HRC総監督 山野一彦の現場レポート

−今年から導入されたエンジン使用規制という条件のもとで、エンジン面ではHondaが優位になるかとも見えたのですが、パッケージ全体でその優位を生かせなかった、ということでしょうか。

「耐久性もエンジン性能のひとつなので、そういう意味ではレギュレーションにはうまく対応できたと思います。トップスピードも出ていたし、加速も悪くなかった。ただ、マシン全体で見ると、ブレーキングや旋回性やタイヤの使い方等々、トータル性能では優位に立っていたとはとてもいえません。マシンの完成度やチームの力や私たちの運営力や、様々な要素が十分でなかったのだろうと思います。
 チャンピオンを獲得したロレンソ選手は、安定して速く表彰台の獲得率もずば抜けていて、彼はまさに取るべくしてチャンピオンを取ったといえるでしょう。そんなロレンソ選手を相手に、ダニは孤軍奮闘して追いつけ追い越せとがんばってくれました。これはひとえにダニのがんばりです。シーズン前半戦でも、マシンが暴れる不安定な映像は皆さんもよくご覧になったと思います。ダニもアンドレアも、先ほどいったギリギリの展開で走っていたので、安定して勝つ、安定して成績を収めるためにはやはりマージンが必要になる、ということを改めて痛感した一年でした。来季はそのマージンを作るために早期にマシンの仕様を決めてウィンタータイムから徹底的に乗り込み、セットアップの方向性も見極めたマシンで開幕を迎えることが非常に重要です」

−その意味では、すでに来年に向けた準備は始まっています。2011年は6台体制になるHonda陣営の紹介も兼ねて、バレンシア事後テストの印象を教えてください。

「来季はRepsol Honda Teamがダニ、アンドレア、そしてケーシー・ストーナーの3選手で、サンカルロ・ホンダ・グレッシーニのマルコ・シモンチェリもワークスライダーなので、2011年のワークス勢は4台体制になります。マシンについては、2010年最終形の基本骨格に各部の戦闘力を上げるためのパーツを組み込んだ比較テストという形で実施し、電子制御も含めてシーズン中にはできない大きな変更も試しました。勝ちパターンに近付けるテストメニューという意味では、ライダーにとって仕様差を把握しやすい理想的なテストになった思います。
 ダニはケガが完治しておらず、アンドレアもテスト2日目には39℃の熱が出たのですが、そんな状態でもふたりとも率先してがんばってくれました。そういったことも含めて成果の多いテストでした。マルコも、2010年仕様からモディファイした箇所はコントロール性が増して非常にいい、とポジティブなコメントをしてくれました。コントロール性が増すということは、先ほどいったマージンを作るきっかけになりますからね。ケーシーは他社のマシンから乗り替えたばかりですが、速く走るスキルをさっそく発揮してくれて2日目にはトップタイムでした。『まだ乗り替えてすぐなので、具体的なことはいえない』というあたりもクレバーなライダーだな、という印象です。各選手とも、長所と欠点を冷静かつニュートラルに把握してくれたので、彼らから得たコメントの精度は非常に高いものばかりでした」

−サテライト勢の2選手についてはどうでしたか。

「青山博一君は、来年が2シーズン目になります。今年はケガに泣かされたシーズンでしたが、来年はフィジカル面をさらに鍛え、マシンのセットアップでも今年得たことを来季につなげるために、新しいチームでチーフメカニックとよく話し合って取り組んでいるので、期待をしています。プレッシャーをかけるつもりはないのですが、『MotoGPクラスで君が代を早く聴かせてほしい』といつも青山君と話をしているんです。トニー・エリアスも2009年までHonda陣営の選手としてMotoGPクラスを戦い、2010年はMoto2のチャンピオンを獲得した実力者です。テストでは、一歩一歩着実にメニューを消化していたので、来季はシーズン序盤から力を発揮してくれるでしょう。楽しみにしています」

−2011年は、現行の800ccレギュレーションでは最後のシーズンになります。

「来年勝たなければ、Hondaは800ccで一度もチャンピオンを獲得しなかったことになってしまいます。なので、2011年は何が何でも勝ちを狙っていきます。ライバル勢はいずれも強力なので厳しいことは間違いありませんが、現在までに洗い出した課題をしっかりと解決し、冬休み明けのセパンテストからまったく問題のない状態でテストをして開幕戦のカタールに臨みます。そのためには、セパンテストまでのこの一分一秒をどう使うかということが非常に重要です。バレンシアの事後テストでは、ライダーもチームも開発陣も甘い考えをいっさい振り捨ててシーズンオフを有効に使おう、という手応えのある話し合いができました。2010年にタイトルを取れなかったダニは、悔し涙を流していました。その気構えは、必ず来シーズンに生きてきます。アンドレアもファクトリー3年目で勝負の年になるでしょうし、マルコもチャンピオンを期待できる成長を見せています。さらに、そこにケーシーが入ってくれたことが、全員へのいい刺激になるでしょう。<Hondaファミリー>というような甘い言葉はもう必要ありません。とにかく目先のレースで勝つこと。そして、そのレースで勝つのは自分だ、自分以外のライダーは全員ライバルなのだ、という気構えで立ち向かいます」

−では、締めくくりに来シーズンへ向けた抱負をお願いします。

「遮二無二勝つ。ただ勝利を狙うだけです。ライダー、マシン、チーム、の全員が勝つという強い意識を持って挑みます。ここまでの戦いを振り返ると、私たちがモチベーションを保ってここまでがんばり続けることができたのは、ファンの皆様の応援があったからです。もてぎでダニがケガをしたときでも、『がんばるように伝えてください』を声とかけていただくことで、ずいぶん力を与えられました。熱いエールを送って応援してくださる皆様のためにも、我々はとにかく勝たなければならない。来シーズンこそ持てる力をすべて出しきってチャンピオン獲得を絶対に達成できるよう、すでに始動を開始しています。厳しいシーズンになることは覚悟していますが、だからこそ、勝つことに徹底的に執着する年にしたいと思っています。2010年はチャンピオンを獲得できませんでしたが、応援をしていただいて本当にありがとうございました。来年こそ、我々はチャンピオンシップを奪還します。この言葉で今回は締めくくらせていただきたいと思います」

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