どんなスポーツの世界でも、一旦最高の栄誉を手にすると、次は周囲からの期待値が否応なく高まるもの。Hondaは前年の3冠達成という成果を受けて、“2年連続の3冠達成”と、高い目標が必達と見られるようになった。だが、どんな王者でも連続しての偉業達成には、目に見えない苦しみに苛まれるのもまた然り。膨れ上がった期待と、そこから生まれるプレッシャー、そして独走を許さないライバルたちの反撃。2012年は、これらが大きな壁となって立ちはだかった。
さらに、レギュレーションが大きく変わることも決まっており、マシンの最大排気量は800ccから1000ccに増え、最低重量も3kg増加。MotoGPは1000ccという新たな時代に突入するとともに、Hondaにとってはまた一つハードルが増える格好となった。
ただし、レギュレーション変更は早くから決まっていたこともあり、多くのチーム同様に、Hondaも開発を進め、2012年型のRC213Vを準備。Repsol Honda Teamも、前年チャンピオンのケーシー・ストーナー、3位のダニ・ペドロサという強力な2人体制で臨むことを決めていた。順調に開発が進むマシン、最強ライダー2人を擁する布陣、Hondaは前年とそん色のない盤石の体制をもって2012年の開幕を迎えるはずだった。
ところがさらなる困難が各チームを揺るがす。開幕まで4カ月を切った段階で、主催者は、3kgだった最低重量の増加を、7kgの増加へと変更したのだ。3kg増に合わせて緻密に計算して作られてきたマシンだったが、この時点で一旦白紙に戻ってしまった。
こうした波を受け、完ぺきとはいえないマシンで迎えたシーズン序盤、それでもHondaのライダーたちは地力をみせる。第3戦までにストーナーが2勝を挙げ、ペドロサも3戦連続表彰台に登壇と、前年と変わらない活躍を披露。シーズン開幕前に狂いかけた歯車は、修復しているように思われた。
しかし、それは幻想でしかなかった。発端は、第4戦前の王者ストーナーによる突然の引退宣言。チーム、そしてHonda全体を揺るがすと、そこからの3戦は連続してヤマハ勢の後じんを拝すなど、“ストーナー引退”の余波が出たかのような結果となる。さらに、グリップ低下やマシンとタイヤの相性不一致など、くすぶっていたマシンの問題も表れ始めた。その上、当のストーナーがケガのために欠場を余儀なくされ、当初は万全と思われていたマシン、ライダーともに、負のスパイラルに陥ってしまった。
今年のHondaはこのまま下降線となってしまうのか――。そんな不安が頭をよぎりそうになったシーズン中盤、転機が訪れる。それは、Hondaが投入した新型マシンの登場だ。このマシンを駆るペドロサが、日本GP前の5戦で3勝を挙げて息を吹き返すと、戦列を離れていたストーナーが日本GPからの復帰を発表。ここまで続いた悪循環を断ちきり、マシン、ライダーというすべてのピースがそろい、さらなる上昇気流に乗るべく迎えることになったのが、この年の日本GPとなった。
秋晴れが広がる絶好のコンディションで始まった初日。前戦までに勢いに乗るペドロサは、順調に仕上がったマシンを操りトップタイムをマーク。しかし、翌日の予選では再び発生したチャタリングに苦しみ、ポールポジションを逃す。復帰初戦となったストーナーも、まだケガの影響が感じられ、王者たるべき走りがみられない。
課題を抱えるマシンに、完調とはいえないライダー。シーズンを通して頭を悩ませてきた問題は、まだ解消されていないのか。不安と期待が相半ばする形で迎えた決勝。2番グリッドからスタートしたペドロサは、先行するホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)を視界に入れながら、1周目を2番手で追走。ただ、ペドロサのマシンは、予選と同様にチャタリングに悩まされ、見た目以上に苦しい戦いとなっていた。
ロレンソとペドロサの差は、オープニングラップ0.225秒、2周目0.342秒、3周目0.612秒。ペドロサは、ロレンソにあっという間に引き離されそうになるも、不安定なマシンをなんとか制御し、4周目には0.266秒とばん回。その後も地力を発揮して、必死に食らいついていく。また、その後方では、7番手からスタートしたストーナーが5番手にジャンプアップ。こちらも身体の痛みと闘いながら懸命の走りをみせる。それでも本来のストーナーならば、前方でロレンソに対して必死の抵抗をみせるペドロサと同じような位置を走っていないといけないはずだった。
マシンに苦しむペドロサ、痛みと戦うストーナー。Repsol Honda Teamの2人のレース序盤の走りは、まさにシーズン序盤から中盤を象徴するような展開となった。
このまま懸命な走りもむなしく、ヤマハ勢に先を行かれてしまうのか……。しかし、運命の女神は見放さなかった。
レースの中盤を迎えた10周目に、ロレンソとの差を0.241秒と詰めたペドロサは、11周目には0.167秒とここまでで最接近。そして12周目、5コーナー手前で仕掛けると、コーナー出口付近で初めて前に出る。必死の抵抗が実った瞬間だった。
