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ステップアップカテゴリーですばらしい成績を残したライダーが、最高峰クラスでも同じように走ることができるかというと、これがそうとも限らない。1000ccのエンジンを搭載しながら157kgという車体重量を実現したMotoGPマシンは、市販のスーパースポーツと比べれば相当に軽いのだが、レーシングマシンとしては、重たく、そして大きい部類に入る。これを速く走らせるための荷重のかけ方、加・減速の仕方はMoto2クラスやGP250クラスのマシンとは勝手が少々違ってくるためだ。自分のライディングスタイルの強みを活かしながら、この違いにどれだけ的確に対応できるのかどうかが、最高峰クラスで成功を収められるか否かの分かれ道であると言っていいだろう。
その点で、Moto2クラスの王座を手みやげに最高峰クラスへの参戦を果たすことになったルーキー、ステファン・ブラドルは、かなり期待できそうだ。GP125、Moto2クラス参戦時から定評のあった、クリッピングポイントまでのスピードを高く保つブレーキング、そこから一気に立ち上がる、スロットルの開けっぷりのよさといった持ち味が、そのままMotoGPクラスでも活かされているのだ。
コース脇から見ている限り、あまりにもスムーズなために速さを感じさせないほどだが、実際には、テスト初日から2分3秒台をマーク。最終日には2分1秒台まで到達している。これは、MotoGPマシンに初めて乗るルーキーとしては、十分に合格点を与えられるものだと思う。さすがに、コーナーとコーナーの間では、慎重になっている様子が見て取れたが、これも次回、2月後半に行われるテストでは改善されるだろう。
昨シーズン、1台体制となったスズキで、表彰台争いに絡むなど、グランプリを大いに盛り上げたアルバロ・バウティスタの仕上がりも、かなりよさそうだ。昨年11月にバレンシアで行われたテストでRC212Vを初ライドし、そのときからよい感触を得ていたというが、マシンを信頼していることがよくわかる、「開けっぷり」のいいライディングを見せてくれていた。ストーナー、ペドロサのワークスチーム勢を脅かすような走りを、ぜひ期待したいところだ。この2人が、「第二のストーナー」「第二のペドロサ」になっていくという可能性も、大いにある。レースでの最終的なリザルトだけでなく、レース中の走りにもぜひ注目をしていってほしいと思う。
昨年のHondaが見せた強さに、「Honda陣営の中におけるライバル意識」は欠かすことのできないものだったと考えているし、レースをご覧になっていた方でそう感じた方も多いのではないかと思う。実際、長年チームを牽引してきたペドロサは、何が何でもストーナーに一矢報いたいと考え、ストーナーも憧れの大先輩であるミック・ドゥーハンも所属したチームで、チャンピオンになりたいという一心だっただろう。ここに、アンドレア・ドヴィツィオーゾやマルコ・シモンチェリらが加わることで、Honda陣営全体から、独特の「負けてなるものか」という雰囲気が醸し出されていたのだ。そして、エンジニア、メカニックも、そんなライダーたちに最高のマシンを届けるべく、奮闘した。
そして今年も、Hondaを強くする「ライバル関係」を象徴するようなシーンに立ち会うことができた。
ダニ・ペドロサの「師匠」であるアルベルト・プーチの表情がサッと変わるシーンを目撃したのは、テスト2日目の2/1。朝の10時を少し過ぎたときのことだ。その表情には、明らかにメラメラと燃え上がるライバル心が見て取れた。
プーチの視線の先にあったのは、セッション中のラップタイムを表示するタイミングモニターだ。そこに表示されていたのは、ストーナーがコースインして3周目に記録した2:01.811というタイム。初日にペドロサが走り込んで記録した2:02.003を、前日まで腰痛でテストを欠場していたストーナーが一気に更新したのである。
「弟子」──ちなみに、ストーナーもプーチの「弟子」の1人であるが、現在は直接の師弟関係にはない──であるペドロサのタイムがこうもあっさり更新されてしまっては、さすがに黙っていられないということだろう。
プーチに何を指摘されるまでもなく、一番これにスイッチが入ったのはペドロサ自身。すぐさまバイクにまたがるとコースインし、2:02.580、2:01.638……とタイムを更新していく。一日を終えての最終的な順位はストーナーが2.00.895のトップタイム、ペドロサは2:01.508で総合4位にとどまったが、この2人の、明らかに互いを意識したタイムアタックは見ていて心躍るものがあった。
期待されながらもなかなか手にできなかった「王座」を誰よりも欲しているのはこの人だろう。2011年は、これまでにない巧みなレース運びを見せるなど、大きな成長も感じられたし、バイクのセットアップが決まると誰も手を付けられないほどの速さを発揮するという「キレ味」も健在だ。持てる力を尽くして「勝負の年」に挑むペドロサの走りから、今年も目が離せない。
2日目のセッションの合間に通りかかったレプソル・ホンダのピットでは、ストーナーが「怒って」いると聞いた。
そう聞くと、Hondaファンの方は「調子が悪いのだろうか?」と思われるかもしれないが、ひとまずは心配無用である。ストーナーが語気荒く自分の要求をエンジニアへと伝えているシーンというのは、プレシーズンテストに限ったことではなく、シーズン中にもよく見られる、おなじみのシーンだ。それに、トップタイムをマークできるほどなのだから、十分に速い。
とは言え、怒っている以上、問題が発生しているわけだが、何が起きていたのかと言えば「自分のフィーリングではもっと速く走れる」ということであった。
──これは、驚くべきことである。こんなにはっきりと、「バイクをもっと速くしてくれ」と言い切れるライダーは、そんなにはいないはずだ。
ご存知の通り、現代のMotoGPマシンは、非常に高性能だ。エンジンパワーは二百数十馬力にも及び、有り余るパワーを「出たなり」に伝えていたのでは、MotoGPライダーといえども、レースディスタンスを通じて正確に扱いきれるとは言えないレベルにまで進化している。そこで、各陣営とも「電子制御」に工夫をこらし、ライダーが扱いやすいようにエンジンパワーをコントロールしているのだが、ストーナーはそれによって「自分の速さがスポイルされている」と感じるのを何よりも嫌うようなのだ。
もちろん、ストーナーの感覚がいつでも正しいとは限らないのだが、そんな彼が納得するようなバイクをつくることができれば、RC213Vの速さはさらに一段レベルアップすることになるだろう。
エンジニアたちは「ケーシーには困っちゃいますよ」と苦笑するが、彼らにしてみても「こいつを満足させるバイクをつくってやる」という気持ちでいるはずだ。「自分が世界で一番速い」と考えている人間がレーシングライダーならば、「自分が世界で一番速いバイクをつくれる」と考えているのがエンジニアだ。その二者の間で繰り広げられる「ライダーとエンジニアの真剣勝負」。限界を設けずに、ただひたすら高みをめざす姿を、これ以上ないかたちでハッキリと見ることができたのは、Hondaファンにとって明るいニュースだろう。