激動の2012年シーズンが、ついにフィニッシュラインを迎えた。残念ながらダニ・ペドロサのライダーズタイトルの獲得はならなかったが、Hondaはコンストラクターズタイトル、チームタイトルの2つを獲得。マシンに関するレギュレーションがシーズンイン直前に変更になるなど、Honda陣営にとってはスタート前から逆風のつらい状況であったが、これを跳ね返しての2冠達成となった。
新たな「1000cc時代」の1年目、Honda陣営はどのように戦ったのか。ライダーに焦点を当てて振り返ってみることにしよう。
あなたにとって、2012年シーズンのベストレースはどのグランプリだっただろうか。MotoGP解説者として、「今シーズンのベストレースはどこか」と聞かれたら、第12戦チェコGPを挙げたいと思う。
予選では、前戦までの獲得ポイント225ポイントでランキングトップに立つロレンソがポールポジションを獲得。そのロレンソを18ポイント差で追うペドロサは予選3番手につけていた。
スタートした19人のライダーのうち、最初に第1コーナーに進入したのはロレンソ。すばらしいスタートでカル・クラッチローを抜いたペドロサがそれに続き、トップを走るロレンソに食らいつきながら周回を重ねていく。
動きがあったのは13周目だ。これ以上ロレンソのペースが上がらないと見るや、ペドロサがロレンソをオーバーテイク。得意の「逃げきり」体制に持ち込もうとしたわけだ。
……しかし、そうは問屋が卸さなかった。ペドロサの「逃げきり」を許すまいと、ロレンソがペースを上げて必死で食い下がる。逃げるペドロサ。追うロレンソ。そんなバトルが何周にもわたって繰り返されたのちに迎えた最終ラップ。ついにロレンソがペドロサのインを差し、ペドロサは2位に転落してしまう。「万事休すか!」とだれもが思った。
しかし、ペドロサは最終コーナーで巧みなラインを選択し、再度逆転をしてみせたのである! ロレンソからのプレッシャーに屈することなくレースを戦い、最終ラップでトップを奪われてからも、決してあきらめることなく最後の最後、ワンチャンスに望みをかけてアタックし、見事勝利をつかみ取った。ペドロサのトップチェッカーへの執念がみせた大逆転劇。今思い返しても胸が高鳴ってくるほどのすばらしいバトルであった。
このチェコGPに代表されるように、今シーズン後半はペドロサの活躍が著しかった。シーズン通算では、これまでの自己最多勝記録であった4勝を更新して7勝。これまで、ペドロサはウエットコンディションを不得意としてきたが、マレーシアGPでは初めて雨のレースを制している。
最近になってMotoGPをご覧になった方ならば、「いつもストーナーの影に隠れがちだったペドロサが、ついに秘められた力に目覚めたか!」と思えたかもしれないが(それはそれでなかなかドラマチックではあるが)、ちょっと待ってほしい。
実は、昨シーズン終了直後に行われたバレンシアテストの時点で、ペドロサはもう十分に速く、チャンピオンのストーナーを脅かさんとするほどであったし、そのあと、シーズンイン直前に行われたセパンテストにおけるストーナーとの「タイムアタック合戦」も見応えがあった。
もっとさかのぼると、ペドロサはデビューシーズンから毎年速かった。条件が合ったときに見せる「だれも手のつけられない速さ」は、もはやMotoGPの世界では有名で、あとはこれを「どのくらい維持できるか」のみが課題になっていたと言ってもいい。
これまで、ペドロサの前には「速さ」を阻むさまざまな条件が立ちふさがってきた。
08年と09年はプレシーズンテストでの負傷が響いた。10年は、シーズン前のケガこそなかったが、第14戦日本GPで転倒、鎖骨を骨折したことで終盤戦を棒に振ってしまったし、11年も同じく鎖骨の骨折により第5戦から第7戦までを欠場の憂き目に遭っている。
12年こそは、いよいよ本来の速さを発揮できるか、と期待されていた矢先……今度は「マシンのレギュレーション変更」という試練がペドロサに襲いかかった。
