第5戦イギリスGPから第6戦オランダGP、第7戦カタルニアGPは、3週連続のレースという慌ただしく厳しいスケジュールとなった。この3連戦で、オランダ−カタルニアと連続して2位表彰台を獲得したRepsol Honda Teamのダニ・ペドロサは、現在ランキング2番手。チームメートのアンドレア・ドヴィツィオーゾも、イギリスでは2位表彰台を獲得し、ランキング3番手につけている。2010年シーズン中盤戦を迎えたHonda陣営の現状と、次の2連戦に向けた展望を、HRC総監督の山野一彦が語る。
「今回の3連戦はダニ自身も3連勝をするつもりで臨んだのですが、シルバーストーン(第5戦)では予選の際に転倒を喫してしまい、身体にダメージはなかったとはいえ走りに乱れが生じて、最終的に8位という結果に終わってしまいました。アッセン(第6戦)とカタルニア(第7戦)ではこれを教訓として、レースのアベレージタイムを高い水準でキープすることをメインテーマにして1回目のフリープラクティスから取り組んだのですが、結果的にライバル選手に逃げて行かれる展開になってしまいました。ただ、後ろからプッシュされる状況になっても、抜かれることなくさらに前へ迫ろうとする走りができているので、いい方向には向かいつつあると考えています」
−カタルニアのレースに関して言えば、ペドロサ選手はスタートを決めてそのまま差を開いていくのかと思ったら、1コーナーでオーバーランしてしまいました。結果的には、あれがレースの命運を分けてしまったようにも見えます。
「ダニ自身もコメントをしているのですが、あのときの状態をもう少し詳細に説明すると、スタートはいつものようにうまく飛びだすことができたのですが、あのサーキットは1コーナーまでの距離が長くて加速していく途中に、映像では確認できないマシンの震動が発生し、一瞬、フロントブレーキのピストンが戻ってしまう状態が起こってしまいました。1コーナーの進入ではフロントブレーキが効かなくなり、ダニのコメントで言えば、『心臓が1m先に飛びだすような状態』で、リアブレーキを使いながらフロントもポンピングでなんとか状態を回復したのですが、その結果、1コーナーをオーバーランしてしまいました。アウト側のセーフティゾーンがアスファルトではなくてグラベルなら転倒していたに違いないので、その意味では幸運だったといえるでしょう。
コースに復帰する際には、あの場所からトップグループに戻るとショートカットになってしまい、ペナルティを科されてしまうので、順位を見極めながら冷静にコースへ復帰した、というのが真相です。決勝でのダニのアベレージタイムを見れば、優勝したロレンソ選手と遜色ないラップタイムで走っているので、1コーナーのトラブルがなければ逃げきりの勝ちパターンか、少なくとも最後まで対等に戦えただろうという感触はあるのですが、終わってしまったレースを“たら・れば”で語ってもしかたがありません。いずれにせよ、不測の事態とはいえ、マシンの不具合であのような結果になってしまったのは、我々の大いに反省すべきところです。
コース復帰後は、幸いストレートでトップスピードがよく伸びていたので、それをうまく利用して早々に順位をリカバーできました。ただ、早く前に追いつこうとしてリスクを背負っていたために何度かフロントが切れこんで転びそうになったのですが、それでも2位でゴールできたのだから、ダニは本当によくがんばってくれたと思います」
−フロントに関しては、マシンやチームにかかわらず、皆が苦戦していたようです。
「今回ブリヂストン社が用意してくれたリアタイヤは、柔らかいほうのコンパウンドがハード、硬いコンパウンドはエクストラハードという組合せでした。レースディスタンス全体を考えると、柔らかめのハードコンパウンドでもタイヤの摩耗がそれほど大きくないことはフリープラクティスや予選で確認できたので、Honda勢全体でも多くの選手がグリップ力の高いこのコンパウンドをレースで選択しました。このグリップ力の高いリアがフロントをプッシュし、その結果、フロントが余計に厳しくなってタイヤが悲鳴を上げることになったのでしょうね。フロントにかかるこの負荷を軽くするためには、ディメンションの見直しやサスペンションセッティングなどで合わせ込んでいくことになるのですが、全体的にはフロントをプッシュする傾向のセッティングになっていたのだと思います」
−ただ、昨年は硬めのコンパウンドでレースに臨んでいたことと比較すると、今年は柔らかめでもレースディスタンスを走れるようになっているのは、それだけタイヤの性能を引き出せるセットアップになってきた、ということなのでしょうか?
