーキには問題がなさそうでしたのでそこから追い上げを開始すると、トップグループこそ離れてしまっていましたが、セカンドグループには追いつけそうな様子でした」

16番手から追走を開始した高橋は、4周目に14番手、11周目には11番手へ浮上。そのあとも自己ベストタイムを更新しながらグループを脱け出して単独走行になり、折り返し地点の14周目と15周目ではさらに前の集団を追い詰めるべく着々とタイムを詰めていました。
しかし、その次の周回の16周目で、突然の不運が高橋を襲います。

「エンジンがストールして止まってしまいました。メーター類も完全に電気が消え、キルスイッチをオン/オフしても全然反応しなかったので、仕方なくコースサイドにマシンを停めて、リタイアになりました……。ツイてないですね」

寂しそうに笑みを浮かべ、小さく吐息をつきました。

レース後にチームが検証すると、電気系の小さな部品が割れてしまったために電流が流れなくなっていた、ということでした。このトラブルがなければおそらくシングルフィニッシュも期待できたであろうに、今回の結果はまさしく不運というほかありません。

とはいえ、レースウイーク全体を見渡してみると、高橋が普通に走れば上位陣の一角を占める実力の持ち主であると証明できたことは間違いありません。チャンピオン争いからかなり遠ざかってしまったのは事実ですが、以後のレースでは毎戦、本来の高いポテンシャルを発揮してトップ争いを繰り広げることが重要になります。シーズン前半に低迷した原因が判明した今、次戦のイタリアGPでも本来の走りを披露してくれることは間違いないでしょう。シーズンは半ばを迎えましたが、高橋の2012年は今本格的にスタートしたところなのです。


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