我慢の末にトップに立ったペドロサは、ニューマシンが投入されて以降に披露してきた圧倒的な走りをみせ、すぐにロレンソとのギャップを広げていく。15周目には1秒以上のリードを築き、ここまでのチャタリングでの苦しみがウソだったかのように、のびのびとRC213Vを操っていく。
終盤にはさらにリードを広げて独走状態となり、2年連続で日本GPのトップチェッカー。シーズン5勝目となり、これまでMotoGPクラスでは4勝だった自身の一シーズンでの勝利数記録も更新。これでサマーブレイク明けの第11戦から5戦4勝とし、シーズン後半戦に開花したスピードが本物であることを証明した。
また、王者としての威厳を示したいストーナーも、最後まで2番手集団で格闘を続けて5位フィニッシュ。大ケガからの復帰初戦ということを考えると、上々の結果となった。
Moto2クラスも、MotoGPクラスとは違った意味で注目の一戦となった。主役はマルク・マルケス。前年のMoto2クラスで総合2位となり、今季はここまで7勝を挙げ、2位に48点差をつけてポイントランキングのトップを独走。しかも7月の段階で、来季からのRepsol Honda Team入りが発表され、MotoGPクラスへの挑戦が決まっていた。翌年からは、さらにスポットライトが集まること必至の“ダイヤの原石”にとって、ツインリンクもてぎは、Hondaの母国に向けて、絶好のアピールの場となった。
そんな期待に違わぬ圧巻の走りを、マルケスは最高の舞台で披露する。スタートに失敗して29番手にポジションを落としたものの、脅威のゴボウ抜きをみせて、わずか10周でトップに踊り出る。そこからは終始安定したペースを刻むとともに、日本のファンの目に自身の走りを刻み込んでいった。
MotoGPクラスのペドロサ、Moto2クラスのマルケス、翌シーズンにRepsol Honda Teamでチームメートになることが決まっていた2人が席巻する結果となった日本GP。ペドロサは日本GP以降、残る3戦で2勝し、後半戦で8戦6勝の快進撃。マルケスは既定路線だったかのように2戦後には年間タイトルを決めた。日本GPでみせた2人の活躍は、Repsol Honda Team、さらにはHondaの行く末を輝かせるものとなった。
1位 | ダニー・ケント | KTM | 40分02秒775 |
2位 | マーベリック・ビニャーレス | FTR Honda | 40分03秒035 |
3位 | アレッサンドロ・トヌッチ | FTR Honda | 40分05秒127 |
4位 | アレックス・リンス | SUTER Honda | 40分06秒179 |
5位 | ズルファミ・カイルディン | KTM | 40分06秒420 |
6位 | サンドロ・コルテセ | KTM | 40分16秒169 |
7位 | ミゲル・オリベイラ | SUTER Honda | 40分18秒298 |
8位 | ルイス・ロッシ | FTR Honda | 40分18秒514 |
9位 | エフレン・バスケス | FTR Honda | 40分18秒721 |
10位 | ロマノ・フェナティ | FTR Honda | 40分18秒904 |
1位 | マルク・マルケス | SUTER | 42分56秒171 |
2位 | ポル・エスパルガロ | KALEX | 42分56秒586 |
3位 | エステベ・ラバト | KALEX | 43分05秒755 |
4位 | スコット・レディング | KALEX | 43分07秒240 |
5位 | トーマス・ルティ | SUTER | 43分07秒766 |
6位 | シモーネ・コルシ | FTR | 43分14秒554 |
7位 | 中上貴晶 | KALEX | 43分14秒843 |
8位 | ヨハン・ザルコ | MOTOBI | 43分24秒397 |
9位 | アクセル・ポンス | KALEX | 43分24秒622 |
10位 | ドミニク・エージャーター | SUTER | 43分24秒770 |
1位 | ダニ・ペドロサ | Honda | 42分31秒569 |
2位 | ホルヘ・ロレンソ | ヤマハ | 42分35秒844 |
3位 | アルバロ・バウティスタ | Honda | 42分38秒321 |
4位 | アンドレア・ドヴィツィオーゾ | ヤマハ | 42分47秒966 |
5位 | ケーシー・ストーナー | Honda | 42分52秒135 |
6位 | ステファン・ブラドル | Honda | 42分56秒136 |
7位 | バレンティーノ・ロッシ | ドゥカティ | 42分57秒641 |
8位 | ニッキー・ヘイデン | ドゥカティ | 43分08秒293 |
9位 | 中須賀克行 | ヤマハ | 43分08秒363 |
10位 | ヘクトール・バルベラ | ドゥカティ | 43分42秒298 |