−ところで、この数戦、山野監督は決勝レース以外のセッションではほとんどコースサイドに出ているように見受けられますが。
「シーズン中盤から、決勝レース以外はいつも、観察するポイントを1ヶ所決めてコースサイドでライダーの走行状態をチェックしています。ダニやアンドレアのライン取りやブレーキングポイント、マシンの挙動、あるいはライバル陣営の選手たちの走りなども観察し、ライダーやエンジニアたちにフィードバックしています。また最近では、彼らもセッション走行後に私の意見を聞きに来てくれるので、その期待に応えるためにもより真剣にチェックするようになりましたね。
そもそもこれは、私が全日本選手権や鈴鹿8耐に関わっていた頃、宇川、清成、あるいは岡田、伊藤といった選手たちに行っていた方法で、彼らとは共に成長してきたという意識があるので、互いに忌憚のないコメントを伝えていました。日本人同士、という気安さがあったのも事実です。でも、世界の頂点を極めたグランプリライダーたちは、そんなコメントなど必要ないくらい、自分の走りにも圧倒的な自信を持っている完成された人々だというイメージがあったのですが、そんな先入観をあっさり打ち砕くくらい、彼らは貪欲で謙虚なんです。私の話に素直に耳を傾けて、走行時にはアドバイスどおりのことを一生懸命試してくれる。結局、ライダーは皆同じで、ライダー経験のない私の助言も何らかのプラスになれば真剣に聞いてくれる。その事を、改めて彼らから教えられました」
−山野監督の中で、大きな発見でありひとつの転換点になった、ということでしょうか。
「彼らにない知識が自分にあるなら、それは有効に活用していったほうがいいと考えます。初めは、チーフメカニックやまわりのスタッフを越えて発言すると、組織の秩序が崩壊する危険があるかもしれないとも思いましたが、実際にはそのようなこともなく、皆が素直に受け入れてくれます。このようなことは自分の担当する領域ではないかもしれない、と自分で勝手に思っていた時期もあるのですが、今は、これが楽しいんです。ライダーのがんばりを目の当たりにすることで、スタッフに対して『選手がこれだけ全身全霊を傾けて走っているんだから、もっと頑張ろう』と叱咤することもありますが、これによってチーム全体が再認識するきっかけにもなるんです。テレビ画面に写らないところを情報としてチームに落とし込めるのは、監督冥利につきますね」
−サンマリノでは、両選手の契約更改についても発表がありました。
「ダニは1年。またアンドレアとは、1年の契約を結ぶとともに翌2011年の契約延長のオプションを持たせるという契約に至りました。チームとしては2年間の契約を提示するのが一般的なのかもしれませんが、選手たちはともに、自分に厳しく向き合いたいということだったので、1年の契約として合意に達しました。『自分が自分に勝負を挑む。その覚悟に複数年はいらない』という彼らの言葉を私は信じています。その覚悟と努力が実を結んで、2010年はタイトルを獲得してほしいと思います。その意味では、来年に向けた戦いはもう始まっているのだし、そこを見据えた環境を自分でつくって挑んでいく姿勢は、いいことだと思います」
−そのようなライダーたちの姿勢に対して、チームの雰囲気はどうですか?
「仮に来年タイトルを獲得できたとして、それでもまだ本来のHondaではない、と思います。それくらい、我々は負けている期間が長い。勝つことに慣れるのも問題ですが、負けることに慣れるのはもっと問題です。負けることに慣れてしまうと、根を詰めてもただ迷走するだけに終わってしまう。そういった意味では、いろんな障害を少しずつ乗り越えて、来年に向けてこれからようやく大きく進んで行ける段階にやってきた、という実感があります。
たとえば、前戦サンマリノGPではダニが3位表彰台を取り、アンドレアが4位を獲得しました。『ライバル陣営に比べて不利なマシンでライダーは一生懸命走って3位と4位を取ったんだ、それをしっかり自覚し、理解してくれ』と開発陣を刺激し、ライダーに対しては『このマシンでこれ以上は行けないと思うのではなく、全力で走ってくれ』とその気にさせる。その叱咤や激励にはいろいろなスパイスがあって、それを効かせるのが私の仕事だと思い取り組んでいます。また、それだけ懸命に走ったのなら、勝てなかったレースでピットに戻ってきたときに怒りをあらわにしてもいい。それができるのは、必死で走っている証拠なのですから。メカニックやテクニカルスタッフにも、同じことが言えます。自分たちは必死で最高のセットアップをしたのに、なぜそれをうまく引き出して勝たないんだ、とライダーに対してぶつけていい。なぜなら、誰も負けたくないから。レースでものすごい負けっぷりを目の当たりにしながら、握手してお疲れ様、といってさっさと撤収準備にかかるなんてあり得ないことだと思います。
だからこそ、たとえばインディアナポリスでは序盤で転倒したダニが、『マシンを仕上げてくれたチームに申し訳ない』と言って必死で走る。そのダニが最後尾からごぼう抜きで順位を上げてレースを終え、ピットに戻ってきたら皆が拍手で出迎える。こうやって皆が気持ちを高めて結束していく姿には、確実な手応えを感じています。内部事情が見えないファンの方々には結果でお見せするしか方法がないのですが、それも必ずや近いうちに実行できると思います」
−では、第14戦のエストリルに向けた抱負を教えてください。
「アンドレアは、サスペンションのメーカーを変えて2戦目のレースです。この3週間のブレーク中にチーフクルーを含めて話をしてきたので、メニューもほぼ9割決まっており、効率よく従来の作業に取り組めると思います。ダニに対しては、大きく仕様は変えない予定ですが、新しいパーツを投入する方向で進めています。来年につながるアイテムで、金曜午後に早速試して使用するかどうかを決めた後は走りに集中します」
−今シーズンは、ふたりが揃って表彰台に上がるレースがまだありません。
「これは残り4戦で絶対に達成したいですね。最高の形は、サテライトチームも含めて、Honda勢が表彰台を独占する1-2-3フィニッシュ。簡単ではありませんが、レプソル・ホンダ・チームのふたりがともに表彰台に上がり、チームの皆にもハッピーになってほしい。ファンの皆様の応援にも応え盛り上がっていただけると思います。そして、それがシーズン残りの戦いと来季に向けた戦闘力にも繋がっていきます。これからの4戦で何としても達成したいと考えていますので、今後とも応援をよろしくお願いいたします」