このレギュレーション変更については何度も触れてきているので、詳しくは今シーズンここまでの「MotoGP分析」をお読みいただくとして、シーズンイン直前になって「重量増」という、レーシングマシン作りにおいて最も縁遠い作業にまい進しなくてはならなかったHonda陣営にとって、非常に苦しいシーズンになってしまったのは間違いないだろう。
追い打ちをかけるように、シーズン中にもかかわらずタイヤスペックの変更も行われたことで、RC213Vは本来の力を削がれ、ライダーも対応に苦心することとなってしまった。
シーズンも折り返し地点を過ぎた第10戦アメリカGPで、首位のロレンソと2位ペドロサのポイント差は19ポイント。ここでHonda陣営は、エンジン、シャシーともにリニューアルしたニューマシンを投入した。どんな状況でも安定した強さをみせるライバルに一矢報い、ペドロサにとって初となるライダーズタイトルを獲得するには、まさにギリギリのタイミングである。吉と出るか? 凶と出るか? だれもが注目した。
このレースで、ペドロサは優勝こそ逃すものの、全くのニューマシンをうまく乗りこなして3位に入賞。
次のインディアナポリスGPを迎えるころにはマシンの挙動から車体各部の寸法に至るまで「マシンにうるさい」ことで知られるペドロサが「マシンに対する不満を一切口にしなくなった」というから、相当に高いレベルで仕上がっていたに違いない。
「シーズン中にマシンを作り替える」という離れ業をやってのけたHondaの開発陣の技術力に驚くとともに、「ここからレースがおもしろくなるぞ」と感じたものだ。ペドロサの持ち味である「速さ」を前面に押し出した、Honda勢の猛チャージが始まったのである。
これに対し、ライバルのヤマハ陣営、ロレンソは「作戦」を変更したように思えた。
ロレンソもレース後のインタビューで「今日のダニはとても速かった」などと、あっさり相手を認めるような発言をすることが多くなっていったが(ロレンソとペドロサは、互いに実力を認めるが故の「犬猿の仲」として有名だったが、このやりとりを見て「ついに雪解けか?」と話題にもなった)、前半戦の「なにがなんでも勝ちにこだわる」という戦い方から、「前半に稼いだ貯金を生かし、無理をせずに着実にポイントを稼ぐ」という戦い方へと転換したのだ。
いかにリードを築いていたとはいえ、大幅に戦闘力の向上したRC213Vと、波に乗るペドロサを前に「着実にポイントを稼ぐことを最優先に」という戦い方を選択するのは、決して楽なことではなかったはずだ。ロレンソの安定感あるライディングと、あらゆる状況下で強さをみせるヤマハのマシンがあったからこその戦い方であり、ビハインドを覆すべく「勝たなければ明日はない」というHonda陣営との戦い方とのコントラストもまた、終盤戦をエキサイティングなものにしていたと言えるだろう。
この勝負の行方は、最終戦までもつれ込むものかと思われたが、残念ながらオーストラリアGPの2ラップ目、ペドロサが単独で転倒を喫したことであっけなく決着を迎えてしまった。
序盤にロレンソの前に出て引き離すべく、ペドロサがギリギリまで攻めた結果のことであろうが、これに関しては、「絶対にあってはならない転倒」だったと言わざるを得ない。過ぎたことを言っても仕方ないが、ロレンソとの勝負に打ち勝とうというのであれば、自らの強みである「速さ」を最終戦、最終ラップまで示し続け、プレッシャーをかけ、ミスを誘わなければならなかった。そう、第12戦チェコGPの最終ラップでみせた、あの走りのように。
返す返す、残念なことだ。
とはいえ、ペドロサはライディングにしても、「勝負の仕掛け方」にしても、今シーズンでまた大きく得るものがあったように思える。彼の天賦の才である「速さ」に勝負強さが加われば、まさに鬼に金棒だ。
来たる2013年シーズン、悲願のライダーズタイトル獲得に向けてまた一回り強くなったペドロサの走りに期待したい。