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「人間同士」の戦い

さて、ここまでマシンというハードウェアの点から前半戦を振り返ってみた。だが、この前半戦の結果にはもう一つ、「人間同士」の戦いという「スポーツ」ならではの要素も大きく絡んでいたように思える。

現在、まさに「別世界」の速さを見せてMotoGPの世界をリードしているストーナー、ペドロサ、ロレンソの「3強」。彼らは、ほぼ同時期にグランプリデビューを果たし、ライバルとして切磋琢磨してきた関係にある。 ペドロサが250ccクラスでチャンピオンを獲得した2005年は、ストーナーが2位。ロレンソはこの年、ランキング5位に終わったものの、2人が最高峰クラスにステップアップした06年に、250ccクラスのチャンピオンに輝いている。
もちろん、全員が「自分が一番速い」と考えているだろうが、同時に速さも認め合う「好敵手」の関係であるはずだ。それは「自分と同レベルのトップライダーならば大丈夫なはずだ」というギリギリのラインを残してクリーンでフェアな勝負を繰り広げたイギリスGPの中盤における、ストーナーとロレンソのバトルを見ていれば分かる。
アメリカGPでも、この「3強」が別次元の速さを見せたが、ストーナーに敗れたロレンソの顔には「自分と対等の存在と、互いに全力を尽くして戦えた」という満足感さえ見て取れた。
そんな、「3強」の一角が衝撃的な発表を行ったのは、第4戦フランスGP直前のことだった。

ストーナーが今シーズン限りでの引退を発表

ストーナーが今シーズン終了をもってMotoGPから引退することを発表したのである。
彼は幼いころからレースに全身全霊で臨み、07年、11年と、最高峰クラスにおいて2度ワールドチャンピオンに輝いた。本当の理由は本人の心の中だけにあるのだと思うが、世界最高峰の二輪ロードレースは、多忙で過酷な世界だ。子どもも生まれた今、もっとゆっくり過ごしたいと考えても不思議ではない。
中本修平さんは「彼はずいぶんと前から気持ちを固めていたようです」と話していたが、それにしても衝撃的な発表であった。
あとのことを、シーズンの早い段階できっちりと決めた上で、「チャンピオンを獲得して引退する」という新たなモチベーションを得て、再び全力でレースに立ち向かおうというのだろう。

「3強」の2人に火を付けてしまった

ただ……これは私の個人的な感想だが、ストーナーは自らの引退発表が及ぼす影響を「過小評価」していたような気もしている。 彼自身の勝利への情熱はいささかも変わることはないし、引退を決めたことがパフォーマンスに及ぼす影響も全く見て取れない。むしろ、心の中にあったであろうさまざまな雑念が振り払われて、彼本来のパフォーマンスが引き出せているようにも見える。
──だが、周囲はそういうわけにはいかない。
それはそうだ。ライダーはいつだって「負けたくない」と考えているが、相手が「引退を決めたライダー」だったらなおさらだ。いったい誰が、今シーズンでMotoGPの世界を去るというライダーをレースで勝たせてやろうと考えるだろう? そして、チャンピオンを獲得して美しく引退させてやろうなどと考えるだろう? まして、相手は自分たちが長年激闘を繰り広げてきた同年代のライダーだ。「勝ち逃げなどさせるものか」と考えるのが普通だ。

あの引退発表以降、ペドロサも、ロレンソも、間違いなく火が付いている。
「引退発表をしていなかったらどうなったか」などということは考えても仕方がないが、これは世界最高峰のライダーが集う「極限の世界」でのできごとだ。特に、トップを争うようなギリギリの局面においては、ほんの小さな「心理」も、結果を左右する重要な要素として働く。
いつものように「勝利」にこだわりながらも、その背景となるモチベーションに「引退」の2文字が存在するストーナーの心が、そして「引退するライダーに勝たせてなどなるものか」というペドロサの負けん気が、ドイツGPのファイナルラップにおける結果に及ぼした影響は無視できないものであるはずだ。

もっとこの「3強」たちのしびれるような戦いを見ていたいし、ストーナーの走りを見られるのは今季限りであるという事実は寂しいものがあるが、彼らの背中を追うHonda陣営のライダーたちも着実に成長してきている。 イギリスGPで自身初のポールポジションを獲得したアルバロ・バウティスタ(Team San Carlo Honda Gresini)は、ポテンシャルとしては申し分ないものを持っているし、「速い」RC213Vを深いバンク角においてもっと繊細に扱うコツさえつかめば、後半戦でさらに上位を狙えるはずだ。
スムーズなライディングが持ち味のステファン・ブラドル(LRC Honda MotoGP)は、ルーキーながらコンスタントにシングルフィニッシュを重ねていて、こちらも後半戦に向けてさらに期待が高まる。今シーズンは「勉強の年」となるだろうが、現在のMotoGPにおいて、「成長が最も楽しみなライダー」の一人である。

さて、今シーズンのMotoGPもいよいよ後半戦に突入する。
ロレンソに次ぐランキング2位で折り返したペドロサは、例年通りシーズン後半に調子を上げていく走りができれば、この「3強」の中でさらなる存在感を発揮し、チャンピオン争いにより深く関わっていくことができるはずだ。
「チャンピオンを獲得して引退」という自らの目標に挑むストーナーは、負けじ魂に火の付いた2人を相手に戦わなくてはならない。だが、これに打ち勝ってこそチャンピオンの価値も上がるだろうし、レースを実況解説する側としては、戦いのレベルがさらに一段高いものになっていくことは、おおいに歓迎である。
ますます目の離せないものになっていく世界最高峰の二輪ロードレースMotoGP。この「3強時代」がどのようなかたちでクライマックスへ向かっていくのか、ぜひご注目いただきたい。

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