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Honda RC212Vの現在と未来 チャンピオン獲得へ向けたサードジェネレーションの可能性

アウトライン

2007年、Honda RC212VはMotoGPにおけるエンジン排気量が、990ccから800ccに制限されるレギュレーションの施行に対応する形で登場した。RC212Vが、それまでの990ccマシン・RC211VのV5エンジンとは異なるV4エンジンを選択した理由は、V5エンジン使用マシンでは155.5kg、V4エンジン使用マシンでは148kgという、エンジン気筒数による最低重量制限の違いにある。突き詰められた車体構成を持つ現代のMotoGPマシンでは、高回転・高出力化に有利なV5エンジンを使用しても、この7.5kgの重量差を解消することは困難である。1kgの重量軽減を実現するためには、1psの出力向上をするよりもはるかに時間やコストを必要とする。

2006年 RC211V #69 ニッキー・ヘイデン車
2010年 RC212V #26 ダニ・ペドロサ車

V4エンジン選択のもう1つの理由は、RC212V開発初期段階におけるエンジン形式の比較検討で、出力・耐久性・エンジンサイズの要素において、インライン4、あるいはV3エンジンに対してV4エンジンの優位性が確認できたことにある。特に、トップエンドの絶対的出力ではなく、高いドライバビリティや幅広いライダーに対応できる柔軟性といった、“優れたトータルパフォーマンス”の実現にはV4エンジンにメリットがあるとHondaは考える。30年を超える実戦での開発実績と、膨大な技術的蓄積のあるV4エンジンは、Hondaモーターサイクルにおけるテクノロジーの象徴でもあるからだ。

“トータルパフォーマンス”という点では、コンパクトな車体と優れた車体バランス、そして高いエアロダイナミクス性能によって、その高出力をいかにライダーにフィットさせるかを追求した結果、59.2%という歴史的な勝率を記録したRC211Vだが、その延長線上にRC212Vは存在している。エンジン形式や設計は異なっていても、ピークパワーよりも総合的なバランスを追求していくというコンセプトは、そのまま継続されていると言ってもいいだろう。

1982年 NR500エンジン
2002年 RC211Vエンジン

また、優れたマシンバランスの実現には、V4エンジンのVバンク(=前後シリンダーの挟み角)が重要な要素となる。1979年のNR500で初めて実戦投入されたV4エンジンは、当初100度の挟角でスタート、直後に90度とされて以来、長らくV4エンジンの挟角は90度で推移してきた。しかし、2002年に登場したRC211Vでは75.5度と大幅にその数値を短縮。理想的な車体の重心位置や前後の荷重バランスなどを考えるとき、Vバンクの挟角が小さく、エンジン前後サイズがコンパクトであるほど、車体レイアウトの自由度は高いものとなる。

その進化と経過

以下は、RC212Vのこれまでの変遷とレース結果である。

2007年 800ccV4エンジンの初年度。出力向上を追求(18戦/2勝・ライダーランキング2位)
2008年 ニュウマチックバルブを投入し、高回転化(18戦/2勝・ライダーランキング3位)
2009年 前年からの進化・熟成(17戦/3勝・ライダーランキング3位)
2010年 エンジン、電子制御、車体を全面変更(13戦終了時/4勝)

初年度のRC212Vは、ライバルメーカーのマシンに対して出力とトップスピードで劣っていることが実戦で明らかになった。このため、出力向上を念頭に置いた改良が続けられた。2008年には、それまで検討していたニュウマチックバルブを第6戦から実戦投入し、高回転・高出力化を容易にすると同時に、より理想的な出力特性を追求。2009年からはエンジン回転コントロールの核となるテクノロジーとして標準化してきた。