「昨年を振り返ると、ライバル陣営は柔らかいコンパウンドを使えていても、我々は硬いほうでなければとてもレース距離が保たない、という傾向があったのは事実です。ですが、今年は柔らかい選択肢をチョイスできるようになっているのは、今年はパッケージ全体としてタイヤへの攻撃性が少ないセッティングを見いだせるようになってきたということが言えると思います。その意味では、そこは向上してますよね。
話をダニに戻すと、この3連戦は残念ながら勝てませんでしたが、ランキング首位の選手とポイント数で52点差があっても、残りは11戦。まだまだチャンスはある、と考えていて、アルベルト・プーチ監督以下、スタッフ全員のモチベーションも高い状態です。勝てないながら確実に得るもののあったレースなので、次のドイツとアメリカでは絶対に連勝を狙っていきます」
−ドヴィツィオーゾ選手のほうはどうでしょうか。
「2位を獲得したシルバーストーンではランキングも3位から2位に上がり、彼自身も安定したマシンセットアップができている状態でした。次のアッセンは少し噛み合わないところがあったものの、カタルニアでは優勝を狙う意気込みでセッティングもほとんどノータッチ、セッション中のアベレージタイムも上々でした。以前にもお話したように、アンドレアは最低でも予選2列目を獲得する、ということをテーマに掲げているのですが、この3連戦ではその点については達成できました。レースそのものは、アッセンが5位でカタルニアはトップ争い中の転倒後に再スタートして14位、という結果でした。
アンドレアに関しては、シーズン初頭からチームがうまく機能していて、ライダーが落ち込んでいるときはチームが元気づけ、さらにライダーが走りでチームをさらに元気づけるという、いい循環になっています。カタルニアでも、予選までのまとまりを見ればダニよりも可能性が高いような手応えがありました。実際に、途中まではロレンソ選手と激しいトップ争いを演じていたのですが、こちらも残念なことにリアブレーキにトラブルがあって、転倒をしてしまいました」
−ペドロサ選手とは別の現象ですか?
「ダニはフロントでしたが、アンドレアの場合はリアです。彼の場合、リアについては、親指でかけるハンドブレーキと足で使うブレーキのふたつの入力をひとつの系統で使っているのですが、レース中に突然、リアブレーキの抗力をフルに発揮できない、効いたり効かなかったりする不確定な状態になってしまいました。決勝レースのサイティングラップの際に、それまでにはなかった違和感が生じて、足で踏んでもブレーキが効かないときがあるという症状が出始めました。レースではそれでもなんとかトップ争いをしていたのですが、15周目にペースを上げた相手について行こうとした矢先、バックストレートエンドで転倒してしまいました。ハード的な原因でこのような結果になってしまったのは、ライダーには申し訳ないかぎりです。レース後、アンドレアは特に今回の事態について怒ってはいなかったのですが、私の方からスタッフに対して、このようなことが二度とないように、改めてメンテナンスの徹底を伝えました。
このブレーキシステム自体は、開発チームが充分な耐久テストをしたうえで、ヘレスの後、ルマンから投入しているのですが、ブレーキはライダーの命を預かる大事な部分だけに特に徹底的な対策を施して次のレースに挑まなければなりません。不測の事態とはいえ、レースでいきなりこのような現象が出てしまったのは、アンドレアに対して本当に申し訳ないし、絶対あってはなりません。また、転倒してもそこで諦めずにマシンを起こしてレースに復帰し14位、という結果は、ネバーギブアップの精神、レースに対する真摯な心構えを、改めてライダーから教えてもらったような気がします」