開発ファクトリー潜入[電気系]

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「最強の信頼性」への挑戦

シンプルでありながらも、機能美を感じさせるコクピットに心がときめくが、センサーをはじめとした電気系の開発を担当する小林さんの語り口は、あくまでもクールだ。
「セクターインジケーターは、ライダーからの要望で取り入れたものです。確かに、これがあると予選中のモチベーションが上がるでしょうし、ラップタイムに貢献できていたらうれしいですね。でも、自分の担当分野で言えば、少なくともメインの仕事は『最速に挑戦』とかではないんですよ。どうやったらライダーが必要な情報を素早く得られるか?どうやったら現場のスタッフがスムーズにデータを取ることができるか?そして、一番重要なのはどうやったら絶対に壊れないものができるか?言ってみれば『最強の信頼性』への挑戦ですね。エンジンや車体と違って、ものすごく地味ですけど」
「樹脂に包まれた電線」に過ぎないものが壊れるのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、「これが、壊れるんですよ」と、小林さん。
普通に走るだけなら市販のバイクとそう変わらないRC212Vも、レーシングスピードにおいては、その性格は一変する。市販車とは全く異なる種類の振動が発生するのだ。コーナリングGや加速・減速Gも段違いだ。こうした力が常に掛かり続けることによって、電線が切れてしまうのだという。

「僕らの担当するパーツは、見た目で面白いものじゃないですが、人間で言えば『神経』みたいなものです。近年のレーシングマシンは、ギアポジションや吸気・排気温度、ガソリンの噴射量などから走行状況を判断してエンジンのパフォーマンスや、トラクションコントロールの制御を最適にコントロールしています。つまり、これが壊れると最悪の場合、走れなくなってしまうんですよ。そうならないために、いくつもの条件を設定して、ただひたすらテスト、テスト、テストです」

「走る」ことが「実験」だなんて、
とんでもない

「あの……Hondaに『レースは走る実験室』って言葉があるじゃないですか。これは有名な言葉だからご存じの方も多いかもしれませんね。でも、僕はいつもこう思っています。『そんなことをしてはいけない』と」
あまりに刺激的な言葉に一瞬言葉を失ってしまいそうになるが、その真意はこうだ。

「だって、僕らが『走る』ことで『実験』をしてしまったらどうなるでしょう?エンジンや車体の開発への努力、ライダーの働き……その全てを無に返してしまうかもしれません。なにしろ、電線が一本切れるだけで、バイクが止まってしまう世界なんですから。だから、『実験』は研究所の中ですべて終わらせるべきです。レースは、あくまでも、成果を実証する場所。僕は、そのように考えています。……いや、僕らだけでなく、Hondaでレースに関わる人は皆、そう考えていると思います。これこそが『レースは走る実験室』という言葉の本当の意味なんじゃないでしょうかね」

レースは、勝つとかポイントを取るとかそれ以前に、壊れていたら走る前から負けるようなものだ。信頼性というと地味な要素に聞こえるが、速さも強さもその上に立つものであることを忘れてはならないのだ。

モンスターマシンを的確に操り、
誰より先に走りきるために

150kg(400ccのモーターサイクルよりも軽い)の超軽量な車体に155kw(210馬力)以上にもなろうかというエンジンを搭載したモンスターマシン、RC-Vシリーズを人間が手足のように操るために必要不可欠なものがある。それが、「電子制御」だ。
ご存じの方も多いかと思うが、「電子制御」とは何なのかを簡単におさらいしてみよう。代表例は、エンジンのパワーを、ライダーが扱いやすいようにコントロールする「トラクションコントロール」だろう。減速のときに発生する強烈なバックトルク(エンジンブレーキ)や、加速の際に強力なエンジンパワーによってバイクの挙動が乱れてしまうのを防いだりするものだ。

MotoGPマシンの燃料タンクは21Lと限られており、その中で最大限のパフォーマンスを発揮するために、常に燃料の噴射量もコントロールしている。本当にパワーが必要なときに燃料を多く使ってパワーを絞り出し、そうでないときは最低限の燃料消費で走る。これらの制御に欠かせないのが、小林さんらが必死に開発をしてきた、電子部品から集められる様々な情報である。

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電気系開発 小林

センサーのひとつである液圧センサー。こうした、走るために必要不可欠なもののほかに、「ステアリングの切れ角」といった、走行には直接関係のない情報も集めているが、これらは走行中にデータを集めておくことで、どんな場面でライダーが不満を訴えているのかをできるだけ詳細に解明するためだ。

熱の面で非常に過酷な環境でも信頼性を確保するために設けられたのが、このインテークダクトだ。言われなければ気づかないほどの小さな穴だが、走行時にここから空気を取り入れて電子部品を冷やすのだ。これも、小林さんら、電気系スタッフの「テスト、テスト、テスト」の結果から生まれたものだろう。

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