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第4戦フランスGP。Honda勢は予選で2003年パシフィックGP以来となる「1-2-3-4」独占を達成した。決勝では不運もあって「1-2」止まりとはなったが、「1-2-3フィニッシュ」直前までこぎ着けており、やはり圧倒的な速さを見せつけた。今シーズンになってドゥカティから移籍してきたストーナーが4レース終了時点で2勝目を飾り、他のライダーもそれに続く。
「やはり、ストーナーは速いライダーだ」ということを再認識させられるが、ストーナー一人だけが速いというわけではない。ペドロサ、ドヴィツィオーゾ、シモンチェリ……Honda勢全体がストーナーに触発されるかのように速さを見せていることを見ると、RC212Vは相当に「仕上がって」いるのだと感じる。
やや乱暴な言い方になってしまうが、RC212Vは誰が乗っても速い。
ライダー毎に異なるライディングスタイルに合わせ込めるだけの、懐の深さがあるのだ。
要因はいろいろと考えられるが、マシンの骨格たる「フレーム」ぬきにして語ることはできないだろう。
RC212Vのそれは、カーボンモノコックフレームを採用するドゥカティなどと比較するとコンベンショナルな形式ではあるが、間違いなく、現時点においてHondaが考えるひとつの最適解であり、「到達点」であると言うことができる。
むろん、ここへ至るための道は昨日、今日に発見されたわけではなく、800cc時代の4年間だけで見いだしたものでもない。Hondaが世界最高峰の二輪ロードレースに参戦してきた四半世紀以上もの歴史の中で行ってきた、数え切れないほどのトライ・アンド・エラーの積み重ねの上にこそ、存在しているものだ。
中でも特に有名なのは1979年にデビューした「NR500」ではないだろうか。4ストロークエンジンで、同じ排気量の2ストロークエンジンを凌駕するパワーを実現するべく楕円ピストンを採用したことで知られているが、初期型ではメインのフレームを持たず「殻」のようなシャシーでエンジンやサスペンションなどを保持する「モノコックフレーム」を採用していたことも注目に値する。その進化型、ほぼ最終仕様のNR500では材質の面でもチャレンジングな開発姿勢が貫かれ、フレームやスイングアームなどに、当時は最先端のマテリアルであったカーボンの採用が検討された。これを用いたフレームは実戦投入こそ見送られたものの、スイングアームは国内のレースに投入され、優勝にも貢献している。高い剛性を確保しながらマシン全体を軽量につくることができるといったメリットがあり、非常に先進的な試みであったが、課題もあった。
モノコックフレームは、現在RC212Vが採用しているようなツインスパーフレームなどと比較すると、バイクの挙動を左右する「剛性」の調節が非常に難しかったのである。もちろん、優れた点はあるが、その時点でライダーのためになると思われる要素は少ない……そう考えたHondaは以後30年にもわたって、セッティングの幅が広く、サーキットやライダーに合わせて細かい設計変更も比較的しやすいタイプのフレームを進化させていくという選択肢を選ぶことになったというわけだ。
「30年かかった」と考えると何やら感慨深いが、RC212Vの「懐の深さ」はそれだけの時間をかけても実現する価値のあるものであるし、エンジニアたちの姿勢には本当に頭が下がる思いだ。
2004年のロッシ、2006年のストーナーなどの例はあるものの、他の陣営に移籍して「初年度でチャンピオンを獲得」した例は、世界最高峰のロードレースの歴史の中でもそう多くない。卓越したライディングスキルを持つMotoGPライダーをしても、慣れ親しんだものとは異なるマシンを乗りこなすというのは非常にハードルが高いのだろう。
だが、ここで開幕戦──「移籍後初レースで優勝」というのも前述のロッシ以来だが──に続き2勝目を挙げたストーナーを、そしてそれに追いつけ、追い越せとばかりに上位を走るHonda勢を見ていると、いやがうえにも期待が高まる。
MotoGPで勝つことの出来るマシンには2種類ある。「速いバイク」と「強いバイク」だ。言葉は似ているが、まったく異なる性格のものだ。
私が感じる「速いバイク」。これはライバルが不在になるほど、圧倒的にパワフルだったり、多少の扱いにくさがあったとしても突出したトップスピードを持っていたりするようなバイクのことだ。その「速さ」が何らかの理由で発揮されなかったときにはライバルの反撃を許すことにはなるが、それならば、また次のレースで突き放してしまえばいい……そんな有無を言わさぬほどの戦い方ができる存在。
代表例は、過去のNSR500やRC211Vなど、Honda製のグランプリマシンを置いて他にあるまい。
一方の「強いバイク」の代表的な例は、特にバレンティーノ・ロッシが加入してからのヤマハだった。決してエンジンパワーがずば抜けているとか、予選アタックで手が付けられない速さを見せる、というわけではない。しかし、MotoGPに参戦している全員がコース上に出て「ヨーイ、ドン」をし、120kmのレースを走ってみると、最初に帰ってくる確率が高い。ライバルと接戦になったときにもミスをしにくく、結果的にきちんとポイントを稼ぐことができる。難しい状況になったときにも、簡単に負けてしまうことはない。戦場たるレースをしぶとく生き残る「強さ」があるのだ。
では、今年で5年目を迎えるRC212Vはどちらだろうか。
私は過去4年間、Hondaのエンジニアに対してずっとこう聞いてきた。
「Hondaが作りたいバイクRC212Vがめざすのは、『速いバイク』なのか?『強いバイク』なのか?」
私の問いかけに対する歴代RC212V開発エンジニアたちの反応は、常に一貫していて、ぶれなかった。
「どちらか一方ではありません。速くて、強いバイクです」
エンジニアが話すように両方を兼ね備えたマシンがあれば言うことはない。ぜひ、実現して欲しい。しかし、「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということになってはしまわないだろうか。そして、この目標が2007年・2008年に2勝、2009年に3勝、2010年に4勝という、お世辞にも好調だとはいえないサイクルに入ってしまう原因だったのではないか……そう危惧し、密かにこうも考えていた。800cc時代の最後である2011年、RC212Vにチャンピオンマシンとしての花道をつくるためには、「速さ」をめざすべきだ。過去の歴史に照らし合わせてみても、それこそが近道なのではないか、と。
4戦を終えてHonda勢は圧倒的に「速」く、ライバルは常に手ごわいものの、「速さ」でそれに対抗しているように見えた。それだけに、カタルニアGPで見せたHonda勢の走りには驚かされた。
「速い」だけでなく、「強い」ことが明らかだったからだ。