vol.90 | 2012年シーズンを振り返って |
モータースポーツ > ロードレース世界選手権 > HRCチーム代表 中本修平 現場レポート > vol.90
vol.90 | 2012年シーズンを振り返って |
MotoGPクラスで2年連続3冠を狙ったHondaは、18戦中12勝を挙げる成績で2年連続(500ccクラスを含む最高峰クラスで)19度目、グランプリの全クラスを通じては通算61度目のコンストラクターズタイトルを獲得しました。また、Repsol Honda Teamは、ダニ・ペドロサとケーシー・ストーナーの両選手が大活躍。2人そろって表彰台に立ったレースは8戦、Repsol Honda Teamとしては第13戦サンマリノGPを除く全戦で表彰台に立ち、2年連続でチームタイトルを獲得しました。
今年は、開幕前に最低重量が引き上げられるというルール変更と、シーズン中のタイヤのスペック変更で、前半戦は苦しい戦いを強いられました。その影響で惜しくもライダーズタイトルは逃しましたが、状況の変化に対応し、ニューマシンを投入した後半戦は、Honda RC213Vのポテンシャルを存分に発揮することに成功しました。
昨年のチャンピオンで、今季はケガのために総合3位に終わったストーナーは、今季を最後に引退しました。代わって、Moto2クラスのチャンピオン、マルク・マルケス(Team Catalunya Caixa Repsol)が2013年からRepsol Honda Teamに加わります。11月にバレンシアとマレーシアでテストを行ったマルケスは、来季の活躍を予感させるすばらしい走りを披露しました。
来季は、MotoGP全選手の中で今季最多の7勝を挙げたペドロサと、これからの成長が楽しみなマルケスのコンビでライダーズタイトル奪還に挑みます。12年シーズンを終えた中本修平HRCチーム代表に、改めて今年を振り返ってもらい、来季の抱負を語っていただきました。
「2012年は、エンジンの排気量が800ccから1000ccに上がりました。その変更に向けて、11年のシーズン序盤から12年の準備は始まっていました。2012年型のプロトタイプを走らせたのは第2戦スペインGPのあと。そのテストで、ケーシーは走り出して3周目に、800ccで走った11年のスペインGPの自己ベストをあっさり更新しました。この時点では、エンジンの耐久性の問題をクリアしていなかったので、回転数を抑えた状態だったのですが、そこそこまとまったマシンができたと喜んでいました。そのあと、ブリヂストンのリアタイヤのケーシングがソフトになり、そのタイヤの変更に合わせてマシン作りを行うことにしました。しかし、その部分が未完成のまま、11年最終戦バレンシアGP後の合同テストで、RC213Vを走らせることになったんですね。それでも、このテストでダニがバレンシアGPのレースタイムを上回り、トップタイムを出しました。ケーシーはもちろんのこと、ダニも『800ccのRC212Vよりいい』と言ってくれました。これなら大丈夫かなと思っていたら、今度は最低重量が4kg増の変更となりました。すでにその前に、800ccから1000ccになることで、最低重量も150kgから153kgに変更されていましたので、そのレギュレーションに合わせてマシン作りをしてきたのに、突然、変えられてしまいました。このルール変更は、手続き上は問題なかったのかもしれませんが、テストが終わったあとにこういう変更が行われるというのは、いろいろな意味でフェアじゃないと僕は思いましたね」
「特にダニは大変でしたね。ダニは小柄で、マシンの上で身体を動かして、うまくバランスをコントロールすることができないので、相当苦労していました。ウエイトをどこに積めばいいのか、ああでもないこうでもないと試行錯誤を重ねながら、シーズン序盤は、なんとかごまかしながら戦ったという感じでした。一般の方々は、たった4kgと思うかもしれませんが、4kg重くするというのは、我々にとっては、マシン作りを一からやり直さなくてはいけないくらいの変化を要求されます。さらに、このテストでブリヂストンは、構造の違うフロントタイヤを出してきました。我々は『そのタイヤでは剛性がなくて駄目だ』と言ったのですが、主催者DORNAのアドバイザーになったロリス(カピロッシ)が、『新しいタイヤの方がいい』とがんばったことで、それが採用されることになりました。これで、リアだけでなく、フロントも変わることになり、我々は、一年かけて作ってきたマシンを、作り直さなくてはいけないという事態になりました。そして、開幕前の3月にフレームとスイングアームを作り始めました」
