「ウインタータイムに負傷して十分なテストをできなかったダニが、トップとチャンピオンシップポイントで9点差に迫っているという状況を考えると、何とか前半4戦をしのいで来ることができたという印象です。ファクトリー1年目のアンドレアも、毎回高リザルトを狙っています。第3戦のスペイン・ヘレスGPでは決勝中にオーバーランしてしまい、芳しくないリザルトになりましたが、それ以外はベストレースをしてくれています。ル・マンはチャンスだったのですが、ラスト2周でチームメートにかわされて表彰台を逃してしまいました。ただ、むきだしの闘志は一層強くなっているので、近々表彰台、そして一番高いところも狙えるライダーだということをあらためて実感しましたね」
−今の話に出てきたヘレスですが、アンドレアはオーバーラン後にすばらしい追い上げを見せたという印象があります。
「オーバーランをせずに3位や4位を走っていた選手とバトルができていれば、もっと学べたことが多かっただろうと思います。アンドレアに関しては、MotoGPクラス2年目とはいってもファクトリーライダーとしては今年が初めてなので、今は走りだけでなくセットアップも勉強の連続です。その成果が目に見える形で出てきているので、今後表彰台に立てばもっと強いライダーになると思います」
−ダニは、開幕戦こそ表彰台を逃したもののその後は3戦連続表彰台で「何とかしのいで来た」ということでしたが、足のケガはどの程度回復しているのでしょうか。
「今だから言える話ですが、開幕戦のカタールは、レースに出られることが不思議なくらいの身体でした。完走したうえに11位を獲得できたのは本当に予想外の結果ですし、第2戦のもてぎも、完治にはほど遠い状況でした。ル・マンでもリハビリを続けていて、本人いわく、ヒザを曲げるときにはやはり痛みが増してしまう、ということでした。そのような状態にもかかわらず4戦中3戦で表彰台に立てたのは、まさにサプライズです。このリザルトは、ダニの闘志以外のなにものでもありません。ただ、今はだいぶ体調もよくなっているので、次のイタリア・ムジェロGPあたりからはほぼ完治に近い状態で戦えるのではないかと思います」
−そのような体調だと、ル・マンのようなコースは足への負担がより大きかったのではないですか?
「そうですね。タイトでクイックなコースですから。また、ヘレスとル・マンは全17戦中でも周回数が多いコースだったので、精神面でもライダーへの負担が大きく、我々には不利なレースが続くなと思いながら戦っていたのですが、その2戦で連続して表彰台を獲得してくれたのはチームにとって最高のモチベーションになりました。ダニ自身も、やっとそのレベルに自分を戻すことができるようになったので、表情に本来の明るさが戻ってきました。もともと強いライダーであることは知っていましたが、今シーズンのダニは、試練をくぐり抜けた分だけ、より一層の強さを感じさせますね」
−一方のアンドレアは、ル・マンでのラスト2周でダニに抜かれたことについて、「あそこでパスされるということは、自分にはまだ何かが足りないということだ」と言っていました。今の彼に足りないものとは何なのでしょうか。
「RC212Vの能力をフルに発揮させるためには、ライディングの側からも歩み寄らなければいけないだろうし、そのライディングに合うようなマシンの作り込みも必要でしょう。そして、我々開発側が迅速にアンドレアに合わせ込むセットアップの能力も必要です。それらがダニと較べるとまだ日が浅い、ということだと思います。やがてマシンが彼のものになれば、確実にダニと同等に走れるし、他社の強豪ライバルと競えるところまで到達すれば、アンドレア本来の強さをもっと発揮できると思います。今後の成長のためにはライダー自身もがんばらなければいけないし、我々もセットアップ能力をもっと高めなければいけません」
−そのRC212Vですが、現状のマシンポテンシャルについて山野監督はどのように見ていますか?
「正直なところ、マシンはまだ完ぺきなレベルには到達していません。いかにライダーが扱いやすいマシンに仕上げるか、ということが我々のターゲットなので、エンジン特性や車体の挙動など、まだまだ改善していく余地があります。ダニやアンドレアのマシンに対するコメントはレースを重ねるにつれて手応えを感じられるものになってきましたが、それでもまだ完全なものではないので、我々は今後も継続して戦闘力を高めるよう努力していかなければなりません。
とはいえ、全ての面で完ぺきなマシン、というものはおそらく存在しないと思うんです。マシンに長所があるということは、短所もあるということですから。それに対して、ライダーは常に自由に指摘をしてもいいんです。あそこに問題がある、ここをもっとよくしてほしい、という風に。大切なのは、スタッフがそのコメントをどう受け止めるか、ということです。チームの中でコミュニケーションをとりながら、ライダーが一番改善したいポイントはここなんだ、と的を絞っていく。そうやって見極める能力を高めていかなければ、マシンの戦闘力は上がっていきません」
−それが、チームの総合力としてあらわれる、ということでしょうか。
「そうですね。走りに集中している選手から返ってくるコメントは、我々にとってプラスになる内容ばかりです。我々はただマシンを開発するだけではなく、一緒に走っている気持ちになることが重要なんです。自分たちもライダーと一緒に走ることができていれば、彼らが指摘してくれる内容もおのずと理解できるはずです。そうやってスタッフが歩み寄ってコミュニケーションしていく作業は、アンドレアの場合はウインタータイムから少しずつ積み上げて培ってきました。ダニの方はスタッフの経験も長いので、ライダーが完治してセットアップの方向付けが定まれば、これからのムジェロやスペイン・カタルーニャGPに向けて完全な状態に仕上がっていくと思います。ただ、そのパッケージで他社と戦っていくわけですから、この一連の作業はレースの全体像を見据えながら常に取り組んでいかなければならない重要な事柄です」