3戦終了時点でお届けした前回の「分析」で「Honda勢にとっての戦いは、これからより一層厳しいものになる」とお伝えした。
Honda勢にとって「逆境」となる条件がいくつか重なっていただけでなく、ライバルの躍進もめざましい。そんな中でこそ、Honda勢の「底力」が見られるのではないかと感じていた。結果から言えば、「タイトル防衛」に向けて、十分に戦うことができていると言っていい。第4戦から第6戦までは、惜しいところで勝利を逃し、最大のライバルであるヤマハのホルヘ・ロレンソに3連勝されてしまうなど、少々不安になったものだが、続く第7戦で1-2フィニッシュを達成。第8戦ではダニ・ペドロサも今季初勝利を飾った。直近のアメリカGPでは、ケーシー・ストーナーが今季4勝目を挙げ、Hondaはここまで行われた10戦のレースで5勝していることになる。
「3強」の戦いは、ほとんどほかの18台を寄せ付けないほどに先鋭化しており「世界最高峰のレースにおける、さらに最高峰の戦い」が繰り広げられているわけだが……これがどのような要素から構成されているのかを、私なりに紐解いてみたい。
バイクに乗り始めたころから「バイクという乗り物を走らせること」と同時に、「バイクがどうして速く走れるのか」ということに対して、非常に興味があった。
私がレースを始めた80年代初頭というのは、そんな「メカ好きの男の子」にとってはよい時代だった。当時は今ほど技術が発達していなかったこともあり、バイク作りの中でもさまざまな試みがなされていたから、現在にまで受け継がれる「成功例」と言えるバイクも、一瞬脚光を浴びたのみで歴史のひだに埋もれていってしまったバイクも、幅広く経験できたのだ。
「なぜこのフレームだと速く走れるのか」「なぜこのエンジンではダメだったのか」それら一つひとつの原因を、できるだけ物理法則に沿って理解し、そうすることで、速く走るための努力と同時に、速く走ることのできる環境作りに力を入れてきたつもりだ。そうした経験は「ホンダコレクションホール」の動態保存テストなどでも役に立っている。
……前置きが長くなってしまったが、そんな「メカ好き」として第4戦から第10戦までを見て気になっていたのは「Hondaがどんな改良を加えて戦っているのか」ということであった。前回お伝えした通り、Honda勢にとって不利になる、そしてライバルにとってはHondaを追い詰めるチャンスとなる条件は十分すぎるくらい整っていたからだ。
一つは、シーズンイン直前になって行われた最低重量の引き上げ。
もう一つは、イギリスGPから本格導入された、ケース剛性の下がったニュースペックのタイヤだ。加えて、ストーナーとペドロサの2人を悩ませているチャタリングの問題も無視できない。
ご存知の通り、MotoGPマシンは秘密が多い。誰に聞いても本当のことなど教えてはくれない。だから、あくまでも「宮城はこう見た」というレベルの話であるとお断りをしておくが、少なくとも現在のMotoGPで起きていることを、バイクという乗り物の特性から一通り説明できるものではあるはずだ。ぜひお付き合いいただければと思う。
これまで何度かお伝えしてきたことだが、レースシーンにおけるHondaの特長は「速い」ことだ。とにかく、圧倒的なエンジンパワーと、カミソリのように鋭い旋回性能を持ち、それを操るライダーにとっても、ライバルにとっても、手強い存在である。
一方、目下最大のライバルであるヤマハは「強い」。いかなるコンディションでもコンスタントに性能を発揮し、Honda勢が「速さ」を発揮できないときに、するすると順位を上げて、好成績を得る。
非常にざっくりとした言い方だが、そんな構図であると言っていい。
そのカギになりそうなものとは何か。
このところのレース結果、そしてライダーたちの走りを見ていると、どうやら「前後重量配分」なのではないかという気がしている。
端的に言って、HondaのRC213Vは「速さ」ゆえに「前が重い」ようになっているのでは? ──私は、そう見た。
テレビをご覧いただいてもお分かりだろうと思うが、Hondaは少なくともエンジンパワーにおいてほかに差をつけている。RC213Vがストレートスピードで競り負けるようなことは、ほとんどない。相手の背後にぴったりと張り付きながら最終コーナーから立ち上がり、ホームストレートで一気に差す……そんなシーンも、いくつか思い出せる。
この「パワー」を生かしきるには、私ならどうするだろうか。当たり前だが、ホイールベースを長く取ることになるだろう。こうすることで、直進安定性を高め、ライダーが心おきなくスロットルを開けていけるようにする。そして、全開区間を1mでも長く取り、ターンインからクリッピングポイントまでのスピードを高めるために、フロントの荷重を増やし、旋回力を高める。
エンジン搭載位置はできるだけ前にすることでスイングアーム長の延長と、フロント荷重の増加という2つを両立させようと考えるだろう。
一方のヤマハは……これは、Honda以上に「予測」でしかないが、ブレーキングから2次旋回までの挙動などから見るに、おそらくホイールベースはHondaよりも短いのではないかと考えられ、旋回力向上へのアプローチも、RC213Vとは異なるものを採用しているはずだ。
むろん、「ホイールベースが違う」と言っても市販車のように数十mmという単位の話ではなく、せいぜい10mmが最大といったところでの話であろうが、時速300kmオーバーの世界で戦うMotoGPマシンにとってはとても大きな差だ。