従来のコイルスプリングに代わって、高圧空気で吸排気バルブ作動を制御するシステムがニュウマチックバルブだ。コイルスプリングによる制御ではエンジン回転数が高回転になるほど、往復運動でバルブ周囲の慣性重量が増大する。特定の回転以上ではその重量がスプリングの反力を上回ってしまい、そのことでスプリングの伸縮運動がバルブ作動に追いつかなくなると、バルブサージングやバルブジャンプといったトラブルが発生する。コイルスプリングを使わないニュウマチックバルブでは、バルブの作動精度を向上できるのと同時に、バルブ周りの構造を軽量・コンパクト化できる。このため、エンジンのさらなる高回転化、バルブリフト量の増加やバルブタイミングの自由度拡大、そしてエンジンの保証性向上にも大きなメリットを持っている。

これらエンジンの仕様変更に対応する形で、車体関係の改良も続けられたが、その成果が思ったような方向性に定まらず、バランスの高い戦闘力を実現できなかったことが、これまでRC212Vが勝利から遠のいていた理由だとHondaは認識している。特に、電子制御サスペンション、ラウンチコントロールシステムなども禁止された2009年シーズン前半にかけては、戦績の乱高下が著しく、かつてない不振に陥った。結局、マシンの改良作業に加えて、新たな規則への対応を行う必要があり、この点で試行錯誤があったのも事実であり、ライダーの転倒も含めて、マシンの仕上がりやそれを支えるチーム環境が十分でなかったという自覚は、その後の反省材料となった。

例えばエンジンにおける電子制御1つとっても“こうであるべき”という理想ラインと、実際のレースでの現実ラインは、まず一致することがないものである。開発では、理想と現実の隔たりを解消し、この2つの要素をオーバーラップさせる作業をひたすら繰り返していくものだ。速く走るために制御を効かせ過ぎれば、マシンのスピードは“遅く”なり、制御が不足していれば加速時のスライド量が増加し安定感を欠いて、ラップタイムが落ち、あるいは転倒のリスクが増える──ライバルとの相対的な位置付けと、チームの考える理想の間の、どこにバランシングポイントを見つけるかという作業は、容易なことではないのもまた事実だ。

ターニングポイント

2009年のレギュレーション変更(第11戦以降は使用できるエンジン数も限定)に続いて、2010年はさらに数多くの項目でマシンを規制するレギュレーションが実施された。ここでは、最大10気圧までの燃料噴射圧力制限、可変排気システムの禁止、電子制御と油圧制御を使用する可変バルブタイミングシステムと可変バルブ開閉システムの禁止、タイヤ温度センサー禁止など、エンジンから車体いたるまで細かな規制が加えられた、中でも、ライダー1名あたりが使用できるエンジン数を、年間最大6基に制限するという新規則は、MotoGPマシンに大きな影響を及ぼした。

この規則では、吸気系のセッティング変更やプラグ交換、ミッションのギアレシオ変更以外は認められておらず、封印されたエンジンの分解整備や部品交換は行えない。このため、従来から格段に耐久性・信頼性を向上させたエンジンを用意せねばならず、各メーカーとも対策を迫られた。同じ構成のエンジンでさらに耐久性を向上させるには、出力を抑制する方向で変更を加えることが最も容易で順当な手段となる。したがって、ライバルメーカーが2010年モデルで出力を抑制する方向で対応するとHondaは予想し、2010年モデルのRC212Vではあえて“従来と出力同等で、耐久性を向上させる”という、アドバンテージを築くコンセプトに挑んだ。

2010年 RC212V

それまでに認識していたウィークポイントの対策と、新しいロジックによる電子制御の全面的な刷新を中心に、それまでのエンジンとはほとんど共通性がないほどの全面変更をエンジンに加えている。結果的に、従来同様に210ps以上の最高出力を達成し、現在のMotoGPではトップレベルのパワーを実現することになった。この新エンジン開発にあわせて、ブレーキング時のピッチング抑制(=安定性向上)を狙ったエンジン搭載位置の変更(低重心化)、オーリンズ製サスペンションの採用、制限されたホイール径やリム幅への対応も含めて車体も新設計された2010年モデルのRC212Vは、いわば第三世代のニューマシンとなったわけである。

