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宮城光の2009シーズンプレビュー

年間18戦で戦われるMotoGP。シーズンが始まれば、短いサマーブレイク以外は休むことなくライダーもチームスタッフもフル稼働だ。そんな彼らが本当の意味で時間を自由に使えるのがウインターブレイク。今回は、12月1日から1月21日までがテスト禁止期間。レースファンにとっては少し寂しい時期にはなるが、MotoGP関係者はここでゆっくりと休暇を取るなり、新しいシーズンに備えて調整するなり、1年間で唯一の特別な時間なのかもしれない。

そんな中、Repsol Honda Teamのダニ・ペドロサは第16戦オーストラリアGPでのクラッシュで痛めた左ヒザの治療を進め、今季からTeam San Carlo Honda Gresiniに加入したトニー・エリアスも古傷の治療に専念した。

一方、4年間の250ccクラスでの活躍を評価され、念願叶ってScot Racing Team MotoGPより最高峰MotoGPクラスへの参戦が決まった高橋裕紀は、日本に戻って関係者への報告や年末には高橋自身の主催でMotoGP参戦発表会を開くなど、最高峰クラス参戦ライダーとしての活動を開始している。

また、LCR Honda MotoGPで2年目の参戦継続が決まったランディ・デ・ピュニエもイタリア・ボローニャでスーパー・モタードのエキシビションレースにHonda CRF450Rで参加してMotoGPファンを喜ばせた。

例年オフシーズンでは、テストが解禁となる1月中旬のセパンに始まりフィリップアイランド〜セパン〜ロサイル〜ヘレスと開幕戦直前までテストが続き、豊富な走行時間を生かして各チームはマシンをセットアップしてきた。しかし、今年は世界経済悪化のあおりを受けて、MotoGPも事前テストの開催回数が見直されることになったのだ。

開幕戦までの予定は、2月5〜7日のセパン、3月1〜3日のロサイル、3月28〜29日のヘレスの3回のみに絞られた。また、MotoGPはレギュラーライダーによるグランプリ開催サーキットでの事前テストがレギュレーションで禁止されている。

それだけに、2009年初のセパン合同テストには今季MotoGPクラスへ参戦するすべてのライダーが一堂に顔をそろえた。

Repsol Honda Teamからは昨年ランキング3位のダニと今季からワークスチーム入りのアンドレア。Team San Carlo Honda Gresiniはチーム2年目のアレックス・デ・アンジェリス。そしてもう1人、アグレッシブな走りが人気のトニー・エリアスが帰ってきた。トニーについては、ワークスマシンと同等スペックのRC212Vで戦うことが予定されている。

LCR Honda MotoGPからは、最高峰クラス4年目のランディが参加。もちろん、Scot Racing Team MotoGPの裕紀も参加した。

今回の合同テストでは、ダニ、アンドレア、トニーの3台がワークス車両、アレックス、ランディ、裕紀が3台のサテライト車両、さらにそれぞれのスペア車両を加えた合計12台すべてがシェイクダウンとなるだけに、ライダーは大忙しとなった。

各ピットに並ぶマシンは全くの新車。レプソルチームは美しくカラーリングされており、今まさにグリッドにつかんばかりの迫力を見せている。サテライトチームでは、グッレシーニのマシンはブラックのカーボン地そのままに、左右のカウルにサン・カルロのカッティングシートが大きく貼られている。対照的にエルシーアールのランディのマシンは、ブラックカーボン地に小さなステッカーが貼られているだけと控えめ。裕紀のマシンはチームステッカーよりも、フロントカウルに貼られているゼッケン72の文字がどのライダーのものよりも大きかったことが印象的だ。これなら、コースサイドのどこから見ても一目瞭然といえる。

セパンは、2月といっても午前9時のスタート時点で気温はすでに30℃近い状態だ。ピットではできたてのマシンがズラリと並び、ライダーとスタッフが入念に車両確認をしている。こんなシーンを見られるのも、オフシーズンテストでしかあり得ない。

車両を一通り確認したトニーやアレックス、アンドレアは待ちきれない! といった様子でコースインしていく。テスト回数が少ない分、しっかりと走り込みをしたいはずだ。

そんな中、MotoGPルーキの裕紀はいく分緊張の表情を見せている。ピット奥の椅子に座る裕紀にチーム専属の日本人メカニックが冗談交じりに声をかける。ベテランならではの心づかいだ。ほかのライダーから遅れること1時間30分、10時30分に裕紀のマシンに火が入り、テスト用の真新しいツナギを着た裕紀がRC212Vにまたがり1コーナーに向けてコースインしていった。これで、すべてのHondaライダーがコースイン、走行テストに入った。