「Hondaのマシンは、伝統的にコーナリングマシンではなかったんですね。どちらかというと、エンジンの馬力を出すことで、ライバルメーカーと同じように戦ってきました。しかし、タイヤがブリヂストンの1社供給になってからは、タイヤの性能をどう生かすかにかかってきました。つまり、タイヤに合わせたマシン作りが要求されるようになったのです。マシンをどう曲げるか、タイヤの性能をいかに使いきるか……。シーズン中にタイヤが変わるとなれば、当然、大きな変更が要求されます。シーズン前半の第5戦カタルニアGPまでは、硬い構造のフロントタイヤを使っていましたが、第6戦イギリスGPからは、フロントタイヤはすべて柔らかい構造に切り替わることになりました。そこで、第7戦オランダGPには、新しいタイヤに対応したプロトタイプのシャシーをなんとか用意することができました。この車体をダニが気に入ってくれて使い始めます。さらに、第9戦イタリアGPのあとのテストで、ニューシャシーにニューエンジンを搭載した、事実上の2013年型プロトタイプをテストすることができました。ダニはそれを気に入ってくれて、第10戦のラグナセカ(アメリカGP)から使い始めました。ケーシーは、ニューエンジンは気に入ってくれましたが、車体はそれほど変わらないということで、ニューエンジンとそれまでの車体の組み合わせで戦い続けることになりました。こうして、2013年型をシーズン中に投入するという状況になったのですが、エンジンの部分で減速時の安定性を上げ、ニューシャシーで旋回性と立ち上がりをよくすることができました。2人の好みは分かれることになりましたが……。このように、現在のMotoGPは、タイヤに合わせたマシン作りというのが、とても大きなカギを握っています」
「タイヤの1社供給というのは、それはそれでいいと思います。みんなが同じタイヤを使ってレースをするというのは、タイヤをどう使うかという点で、純粋に技術の領域に入っていかなくてはならないですからね。さらに、タイヤは、ライダーによって好みが分かれますし、好き嫌いもあります。その好き嫌いに合わせてマシンを作っていくというのは、新たな領域へのチャレンジということになり、その点では大歓迎ですね。実際、ブリヂストンの1社供給になってから、我々はそういう部分で散々勉強させられましたから。しかし、ファクトリーチームはいろいろな経験の積み重ねがありますし、そうしたチャレンジもできると思うのですが、CRTを走らせているチームにはできないことだと思うんですね。タイヤ競争の時代は、マシンやライダーに合わせたタイヤ作りもできましたし、タイヤでごまかせた部分もあります。サテライトチームのライダーがファクトリーチームに勝つといった番狂わせもありましたが、1社供給の場合は、いいときは全員がいいですし、駄目なときは全員が駄目です。イコールコンディションということで番狂わせが起きにくいのです。つまり、1社供給というのは、過去の経験値を存分に生かせるファクトリーが絶対的に強いですし、ファクトリー以外のチームや選手の勝つチャンスがなくなっていきます。今年であれば、3強と言われた、ダニとケーシー、ヤマハのホルヘ(ロレンソ)の3人以外が勝てない状況が生まれてしまいました。これは個人的な意見ですが、レースを盛り上げる、グランプリという興行を盛り上げるという点では、タイヤ競争があった方がいいと思いますね」
「ケーシーが『引退したい』と言い出したのは、2011年のことでした。オーストラリアGPで勝ってチャンピオンを決めたときに、『契約はあと1年あるので来年は走るけれど、来年で引退したい』と言われて、すごく驚きましたね。そして、シーズンが開幕してからは、『引退会見をしたい』とずっと言っていました。当然、彼には続けてほしかったですし、何度も引き留めたのですが、『もう気持ちは変わらない』と言っていました。そして、『引退することをどうしても言いたい』と言うので、第4戦フランスGPで引退会見を行うことになりました。このときは、チャンピオンを獲得して引退するということがモチベーションになるのならば、それはそれでいいと思いました。ケーシーは、自信を持って、落ち着いて走れば、だれもかなわない速さを発揮しますからね。しかし、第8戦ドイツGPの最終ラップで転倒したときから、なにかが狂ってしまいました。