2010年 RC212V

電子制御の方向性の一例としては、燃焼効率の向上と、そこで生じる運動エネルギーの取り出し方が考えられる。現在のMotoGPでは、1回の決勝レースで使用できる燃料は21リッターに定められている。これは決して潤沢な量ではなく、レースによっては残量が懸念される場合もある程だ。したがって、限られた燃料を高効率に出力へ変換することは非常に重要になってくるのと同時に、効果的にその出力を使うために、走行状態に最適な出力特性になるように燃焼を制御することが理想である。このためRC212Vは、何種類かの出力カーブ切り替えシステムを採用。特に“優れたハンドリングとドライバビリティの追求”を最優先に、中低速域の出力特性とより高い加速性能を念頭に置いている。これらのシステムは、今後も性能向上の大きなポイントになっていくだろう。

2010年シーズンの戦い

かつてないドラスティックなRC212Vの変更をきっかけに、Hondaチームの持つ総合的な戦闘力は向上することになった。「いまだ100点とは言えないが、マシンとライダーのパッケージは例年になく良好になっている」とHondaチームのテクニカルディレクターの国分信一は言う。チームのパフォーマンスを向上させるため、今年から毎戦レース現場に赴いている国分は「今年からエンジンのチェックすらできないので、できることはすべて行ったという自信はあったものの、シーズン序盤は毎戦ごとに“エンジンが壊れないか”と不安で仕方がなかった」と、その心情を吐露する。

国分信一
第4戦イタリアGP ダニ・ペドロサ、アンドレア・ドヴィツィオーゾ

しかし、エンジンは現在のところ大きな問題もなく順調に使われている。シーズンも後半戦に突入した現在、すでに5基目を使っているライバルメーカーもあるが、Hondaはまだ4基目を使用中であり、このことがその安定したスピードとともに大きな信頼感や精神的アドバンテージをチームの中に生んでいるのである──今シーズンのRC212Vは開幕戦から表彰台の常連として、好調な戦いを続けてきた。

2010年リザルト(順位)

  QAT SPA FRA ITA GBR NED CAT GER USA CZE INP RSM ARA
D.ペドロサ 7 2 5 1 8 2 2 1 RT 2 1 1 2
A.ドヴィツィオーゾ 3 6 3 3 2 5 14 5 4 RT 5 4 RT

序盤の3戦では、ニューマシンの安定性確保への試行やタイヤやブレーキの消耗という不測のトラブルがあったものの、そのスピードはかつてないレベルに到達しており、第4戦ではダニ・ペドロサが予選トップを奪い、決勝ではファステストラップを記録しながらの独走優勝を実現。「ここでトップレベルの速さは実現できた。以後はその速さを安定させることがテーマとなった」と国分が言うように、その後のペドロサ、そしてアンドレア・ドヴィツィオーゾの2名のライダーは、ライバルと激しいトップ争いを展開。そして、シーズンは次第にペドロサとヤマハのホルヘ・ロレンソの一騎打ちの様相を呈している。

第11戦インディアナポリスGP アンドレア・ドヴィツィオーゾ、ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)

全18戦中13戦を終了した時点で、優勝4回、ポールポジション4回、ファステストラップが7回という戦績から見ても、RC212Vの速さは確かなものである。特に第8戦で2勝目を挙げ、第11戦、第12戦で2連勝したペドロサはシーズン後半で高い安定感を実現しており、予選トップからファステストラップをたたき出して独走優勝という勝ちパターンに加え、トップを追い上げての優勝奪取という勝ち方も見せている。第13戦終了時ではヤマハのロレンソに56ポイント差のランキング2位であり、第5戦、第9戦の転倒によるノーポイトが惜しまれるものの、残り5戦での逆転もあきらめてはいない。

第11戦インディアナポリスGP ダニ・ペドロサ、アンドレア・ドヴィツィオーゾ

10月初頭に行われる日本GPでの優勝、つまりレプソル・ホンダ・チームのツインリンクもてぎ初制覇こそを、RC212Vによるチャンピオン獲得への転換点にするべく、RC212VとHondaチームはさらなる前進へとモチベーションをかき立てている。