この段階ですでに、各Hondaチームからは昨年と違う雰囲気が感じられた。例年より、確実に一つひとつの作業をこなしている様に見えるのだ。以前であれば、慌しくフロント周りを分解し始めたり、リアサスペンション周りを取り替えてみたりと、車体のベースセットアップに費やす時間が多く取られていた。しかし、このセパンではとりあえずしっかりと走り込む姿が印象的なのだ。

やはり、09年の新しいレギュレーションへの対応だと思う。今季からタイヤがブリヂストンのワンメイクになって、各ライダーに渡される本数にも制限がつき、今回のテストでもそれは実践されたのだ。初日はミディアムタイヤ2セットとハードタイヤ2セットの前後4セット。2日目と3日目は希望のコンパウンドから3セットとなる。昨年まではコンパウンドやケーシング、ラウンド形状まで、数多くあるタイヤ仕様から適切な物を選び、またその数多くあるタイヤと車体とのマッチングを出す作業に追われていたのが実状であった。

しかし、今季はいかに供給されたタイヤと車体との適合を判断し、それをライダーが使いこなすかとったところがポイントになるのかもしれない。結果、見える範囲でのピット作業は実に淡々としているのだが、コースで上ではライダーがマシンのポテンシャル(エンジン&シャシー)とタイヤのポテンシャルを明確に引き出そうとしているように見えるのだ。

Repsol Honda Team 山野監督に聞く

Q:ニューマシンの感触は?

「シェイクダウンからセッティングができたので、いいスタートになりました。ここ数年はフルモデルチェンジが続いたので、今回は熟成といった感じですね」

Q:ワンメイクタイヤになりますが、ポイントは?

「パフォーマンスの高いブリヂストンタイヤのスタビリティを、どうやってエンジンとシャシーで高めるかということです。現在、フロントに関しては良好で、リアも同様に高いレベルまでパフォーマンスを引き出せればと考えています。ただ、レース後半にタイヤに負担をかけずに、ブリヂストン本来の性能を維持できるセッティングをこれから詰めていく必要はあります」

山野監督のコメントからもうかがえる通り、09ワークスマシンは昨年モデルからのエボリューションモデルといえる。大幅なモデルチェンジというよりは、今季ワンメイクになるブリヂストンタイヤにしっかりとベース車両を合わせた作り込みをHRCとして行ってきた。そのことで、テスト初日の走行から、今までになくライダーがマシンとタイヤを熟知する作業に専念することが可能となった。

そしてもう1つ、決定的に今までと違うのは各ライダーが慎重にマシンと対話していることだ。ちょうど1年前のテストで、Hondaライダーたちは初日から調子を上げてテストを進めた。しかし、好調な走りだしだったにも関わらず、ダニは昨年のテスト初日に大きな転倒をして、予定していたメニューを消化できず、開幕戦まで響いてしまう程の負傷を負ってしまった。

Repsol Honda Team 山野監督に聞く

Q:明らかに昨年のテストとは違う形ですね?

「チームとしては、昨年のオフテストでの苦い教訓を生かして、開幕戦まで転倒がないようにメニューをこなしていく必要があります。タイムが出ても、転倒などで準備不足のシーズンインだったからです。2人のライダーもそのあたりは十分に理解をし、対応してくれています」

アンドレアにとってセパンは特別なサーキットなのだろう。昨年の第17戦、このセパンサーキットでMotoGPクラス初表彰台を獲得しているだけに、積極的に走り込む姿が印象的だ。昨シーズン終了直後のテストでは、まだまだ緊張気味だった表情や走りも、余計な肩の力が抜けてワンランク上の走りを実現しようとしているのではないか。

実際、コースサイドからは、昨年より上体がリラックスしているように見え、新しいマシンとの相性のよさも感じることができる。また、ワークスライダー1年目のアンドレアには仕様違いのマシンを用意し、ワークスならではの「自分専用車」を作り上げる経験もさせているようだ。

Repsol Honda Team 山野監督に聞く

Q:アンドレアはシーズン終了直後とはずいぶん違う印象ですね?