あのレースは、ダニの後ろでフィニッシュすればよかったですし、勝つ必要もありませんでした。それが転んでしまい、ノーポイントに終わったことで、焦ってしまいました。そのため、次戦イタリアGPでは全く落ち着きがなくてセットアップも進まず、なにもかもがうまくいかずに8位に終わり、チャンピオン争いでも大きく後退してしまいました。ドイツでちゃんとフィニッシュしていれば、そのあとのレースも落ち着いて戦えたと思いますし、第11戦インディアナポリスGPでのケガもなかったのではないかと思います。マシンの選択にしても、ダニは常に新型のシャシーを評価してくれましたが、ケーシーは、『大きな違いはない』と旧型に乗り続けてしまいました。ダニが選んだシャシーは、そのあと、ステファン(ブラドル、LCR Honda MotoGP)もいいと言って最終戦バレンシアGPで使っていますし、アルバロ(バウティスタ、Team San Carlo Honda Gresini)も最終戦後のテストですごくいいと評価してくれました。今思えばですが、イタリアGPのあとにケーシーに新しい車体をテストさせたのは失敗だったかもしれません。もう少し、冷静な精神状態のときに乗ってもらえばよかったかなと思います」
「ケーシーは好きなライダーですね。『あいつと一緒に戦えれば、もうそれでいい』という感じでした。人間的には、決して成熟していませんが、ケーシーにそんな部分は求めていませんし、ケーシーと友達になりたくて契約しているわけではないですからね(笑)。ケーシーは、本当に速いです。我々が作るマシンをびっくりするくらい速く走らせてくれます。それがいいですね。先ほども言いましたが、自信を持って落ち着いて走っているときのケーシーには、だれもかないません。今年のオーストラリアGPで6連覇を達成したときも、『右足のケガがなかったらもっと速く走れた』と言っていました。あんなに速く走っていて、もっと速く走れるというのですからね。最終戦バレンシアGPが終わったあとの月曜日の夜に、ケーシーのお別れパーティーをやりました。パーティーが終わり、だれもいなくなってケーシーと2人になったときに、もう涙が止まらなかったんですよね。本当に残念でした。次の日、ケーシーと仲のよかった何人かが、『昨日の夜、中本はケーシーになにを言ったんだ』って聞いてきたんですね。『どうして?』と聞くと、それまで引退するということで一度もぶれなかったケーシーが、『オレはもっと走っていなくちゃいけないのかな』と言っていたらしいんです(笑)。ケーシーというライダーがRepsol Honda Teamで初めて乗ったときから、日々、新鮮でしたし、毎日が驚きの連続でした。一緒にやっていて、いろいろな意味で、あんなに楽しいライダーはいませんでしたね。ですから、ケーシーは、ちゃんと身体を治して、また戻ってきてくれないかなと思っています。いつでもウエルカムですし、すでに、オファーは出してますけどね(笑)」
「そのようなことを言ったかどうかは知りませんが、ケーシーの勢いが、マルクにもありますし、期待しています。バレンシアGPのあとに1日、マレーシアのセパンで3日、計4日間のテストは天候に恵まれず、ちゃんと走れた時間というのはそれほどなかったのですが、セパンでは2分1秒台でコンスタントに走っていました。このタイムというのは、ケーシーやダニと変わりませんし、それでいて、『あそことここ、あのコーナーでは転ばないようにアドバンテージを持って走っていた』ということを言っていたらしいですからね。しかも、走り終えたあとの自分のコメントを、なにを言ったか忘れないようにするために自分のノートにメモしていたといいます。マレーシアでのテストには行っていないのですが、スタッフからそういう話を聞いたときは、本当に驚きました。そんなライダーは、見たことがないですからね。マルクには、2011年のシーズン中に、『来年MotoGPに乗るんだったら、ファクトリーのマシンを用意してあげるよ』と言ってあげました。でも、彼は『チャンピオンになってから乗りたい』と言うので、『それではそうしてください』と言いました。マルクを乗せるという決断は、スポンサーもなにも関係なく、『あいつはうちのマシンに乗せるんだ』と決めていました。とにかく、どんな走りをみせてくれるのか、楽しみですね。バレンシアテストで初めてRC213Vに乗ったときに、パッと乗って、『カーボンブレーキのかけ方が分かった』と言っていました。マレーシアでは、マシンが寝ているところからしっかりアクセルを開けています。速く走るためにはどうしたらいいのかを常に考えていますし、すごく頭がいいです。ライダーとしてファンのハートをつかむなにかを持っていることも間違いないですし、これからが本当に楽しみですね。来年は、ダニとホルヘの戦いになると思いますし、この2人にそう簡単に勝てるとは思いませんが、シーズン中盤戦には、勝てるのではないかと期待しています」
