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信じられないことではあるが、かくしてテスト中一度もトップを譲らなかったHondaは、それでも「結果に満足できない」まま開幕直前のカタールテストと、開幕戦を迎えたのである。
Honda勢はここでも金曜日のフリープラクティス、土曜日の予選とすべてのセッションでトップに立ち、ついにはストーナーが、Hondaに2003年以来の開幕戦勝利をプレゼントしてくれたのだ。思えば、ずいぶんと長い間「開幕戦勝利」から遠ざかっていたものだ。
ストーナーの隣、予選2番手からスタートし、一時はレースをリードしたペドロサは、最終的にストーナーと、ヤマハのロレンソに抜かれて3位フィニッシュとなった。3位に転落する原因であり、レース中に痛み始めたという古傷の状態は少々心配だが、思うように動かない身体でなんとかマシンを操り、3位表彰台に導いた走りは、立派だったと思う。レプソル・ホンダの「1-2」、できれば「1-2-3」を見てみたい、と願っていたが、Hondaとしては全く文句の付けようのない開幕戦だったのではないかと感じた。
続くスペインGP。こちらは、まったくもって、とんでもないレースだった。
世界最高峰のレースに参戦するトップライダーたちが、濡れた路面に足を掬われ、次々に転倒してしまったのだから……。
結果的に完走することのできたライダーは、わずか12人という「サバイバルレース」になった。
レインタイヤでなければ走れないが、いわゆる「本降り」でもない。
そんな状況では、適切な走行ペースというものが非常に掴みづらくなる。ある程度のラップタイムで走らなくてはタイヤが冷えて、グリップが失われてしまう。しかし、本来は「本降り」の状況下でも使うことを想定したレインタイヤは、ペースを上げれば上げるほどにタイヤの温度が上がりすぎ、激しく消耗していってしまう。
このあたりの「さじ加減」をうまく行うことも、ライダーに求められることだったのかもしれない。
だが、「そんなことは関係ない」とばかりにアグレッシブな走りでトップに立ち、サーキットを湧かせてくれたのがシモンチェリだった。中盤まで先頭を快走しながら、11周目の1コーナーで転倒してしまったのは、おそらくタイヤを酷使しすぎたのだろう。MotoGP2年目の若いライダーには、少々難しいコンディションだったように思う。だが、MotoGPチャンピオン経験者のストーナーや、昨年の王者ロレンソをもオーバーテイクしてレースをリードしたという実績は、かならずこれから生きてくるはずだ。
青山は、次々に脱落していく上位陣を尻目に、最終的に4位まで順位を上げた。
レーシングライダーの仕事は「チェッカーを受けること」だと常々思っている。トップでチェッカーを受ける。表彰台圏内でチェッカーを受ける。それが無理ならば、ポイント圏内でチェッカーを受ける。それさえかなわないならば、バイクを無事に既定の周回数走らせる。
周囲が転倒、リタイアしていったことによって得た4位だ、と思う人もいるかもしれないが、あれだけ血の気の多い連中とのバトルの中で、決して自分のペースを崩すことなく迎えたチェッカーには確かな価値がある。私はTVの解説でも「まずはシングルフィニッシュを」と言い続けてきたが、いよいよ初表彰台も視野に入れてよいのではないかと考えている。
テストと開幕戦の勢いを維持し、Honda勢は常に上位で戦っていた。ストーナーも、シモンチェリもトップを走った。ドヴィツィオーゾも素晴らしいスタートでポジションアップし、ペドロサは2位で最後まで走りきった。
……だが、チェッカーを最初に受けたのは、ヤマハのロレンソだった。
正直に言って、プレシーズン・セパン合同テストでのロレンソは自分の走るペースを掴みかねているように見えた。ロングディスタンスでのテストをきっちりとこなすことをルーチンのメニューにしていたはずなのに、5〜6周でピットに帰って来ることもあったし、どこか歯車がかみ合っていないように思えたのだ。チャンピオンのオフシーズンは多忙を極めるし、そのことが原因になっていたのかもしれない。だから、本来のコンディションを取り戻し、表彰台の頂上に立つのはもう少し先のことかと思っていたのだが……結果として、ロレンソのペースが他の全てのライダーを上回った。
また、ケガの調子が思わしくなく、ペースを上げられなかったドゥカティのロッシも、2戦目にしてついにトップを脅かす走りを見せた。
もちろん、転倒によってストーナーをリタイアに追い込んでしまったのは残念としか言いようがないが、もしストーナーのペースがもっと速く、あの位置にいなかったとしたら、事故は起こらなかった。ロッシを先行させたからこそ起きた「レーシングアクシデント」だったのだ。ファステストラップを記録しながら上位を追い回し、転倒後もあの難しいコンディションを走り抜いて、5位でフィニッシュしていたというのは、「さすが」と言うほかない。
プレシーズンテストから19回のセッションで、一度もトップを譲らなかったHonda勢だが、2戦目にしてライバルにしてやられたのである。
中本さんの「まだまだ」という言葉には、「自分たちの定めた目標に、まだまだ達していない」という意味は当然のことながら、「ライバルの力は、まだまだこんなものじゃない」という強い警戒感とリスペクトとが含まれていたことを、思い返した。
ロッシを軸にして強い体制を作り上げてきた経験をもとに、ロレンソとともに新たな常勝体制を築こうとするヤマハ。
ヤマハからロッシを迎え入れ、「イタリアのバイク+イタリアのライダー」という組み合わせで、再びの王座奪還を狙うドゥカティ。
一台体制になってしまったとはいえ、特に路面温度の高いコンディションで速さを見せるスズキ。
たしかに開幕前からHondaは強かったが、それぞれのライバルもまた、「絶対に勝つ」という必勝態勢で臨んでいることに、このスペインであらためて気づかされた。
「最後のRC212V」をチャンピオンマシンとするべく奔走するエンジニア陣、「レーシングライダーの本能」を最大限に刺激しうるライダーラインアップ、彼らに一段も二段も高い目標を示すマネジメント陣……あらゆる歯車がついにかみ合い、これまで以上に強くなったHonda勢を全力で追撃する、すばらしきライバルの存在。
これこそが、今年のHonda勢の中に流れる「近寄りがたい」ほどの「レーシング」な空気の正体だったのではないだろうか。
今年のMotoGPは、いつにもまして目の離せないシーズンになるだろう。
ぜひシーズンの要所要所で、Honda勢の戦いぶりをレポートしていきたいと思う。