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「カウルのウラ」の探り合い

このように様々な要素が複雑に絡み合う中で、何もないところから「最適解」を同時に出し合ったところ、「あいこ」だったというのが、開幕から間もない序盤戦の行われている現在だが、Honda、ヤマハ、ドゥカティの各陣営はこの横並び状態から一歩抜け出すために、サーキットで「腹」ならぬ「カウルのウラ」の探り合いをしているはずだ。

昨シーズンの終わりに、「RC212V」の開発ファクトリーを取材させてもらったのだが、すでに参戦を終了した「旧型」の車両であるにもかかわらず「ここは撮らないでほしい」「ここは見せられない」という部分のオンパレードであり、エンジニアたちの「カウルのウラ」に対するガードは、非常に厳しいものがあった。これは「ライバルに手の内を知られたくない」ということによるものだが、「相手の情報」というのは、レースを戦う者にとって、喉から手が出るくらい欲しいものであるわけだ。
「彼を知り己を知れば、百戦して危うからず」という言葉もあるように、自分たちのバイクの完成度を高めると同時に、ライバルの動向を探ることは、勝利のための大切な条件である。相手の弱点を知ることができれば、レース中、競り合いになったときにも、どこで攻めるか、どこで守るかという判断を下しやすい。相手の強みがわかれば、それを目標として、開発に自分たちなりのアプローチを取り入れていくということもできる。こうして、レース全体がレベルアップしていくわけだ。

HRC総監督の中本修平さんは、開幕前のテストから、特にヤマハ勢の走りを強く意識し、目を光らせていた。トップスピードではHondaに譲るものの、誰が乗っても速く、かつコンスタントに速いラップタイムを刻むことができるライバルの強さは、いったい何によるものなのか……そんなことを常に考えていたに違いないし、ライバル陣営もまた、全方位強いように見えるHondaのマシンをひとつの目標として開発を進めてきただろう。
MotoGPの現場にいるエンジニアたちは日々、最高速やラップタイム、コーナーでの挙動などから、ライバル陣営のマシンスペックがどういったものなのかを推測し、自分たちのマシン開発に反映させているのである。その結果がマシンに現れるのはもう少し先のことだろうが、そこで一歩抜けだしていくのがHondaなのか、それとも……? そのあたりが中盤戦の見どころになっていきそうだ。

Hondaが立ち向かう「逆境」と、そこに見える光明

ポルトガルGPの決勝。テレビをご覧になっていた方で、ストーナーの乗るRC213Vのリアが激しく振動していたのを記憶されている方もいるのではないだろうか。
私はこのシーンを解説していて、「これでよくも転ばないものだ!」と驚いた。外から見ている人間が、しかもテレビでわかるほどの挙動変化が起こるというのは、ライダーにとってみれば、ほとんど生きた心地がしないと言えるほどのレベルだからである。私も現役時代に、暴れるバイクを何とかコントロールし、すんでのところで転倒を避けるようなシーンに何度か出くわした。レースが終わって、そのシーンを目撃していたであろうチームスタッフやコース脇にいたカメラマンに「あのコーナーでマシンが暴れて大変だった」と話したものだが、私とマシンとの壮絶な格闘は、気づかれていたことの方が少なかった。「ライダーの感じているものは、相当なことでもない限り、外には伝わらないのだ」ということを、その時しみじみと感じたものだ……。

Honda勢を悩ませる「チャタリング」

──そんな経験談はさておき、これがHonda陣営が開幕前から問題として抱えている「チャタリング」である。走行中、ステアリングに大きな振動が出てしまう現象のことで、RC213Vには、オフシーズンからこの症状が出ていた。シーズン前の「分析」では、「マシンのセッティングが進めば解決されるだろう」とお伝えしていたが、思ったよりも根が深い問題のようだ。現状、事前にテストの行われていたヘレスではセッティングのデータも豊富であることから大きな問題が起こらなかったものの、他のサーキットではいずれもこのチャタリングに悩まされている。ステアリングに大きな振動が出ると、ライダーは腕や身体を使い、バイクを押さえつけなくてはならなくなり、ストーナーのように「腕上がり」(血流が悪くなって、動かしにくくなってしまう症状。アスリートに多い)が発生する原因になってしまうことがある。
チャタリング問題でさらに厄介なのは、なぜ発生するのか、完全に原因を特定するのが難しい点だ。サスペンションやフレームの特性によるものの他、エンジンからの振動はもちろん、カウルに発生した振動でも起こりうる。各部品の共振ポイントがネガティブにシンクロナイズしている状態だ。

ストーナーの、驚くべきライディングテクニック

もちろん、チャタリングはHondaが早急に解決しなくてはならない問題であることは確かなのだが、これをテクニックで乗り越えるストーナーの走りにも注目してみてほしい。彼のテクニックがまさに、ほれぼれするような「当代一」のものであることがおわかりいただけると思う。
ポルトガルGPで、ストーナーはリアの荷重を抜いてわざと滑らせたり、コーナリング中にわざと縁石に乗るような仕草を見せることが何度かあった。これは、わざとタイヤのグリップを逃がすことでチャタリングの発生を抑えようとしているのではないかと考えられる。チャタリングの原因は先に書いたように色々と考えられるが、大元をたどれば「タイヤがグリップしていること」に行き着く。ならば、チャタリングが起きたら、そのタイミングで意図的にグリップを逃し、チャタリングを抑制しようというのだろう。

彼ほどのライダーであれば、コーナリングでも「ここまでは滑らせて、ここからはしっかり食いつかせて」という緻密なコントロールを必要としているはずだが、チャタリングが頻発する現状では、昨年のように「ストーナーの思うがまま」の車体にはなっていない。Hondaのエンジニアは「一刻も早く解決しなくては」と血眼になっているはずだが、ストーナーのそんな変幻自在のライディングをこの目で見ることができるというのは、我々にとってはある意味では幸運だと言えるのかもしれない。

第6戦イギリスGPから供給される、ニュースペックのタイヤ

この問題を解消した暁に、RC213Vでストーナーがどんな走りを見せるのか、それも楽しみになってきたが、Honda勢……特にストーナーとペドロサにとって気がかりな要素は、まだある。
第6戦イギリスGPより、ブリヂストンから新スペックのタイヤが供給されることである。これは、ヘレステストから試験的に導入されていたもので、構造をソフトにすることで温まりやすさを向上させたタイヤである。これによって「路面温度が低いシチュエーションでタイヤが温まらない」といった問題を解決しようというのだ。
オフシーズンテストで一定の評価を得られたことから、今回シーズン中であるにも関わらず、新スペックへの変更となったわけだが、気がかりなのは、このタイヤに対して好意的なコメントを寄せているのが「ストーナーとペドロサ以外」であるという点である。

この2人のライディングスタイルは、今のところ他のライダーたちとは大きく異なっている。誰よりも強いハードブレーキングで一気に速度を落とし、小さくターンをして一気に立ち上がる……RC213Vの高いブレーキングスタビリティと、優れた加速性能を生かした走りということだ。
ところが、こういった「小さくコーナーを回る」走りに、ケース剛性がソフトになったフロントタイヤがきちんと機能するのかどうか……と言われると、かなり不安であると言わざるを得ない。高い荷重にタイヤがこらえきれず、剛性感の少ない動きをしてしまう可能性がある。

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