「そうでしょうね。来年駄目だったら、もう獲得できないのではないかと思いますし、来年獲得できれば、その先、何度もチャンピオンになれる可能性はあると思います。以前は、シーズン2勝の男と言われていたのに、昨年は4勝することができました。今年は、それを7勝に伸ばしましたからね。今年は、シーズン序盤に、マシンの最低重量引き上げによるバランスの問題と、タイヤの変更で苦しみましたが、ニューマシンになってからは、どんどんよくなっていきました。第12戦チェコGPでは、ホルヘとバトルをして、抜いて抜かれて、また抜き返して勝っています。あんなレースは、125cc時代からやったことがないと思いますし、新しい領域に入ったなと思いましたね。最終戦バレンシアGPでも、ライン上しか乾いてない難しいコンディションにもかかわらず、すばらしい走りをみせて勝ちました。抜かれたライダーたちが止まっているように見えましたし、みんな『びっくりするくらいの速さだった』と言っていましたからね。今年のマシンは、ブレーキングがよくなり、旋回性もよくなりました。そういうマシンを手にして、ダニは自信を持って走れるようになりました。ダニは、人並み外れたセンサーを持っています。だれも気づかないようなことを彼は指摘してきます。ちょっとした変化、例えば、路面のグリップが悪くなったということを、すぐに感じてしまうんです。それが結果として慎重な走りをさせてしまうことになっていましたし、マイナス方向に働くことが多かったのですが、今年はそういう状況に打ち勝つことができるようになりましたね。競り合いに勝ち、雨のマレーシアで優勝するなど、苦手なウエットでも速く走れるようになりました。間違いなく、一回り大きくなりましたし、強くなりましたね。来年は絶対にタイトルを獲得できると確信しています。というか、『獲得しないでどうする』という気持ちですけどね」
「ステファンは、最終戦を含めて、何度も表彰台に立てるチャンスを逃しました。その部分では、『なにをやってるんだ』という気持ちですが、全体的には、思った通り成長してくれました。印象としては、すごく頭のいいライダーです。よく教育されていますね。彼はMotoGPクラスでは唯一のドイツ人であり、Hondaのライダーというより、MotoGP全体にとって、とても重要なライダーなので、もっともっと、がんばってもらわなければいけません。来年はMoto2時代のライバルだったマルケスもMotoGPで走りますから、さらに大きく成長してもらいたいと期待しています。アルバロのリザルトは、正直、期待外れでしたね。スズキ時代も含めて、ステファンより、MotoGPの経験値は高いのですから、もっともっと結果を残してくれるのではないかと思っていました。今年は表彰台が2度でしたが、来年は表彰台の常連になるようにやってもらいたいです。そのためには、今の250ccのような走りでは駄目でしょうね。Hondaライダーの中では、来年、一番がんばらないといけないと感じています」
「今年を総括すれば、マシンもよくなり、ライダーも強くなりました。しかし、開幕直前に技術的な変更があり、タイヤも変わりました。初めにも言いましたが、こういうことはフェアじゃないような気がしますし、やめてもらいたいです。そういう状況の中でも、一度完成したマシンを、もう一度作り直して勝てるようにしたということには満足しています。ライダーズタイトルを獲得できなかったことはとても悔しいですが、マシンを作る側としては、達成感がありますね。来年の目標は、もちろん、3冠奪還となります。しかし、レースは相対的なものですので、『これでいい』というのはないですからね。負けたら勝たなくてはなりませんし、勝てるマシンを作るために全力を尽くさなければなりません。来年の合同テストは2月のマレーシアからスタートします。それまで休む暇はありません。今年3冠を獲得できなかった悔しさを晴らすというのが、来年の目標になります。来年は、皆さんの期待に応えられるように全力を尽くします。今年一年、応援していただき、本当にありがとうございました」