Hondaが開幕からの3戦を終えて、すでに2勝。すばらしい結果だ。開幕戦、ケーシー・ストーナーが得意とするロサイルサーキットで行われたカタールGPは、ヤマハのホルヘ・ロレンソに獲られてしまったが、続くヘレス(スペインGP)、エストリル(ポルトガルGP)と、ロレンソが得意とするサーキットでしっかりとその借りを返した。これでストーナーは、今季レースが行われる18のサーキットで「未勝利」のサーキットは無くなり、昨年のポルトガルから18回連続表彰台。ダニ・ペドロサも、今季は未勝利ながら、3戦連続で表彰台に上がり、上々のスタートを切っている。
……だが、のん気に「HondaのRC-Vは今年も速い!ストーナー、強し!」などと言える状況ではないことが、開幕から数戦を経てだんだんとはっきりしてきた。新時代のMotoGPマシン、RC213VはたしかにRC212Vの速さと強さを受け継いでおり、ストーナーとペドロサという、レプソル・ホンダの2名のライダーもそれを乗りこなしてはいる。しかしHondaの「快勝」とは言いにくいし、開幕戦でHondaを下したヤマハのロレンソもまた、「辛勝」といったところであったように見える。観る側、解説する側としては、どこか1チームの独走状態になるよりも面白いのは確かだが、この「一進一退の攻防」が行われる状況の背景には何があるのか……そのあたりを分析してみたいと思う。
定められたレギュレーションの中で、各陣営が持てる力を注ぎ込んでつくりあげたマシンに、腕自慢のライダーが跨り、速さを競う。それが世界最高峰の二輪ロードレース、MotoGPだ。そんなシビアな世界で、ギリギリの攻防が繰り広げられるというのは、よく考えてみると不思議なものだ。各陣営によるマシン開発のアプローチも、ライダーの走らせ方も違うというのに、「ヨーイ、ドン」でスタートして、戻ってきて、その結果が「互角」。つまり「今目の前で行われていることこそが、現時点で考え得る『究極同士の戦い』なのだ」と、なにやらうれしくなってしまう。今シーズンのように、「究極」に至る選択肢が多い場合は特に、だ。
MotoGPマシンの「心臓部」たるエンジンをどのように作るか。このテーマに対し、いくらか「選択肢」があるのが今シーズンの特徴だ。
細かい説明は前回のレポートをお読みいただきたいと思うが、今シーズンから最大1000ccまでのエンジンの使用が認められるようになったものの、ガソリンタンクは変わらず21Lのままであり、燃費に厳しいフルスケールのエンジンであるとは限らないのだ。排気量は800ccなのか、900ccなのか、1000ccなのか、陣営によって中身が異なる可能性がある。
ストーナーの最高速データを比較してみよう。
カタールGPでは、昨年のトップスピードが324km/hだったのに対し、今年は331km/hまで伸びた。第2戦のスペインでは、280km/hに対し285km/h。第3戦のポルトガルでは317km/hに対し334km/hだ。ちなみに、ヤマハのロレンソのデータを見てみても、それぞれストーナーと同程度の最高速アップを果たしている。
ストレートの短いコースであっても5km/hほど向上しているということから、
データで見る限り、エンジンの排気量は少なくとも拡大されていることがわかる。
Hondaは昔から、グランプリきっての「エンジン大好き集団」であり、中でも特に「エンジン出力」に命を賭けてきた。開発チームのトップが「パワーを出せ」と発破をかけるまでもなく、「パワーは出すものだ」という考えが浸透していたわけだ。実際に、トップスピードではライバル勢を一歩リードしているように見えるし、おそらく今シーズンのHondaエンジンもかなりパワフルに仕上がっているだろう。
こうしたエンジン特性は、「ハードブレーキングでコーナーに突入し、アクセル操作によってオーバーステア気味の状態に持ち込み、一気に向きを変えて鋭く立ち上がる」というストーナーの派手なライディングスタイル──これはほとんど、四輪のコーナリングに近い──に非常にマッチしていたが、Hondaの強みである「エンジンパワー」を生かしながら、「ドライバビリティ」「燃費」といったファクターといかに両立させていくか。このあたりに、Hondaのエンジニアたちはシーズンを通じて取り組んでいくことになるだろう。
