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インディアナポリスの結果からも、文句なしにトップレベルの実力があるとわかるストーナー、ペドロサとRC212Vのパッケージングだが、そこには少なくない割合で、RC212Vに搭載された各種の電子デバイスや、先進メカニズムの存在が含まれている。
これは、オンボードカメラの映像からもよくわかる。
特にストーナーのスロットルの「開けっぷり」はすばらしいの一言で、ときに見ていて恐ろしくなるほどだ。私が現役でレースをしていた時代は、こんな「開け方」をするライダーはいなかったし、いたとしたら、おそらく派手に転倒して、勝負にすらならなかっただろう。
スロットルの開度を電気信号に変え、その瞬間に応じたエンジン出力を適切にコントロールするトラクションコントロールなどが、20年前に不可能だったことを可能にしてくれているというのがひとつ。
さらに今シーズンからは、開発に数年をかけたというHonda独創のメカニズム、「シームレスミッション」も投入され、マニュアルトランスミッションの永遠の課題である「シフトチェンジの際に動力が途切れる」という問題も解決。コーナリング中の安定感は飛躍的に高まっている。
では、ライダーの「腕」の意義は20年前と比べて薄れてきているのだろうか?
80年代〜90年代に活躍したGPライダー、ケビン・シュワンツはかつて、エンジニアに対し「ストレートでライバルに負けないパワーを出してくれさえすれば、残りは俺がなんとかする」と話していたというが、そうした人間味溢れる時代は過去のものとなり、ライダーはオペレーターとして「技術」に勝たされる時代が訪れたのだろうか?
もちろん、答えは「否」だ。
そのことは、あるHRC首脳の一人が私に話してくれた言葉によく表れている。
「他社さんがいま、どのように考えているのかまでは、我々にはわからない。しかし少なくともRC212Vの電子デバイスやメカニズムは、『ラップタイムを向上させること』を目的として開発しているわけではない」
レーシングマシンに搭載される技術でありながら、目的が「ラップタイムを向上させること」ではないとはどうしたわけか。
Hondaのこの姿勢がもたらす効果を最も雄弁に物語るのが、第14戦アラゴンGPの予選結果だ。ファーストローにはレプソル・ホンダのストーナー、ペドロサ、ヤマハワークスのスピーズの3人。ここまでは、今シーズンのよくある光景だ。だが、2番手ペドロサと3番手スピーズのタイムを見てみると、0.4秒もの差がついていたのだ。同じ1列目からのスタート、さらにインディアナポリスのレースで、実力が完全に互角であるとわかったにもかかわらず……だ。
舞台となったモーターランド・アラゴンには、連続する左コーナーをフルバンク状態で下りながらシフトアップをしていくといった、ライダーにとって非常に神経をすり減らされるポイントが存在する。ここでいかにスロットルを開けていけるかどうかが勝負のカギとなるのだが、ストーナー、ペドロサのレプソル・ホンダ勢は非常に安定した走りを見せていたのが印象的だ。
レーシングスピードで限界まで攻めている状態では、ほんの一瞬でもトルクが途切れるとバイクの挙動に影響が出るため、その都度バンク角を細かく調節することが求められる。しかし、常にトルクの伝達が途切れないHonda勢は、そうしたシーンでもバンク角の調整に神経質になる必要がない。転倒のリスクも減る。1周走ってタイムに差が出るのはもちろん、それがレースディスタンスを走りきったときに、さらなる差になるのは言うまでもあるまい。見事、レプソル・ホンダとして記念すべき100勝目をここで達成することとなった。
「ラップタイムを向上させること」は目的ではなく、「ライダーの負担を軽くすること」の結果にすぎない。言葉の上ではどちらが先に立とうと変わらないもののように聞こえるかもしれないが、ライダーの実感としては天と地ほどの違いがあるのである。
実は、HondaはMotoGPで「ラップタイムを向上させるため」のバイクを開発していたことがある。ロッシがHondaからヤマハへと移籍した2003年のオフシーズンのことだ。「我々は技術で勝利をめざす」という声が、Honda陣営の誰からともなく聞こえてきていたのだ。ロッシという強大な存在に対し、その力によらずともチャンピオンを獲得してみせる、という決意の表れだったのかもしれないし、2006年にはそんな決意のとおり、強烈なパワーのエンジン、高剛性のフレーム、飛躍的に進化した電子デバイスの勝利──もちろん、それを果敢に乗りこなしたヘイデンの勝利であるのだが──と思わされる場面がいくつもあった。しかし、人間が跨らなければ自立さえしない乗り物、バイクを使ったレースで、「技術」が「人」に勝利することなどあり得なかったのだ。その後の歴史がそう語っている。
20年前のような「気合い」や「精神論」で勝てる時代ではなくなった。しかし、依然として二輪ロードレース世界最高峰の舞台の主役は「人間」であり続けているし、これからも変わることはないだろう。
「扱いやすいがスピード感がない」とまで評されながら、飛躍的に戦闘力が向上していたNSR500の同爆エンジンしかり、「速い、乗りやすい、さらには乗り心地までいい」とされたRC211Vの走りを支えたユニットプロリンクしかり……。
振り返ってみれば、Hondaがレースの世界に提示してきた革新的な技術は、常に「ライダーの負担を減らす」ために生み出されてはいなかっただろうか?
RC212Vの開発エンジニアは、こうした考え方を「ライダーズ・エイド」(=ライダーのための補助)と呼んでいる。助けるべきは「走る」という行為ではなく、その大元である「ライダー」である、という思想を私はとても「Hondaらしい」と思う。
「ライダーが本来の力を100%発揮できる」ことを目標とし、「人間尊重」の原点に立ち戻って得た勝利。これこそが本当の意味でHondaがめざしていたであろう「技術の勝利」なのだと、強く感じている。