カーボン素材導入の歴史
現在のMotoGPマシンにおいて外装部品を中心に使用されるカーボン製パーツは、マシン重量の軽量化などを考えると、なくてはならない存在だ。
私たちが普段「カーボン」と呼んでいるパーツ素材は、正確には「カーボン・コンポジット=炭素複合物」というもので、ほとんどの場合は化学繊維を高温で炭化させた「炭素繊維」を樹脂などで固め、さらに加熱・加圧して作られた「CFRP※1」である。
この、カーボン・コンポジット材(以下カーボン)を使うメリットは、ひとことで言うと「軽くて強い」ことにある(加工法によっては「熱にも強い」性質も実現できる)。
単純に鉄と炭素を比較してみると、鉄は比重7.8/熱膨張係数11.0/融点1500℃、対して炭素は比重1.7/熱膨張係数1.0/融点2500℃以上であり、この大きく異なった物性から見ても、カーボンの持つメリットは理解できることだろう(※比重=純水と比較した密度の比率。小さいほど軽い。熱膨張係数=物体の温度が上昇したときの長さ・体積の変化する割合。大きいほど膨張しやすい。融点=固体が液体化する温度。高いほど高温時の強度に優れる)。
カーボン製パーツ素材の中で代表的なCFRPは、カウリングなどの外装パーツやフレームなどに使われており、WGPの500ccクラス(現MotoGP)では1980年代初頭から研究開発が進められてきた素材だ。
Hondaはいち早くこのCFRPの実用化に取り組んでおり、78年の耐久レーサーRCB1000でCFRP製のカウリングを初めて採用し、81年のWGPマシン=NR500からはマシンの徹底的な軽量化を狙って、カーボン素材の本格的な研究開発を開始している。最初にCFRP製ホイールとフロントフォークのインナーチューブが実用化され、次いで82年のNS500ではCFRP製のスイングアームも実戦投入。また、カーボン製のブレーキディスクも開発し、リアブレーキは実戦投入も行っている。
83年の東京モーターショーでは、スタディモデルとしてフレームをはじめ全身にカーボンを使ったNR500を出展したが、同時期にはCFRP製ツインチューブフレームのNS500を極秘裏に試作開発、実走テストも行っている。このマシンの構造材や重量物は、ほとんどがカーボン製パーツに置き換えられていた。
このように、徹底した軽量化を主眼に、当時は車体各部に取り入れられていたCFRP製パーツは、その後の技術的進化と他の新素材の発展、あるいはレギュレーションの改定などにより、今日では外装部品やフレームなどに常識的に使用されるものとなった。
HondaのMotoGPマシンRC212Vではカウリング以外にも、シートレールを兼用したシートカウルをCFRP製にして軽さと強度を実現。またエンジンカバーの一部にもCFRPを使用している。
用語解説
※1CFRPCarbon Fiber Reinforced Plastics=炭素繊維強化樹脂。化学繊維を炭化させて作る炭素繊維に樹脂を含浸させて固めた物。レース用部品や航空機用部品は、加圧成形し高温で熱処理を施して強度を実現している(ドライカーボンと呼ばれる)。