一方、目下最大のライバルであるヤマハは、トップスピードではHondaに一歩譲るものの、非常に扱いやすそうなエンジン特性が伺える。ロレンソのスムーズなライディングがそう感じさせる部分はあるだろうが、他のライダーの走りを見ていても、明らかにHondaとは方向性の違いを感じさせるものだ。
ドゥカティはまだ本調子とは言い難いが、外から見る限り、パワフルなエンジン特性はHondaに似たところがありそうだ。それでも、当然のことながらHondaとは設計思想も、達成手法も異なるだろう。
異なる排気量、異なる電子制御のセッティング、様々な要素を組み合わせて「これこそが究極だ」として導き出された各陣営のエンジン。カウルの奥に隠された、魅惑の存在への興味は尽きない。
エンジン出力と、トップスピードの向上によってラップタイムが短縮されたかというと、そういうわけではない。厳密には路面の状況なども違うため、単純な比較はできないが、ポールポジション獲得のラップタイムで比較してみても、800cc時代と比較してコンスタントに1秒弱は遅いタイムが記録されている。
MotoGPマシンの排気量が990cc→800cc→1000ccと変化してきた背景には、「年々速くなるラップタイムを抑制する」という目的があった。今年からの1000cc化にあたっては、これに加えて「市販車ベースのエンジンも使用できるようにし、新規参入を促す」といったものもあったわけだが、今のところは主催者側の意図したとおりの結果になっているわけだ。
パワーが向上しながらも、ラップタイムが抑制された理由は、やはりレギュレーションで定められた車重が昨年までの150kgから153kg、さらに、オフシーズンテストにおいて157kgへと変更されたことが挙げられるだろう。
最終的に7kgの重量増は、車体の総重量からすると約5%に相当する。これを人間の体重に照らし合わせると、50kgの人が52.5kgに、60kgの人が63kgに増えるようなものだ。一般の生活をする上であれば、「ちょっと太ったかな?」という程度の話であろうが、これがアスリートの身体ということになると、身のこなしからキレまで、すっかり変わってしまうほどの変化である(プロボクシングだったら、階級が変わってしまう!)。
セパンサーキットの1コーナーなどを思い浮かべていただきたい。330km/hからフルブレーキングでコーナーに進入。最高速度が上がり、重量が増えた分、ブレーキングポイントは以前よりも手前になる。コーナリングのスピードは約90km/hで右、左と切り返すように行う。ここでも「重さ」は確実に影響してくる。マシンが寝ていくまでにも、起こすのにも重さを感じる。特に、150kgほどしかなかった800cc時代のRC-Vを知るペドロサやストーナーにとって、この「重くなったRC-V」は、全く別物のように感じているかもしれない。
他の陣営のことはわからないが、少なくともHondaに関して言えば、当初レギュレーションで「153kg」と定められていた時点ではその重量に対して相当に緻密な作り込みをして来たはずなので、まさに4kgの「余分なウェイト」を背負い込むことになる。
最低重量はレギュレーションで定められているのだから、基本的には横並びだ。だが、その「自由にできる4kg」の存在は、パフォーマンスを大きく左右し、各陣営の底力を厳しく問うものだ。開発陣は、「どこを軽くして、どこを重くするか」という非常に難しい判断を迫られるのである。
私自身、かつてNSR500でレースをしていた際に、ダミーウェイトを載せる位置でバイクの挙動が一変するということに驚いた経験がある。一概に「下の方がいい」とも、「車体中央に近い方がいい」とも言えず、エンジニアはずいぶんと苦労しただろう。また、ダミーウェイトを載せたことによって、これまで出ていたネガティブな挙動が急に影をひそめ、「車重が増えたのに扱いやすくなった」という例もあった。
以前、RC212Vのエンジン開発を手がけるスタッフに話を聞いたときにも、やはり「クランクの重量ひとつで、エンジン性能のみならず、ハンドリングもガラリと変わってしまう」と聞いた。実作業では、ダミーウェイトでは無く、マシンの構成部品の重量増によって「自由にできる4kg」を効率よく加えているはずだ。
ここは、乗り手の要望をどこまで吸い上げて、いかに反映させるかという、ライダーとエンジニアのコミュニケーションと、車体設計のノウハウがものを言うだろう。