毎年、この時期に行われる「プレシーズンテスト」をとても楽しみにしている。世界最高クラスのライダーたちがまとう、緊張と期待とが入り交じる独特の雰囲気が好きだし、各陣営のエンジニアやメカニックたちが持てる力を尽くしてつくりあげた美しいマシンを見ると心がときめく。そして、「なぜこの形になったのだろう?」「目には見えない秘密があるんじゃないだろうか?」「これをつくるまでに、どんな苦労があったのだろう?」と次から次へと興味がわいてくる。
もちろん、MotoGPの解説や、この「MotoGP分析」のコーナーなどに活かすために毎年マレーシアを訪れているのだが、コース脇やピット、パドックで取材を行っているときの私は、MotoGP解説者である現在、そしてレーシングライダーだった過去をさらに飛び越えて、まるで「レースに憧れた少年時代」に戻ってしまっているのかもしれない。
──そうなれば、「みんな知ってるか?新しいシーズンに向けてこんなことが起こっているぞ!」ということを一刻も早く、私と同じくレースを愛する皆さんにお届けしたいという気持ちになってくる。
既にテストの写真やリザルトなどの情報は出回っていると思うが、今回はそこに私の感じたことなども交えながら、2012年シーズンの「走り初め」についてレポートしてみたいと思う。
テスト前日の1月30日、レプソル・ホンダのプレスカンファレンスで対面したニューマシンRC213Vは、各エキゾーストポートから出てくる排気管は太くなったような印象もあるし、ストーナー仕様に関しては本人の希望によりデジタルメーターが採用されているといった変化があるが、昨年までのRC212Vとそう大きく変わらないように見えた。カウルの奥には、昨年までの800ccではなく、「約」1000ccのそれが収められているはずだが、少なくとも外見からはそれを感じさせない。とにかく全体的なまとまりがよい。RC212Vがシーズンを通して安定した性能を発揮していたことから、エンジニアたちが新型の開発に集中して取り組むことができたことも伺わせる。
エンジンに関して「約」と言ったのは、エンジン排気量がレギュレーションで定められた「1000cc」のフルサイズであるとは限らないためだ。今シーズンから新たに定められたエンジンレギュレーションでは、「ボアは81mmまで、総排気量は1000ccまで」となっているが、燃料タンク容量の制限は、昨年までの「21L」が引き続き適用される。排気量が拡大されれば出力の面では有利になるかもしれないが、同時に燃費が厳しくなってくるため、「上限の1000ccよりかなり少ない排気量」である可能性が非常に高いのである。
Hondaの開発陣はシミュレーションにシミュレーションを重ね、「出力と燃費と信頼性のベストバランス」を導きだしてきているはずだが、800cc時代が始まった2007年、燃料タンク容量が21Lと規定されたことで「横並び」になると思われた予想を覆し、ドゥカティが他を圧倒するパワーを実現していたという前例もある。果たしてどの誰が、この難しいレギュレーションの中から、ベストなエンジンをつくりだしてくるのか。
ちなみに、車体は当初アナウンスされていたレギュレーションにのっとり、「153kg」という車体重量を目標として開発が進められてきたはずだが、今回のプレシーズンテストから急きょ「157kg」へと引き上げられるというレギュレーション変更があったと聞く。レーシングマシンは、たとえ100g重くなっただけでも挙動が一変する、非常にシビアな世界だ。各陣営とも、開幕までの間にこうした課題をどのようにまとめあげていくのかというのが、今回のテストの重要なテーマになっているはずだ。外見からはわからない「目に見えない部分の戦い」の行方も非常に興味深いものがある。
毎年マレーシアで行われるプレシーズンテストでのタイムアタックというのは、「夏休みの宿題」にも似ている。気温、路面温度とも低い午前中に、目標を決めて一気にクリアするのが望ましいからだ。ところが、今年のテスト初日は、午前中からあいにくの雨模様。ようやく雨が止んで走行が始まったのは、気温も上がり始めた、午前11時30分だった。
赤道直下の抜けるような青空の下、体調不良で走行をキャンセルしたケーシー・ストーナーを除く、ダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)、アルバロ・バウティスタ(チーム・サン・カルロ・ホンダ・グレッシーニ)が、ステファン・ブラドル(エルシーアール・ホンダ・モトGP )らが続々とコースインしてゆくのを眺めていたが、走行が始まって数ラップが行われたころ、たまらず同じようにコースを眺めていたジャーナリストに問いかけてしまった。
「これ、本当に今年初めて走るんですよね?」
答えを待つまでもなく、今シーズン仕様のマシンが走るのは昨年11月の最終戦、バレンシアGP翌日に行われたシェイクダウンテスト以来であり、今年になってマレーシア、セパンサーキットを走るのは今回が初である。
ところが、何のセットアップも進めていない、ほぼ「つるし」のような状態のはずにもかかわらず、そして気温・路面温度とも高い難しいコンディションにもかかわらず、各ライダーは、まるで勝手知ったる800ccマシンのようなペースで周回を続けているのだ。
今シーズンは新たなレギュレーションにのっとって製作されたニューマシンが投入される「新時代」の始まりとはいえ、相当にレベルの高いところからのスタートとなるのだということを、実感させられるものだった。