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最低重量増と新スペックのタイヤがHondaに課した試練

これは昨日、今日に始まったことではなく、おそらくHondaがRC212Vの時代から取り組んできたことではないだろうか。Hondaの「お家芸」であるエンジンパワーに磨きをかけ、そこを起点にしてシャシーを作り込み「速さ」を研ぎすます。当然、ライダーには場合によってピンポイントの、非常に難しいライディングが求められることもあるが、ASIMOの制御技術までをも投入した電子制御システムによって加速方向、減速方向双方のスタビリティを向上させ「速さ」、そして左右のロール方向への運動機能向上で「強さ」が同居する、まさに「最強」といえるパッケージを実現していると言える。

……だが、これは諸刃の剣でもあったのだ。
「ルール」であるから仕方がないとして、シーズンイン直前に行われた最低重量の引き上げ、そして新スペックのフロントタイヤの投入などは、Hondaの持つ強みをスポイルする方向へと働くものであった。
ケース剛性を下げた新スペックのフロントタイヤ投入以降も、レース中、ハードブレーキングを行うシーンで、ストーナーとペドロサのリアタイヤが浮かんでしまっているのをよく見る。
もともと前後重量配分がフロント寄りであったRC213Vにとって、フロントタイヤは「硬い」ほうが都合がよかったのである。ブレーキングで荷重がフロントへ大きく移動したとき、グニャッとたわむよりは、しっかりと受け止めてくれるタイヤの方が好ましいことは、簡単にご想像いただけるだろう。
言ってみれば「1輪」で減速をしている状況にあっては、Hondaの「速さ」を「強さ」へと転化する、巧みな電子制御の威力も発揮しにくくなってしまう。
Hondaの開発陣は、当初発表されていた「153kg」に照準を合わせて相当に車体の重量バランスを作り込んでいたはずだが、この引き上げによって理想的な重量配分からは、少なからず遠ざかってしまったのではないだろうか。

新タイヤへの対応の延長線上にある、チャタリング対策

Repsol Honda Teamの2人──その中でも特にストーナーを悩ませてきたリアのチャタリングも、ひょっとするとこの前後重量配分に起因するものかもしれない。
チャタリングというのは、言ってみればグリップが安定せず、放り投げられた「ゴムまり」のように跳ねてしまっている状態だと考えるとわかりやすい。しっかりと荷重が掛かっていれば、タイヤという「ゴムまり」は跳ねることなく、スーッと転がっていく。ストーナーはチャタリングが発生した際に、意図的にグリップを逃がすようなすばらしいライディングテクニックによって対応してはいるが、間違いなく根本的な解決だとは言えない。

コーナーで体をイン側の前方向に持っていき、立ち上がりでは体をそのままにマシンだけを起こして加速していくような乗り方が求められる現代のMotoGPマシンでは、ただでさえリアにかかる荷重が小さくなりがちだ。
クリッピングポイントより以降は、本来ならばトラクションを掛けるため、リアに荷重をかけて立ち上がることが望ましいが、非常にパワフルな現代のMotoGPマシンでは、トラクションコントロールの力を借りて、一刻も早くマシンを直立させて加速に入った方が速く走ることができるのである。
フロントに荷重をかけ、マシンが向かう方向を変えたい。しかし、スロットルはもっと早く開けたい……旋回をまとめ、加速に入るべくグリップの状況を探っている間に、タイヤやスプリングが伸びたり、縮んだりを繰り返し、ここから発生する振動がネガティブに共振して、チャタリングへとつながってしまっている……ということは十分に考えられる。
また、この数年で圧倒的に軽量化されてきたホイールなどをはじめとする「バネ下」の主要コンポーネントの剛性なども、なんらかの影響を及ぼしているのかもしれない。

開発陣も、さらなる「強さ」を身につけている

このように、Hondaが立ち向かっている問題はなかなか根が深い。
これも私の予想ではあるが、現在アップデートが加えられているRC213Vのシャシーは、前後重量配分になんらかの方法で手を加え、新しいフロントタイヤに対応すると同時に、チャタリング問題の解決にも取り組んでいるものと予想できる。
ただ、バイクの「前後重量配分」を考えるのは難しい。四輪も同様に「前後重量配分」は大切な要素であるが、ドライバーは動き回るわけではないし、ウイングの角度によるダウンフォース量の変化も、風洞実験によっておおむね実走行に近いところまで計算できる。ところが、バイクは車体総重量の半分ほどもある、ライダーという「重量物」が動き回ることでコントロールする乗り物だ。ライダーがマシン上で動くことで、車体への入力……つまり、荷重ポイントが変わってくるのだ。
ライダーは当然我々と同じ「人間」であるから、シーズンを通じて全く体重が同じわけはない。調子のいいときと悪いときで乗り方も違う。コースによってもライディングスタイルが変わるかも知れない。単に「重いモノを別の位置に動かして」という刹那的な話ではなく、もっと根本的な改善が必要になってくるのである。結果的にはベースとなる重量配分をライダーが引き出すことになるので、初期値が重要というわけだ。

だが、RC213Vの開発陣はこの問題にうまく対応した。
中本修平さんいわく「完敗」という第4戦フランスGPや、路面コンディションの変化にほんろうされた第5戦カタルニアGP、新しいタイヤの影響がハッキリと見えてしまった第6戦イギリスGP──ここまでの3戦でロレンソが3連勝している──を経て、ニューシャシーを投入した第7戦オランダGPではストーナー、ペドロサの1-2フィニッシュを達成した。
第8戦では、自らの走りと相性のいいニューシャシーを得て勢いに乗るペドロサが今季初勝利。第9戦はペドロサが2位入賞を果たし、ニューエンジンを投入した第10戦では、予選2番手からスタートしたストーナーが今季4勝目をマークしている。

レースの世界は変化のスピードが早いため、改良のポイントを読み間違えることは、即後退を意味する。Hondaの800cc時代には、そういうシーンがないわけではなかった。シーズン中のアップデートでは、常に間違いのない改良を加えていくことが求められるわけだが、すべての問題が解決したとは言えないまでも、見事に問題の根を探り当てて、ライバルの追撃をはねのけている。そんなところを見ると、Hondaの開発陣も、長い試練のときを経たことで、さらなる「強さ」を身につけていると言えるかもしれない。

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