「彼は気持ちも体力も充実している様子です。2カ月のインターバルの間に、我々の考えるマシン作りやレースなど、さまざまな事柄について、彼はスタッフを通じて十分に情報の共有を図ってきました。これによって、チームスタッフ、ライダーとの信頼関係がしっかりと構築でき、ライダーとチームがなにをすべきなのかが、分かり合えたと考えられます」

一方、ダニも確実にニューマシンでタイムを上げてきており、周回を小刻みに重ねてマシンを仕上げている様子だ。一発のタイムよりマシンのスタビリティの向上による戦闘力の強化に集中しているのだろう。コーナーでもベース車両の仕上がりのよさを感じさせる安定した走行を見せている。昨年のコーナリングでは、勢いよくアタックする場面もしばしばだったが、09モデルの今回のテストでは、きっちりと走行ラインをトレースして無駄な動きを最小限に抑えている。気がかりなのは、年末から治療が続いている左ヒザだ。今回は山野監督の判断で3日目のロングランテストは走行を中止した。

Repsol Honda Team 山野監督に聞く

Q:ダニの仕上がり具合はいかがでしょうか?

「マシンのベースセットはいいレベルです。タイムを上げてきましたが、ロングランはつらそうです。ベースセットについてのコメントはポジティブ、ネガティブともに我々の想定内で、現状のマシンのレベルは十分に理解してくれています。

3日目のメニューはロングランが中心となる予定でしたが、昨日から出ているヒザの痛みを考えると中止した方がいいと判断し、帰国させることにしました。

本人とスタッフは、今回のテストに対するモチベーションが例年以上に高く、より多くの走行を希望する声もありましたが、ここで無理をさせる理由はありませんから、次回のカタールテストに向けて本人の調整を優先しました。ここでの無理をシーズンまで引きずってもいけません。

昨年、ここセパンでのテストでは転倒もあり、大きな手ごたえがありませんでした。しかし、今回のテストには、十分な手ごたえを感じています」

ダニの今シーズンのゼッケンは#3、03年に125ccクラスのチャンピオンに輝いたときも#3だった。彼にとって縁起のいいゼッケンで今季大暴れしてほしい。

Team San Carlo Honda Gresiniのトニーも好調だ。初日と3日目にHonda勢のトップタイムをマーク。昨年のRC212Vからさらに進化を遂げた09モデルのパフォーマンスを存分に引き出している。また、06年のRC211Vでの活躍が現在の彼の地位を築いたといえ、そのときもグレッシーニ氏が率いるチームだっただけに、1年ぶりのカムバックには期待が高まる。

それだけに、ピットの様子を見ていても、まったく違和感がないのにもうなずける。むしろHondaとの相性、そしてブリヂストンタイヤとの相性もよく、シェイクダウンテストとは思えない走りをしてくれた。特にセパンでの1コーナーから2コーナーの切れのいい切り返しは、今季マシンを乗り換えたとは思えないほどの思いきりのよさだ。昨年はコースによって好不調の波があっただけに、その分を取り返すといわんばかりに走り込んでいたのが印象的だ。

チームメートのアレックスは昨年は表彰台まであと一歩というところまで来ていただけに、MotoGP2年目の今年は表彰台への登場が急務だろう。今年は、先輩格のトニーがチームに戻ってきたことによってアレックスのペースが上がっている。このセパンでいうと、4コーナーから5コーナーへの切り返しから下り左コーナーへのアプローチを見る限り、250cc出身ならではの最大バンク角をうまく使った高速度のコーナリングが見事だった。

エルシーアールのランディは少し苦戦しているようだ。今回見る限りでは、コーナーへの進入と出口に不安を抱いている様子で、本来のパフォーマンスがまだ発揮されていない。彼の走りの魅力は、コーナー出口でのすばらしい加速、アクセルの開け方のよさにあり、ほかのHondaサテライトマシンとは明らかに違う安定感があった。今のところは、車体とタイヤとのマッチングを探している状態だが、サスペンションは今季もオーリンズが使用されているだけにセッティングが決まれば高い戦闘力を発揮してくるだろう。

高橋裕紀にとっては、何もかも初めて尽くしの3日間になったようだ。昨年、最終戦バレンシア終了後のテストで初めて走らせたアンドレアのRC212V。その後もヘレスで走らせたものの、それは明らかに自分専用のマシンではなかった。そう、今回ピットに用意された2台の新車こそが、彼がこれから1年間ともに戦うマシンなのだ。

裕紀は決して順風満帆とはいえない厳しい250cc時代を乗り越えて来ただけに、自分が今、何を1番にしなければいけないかがよくわかっているという。まずは、このマシンの特性を十分に理解して身体をなじませること。そして、この3日間のテストを無事に終了して、データを構築していくということだ。

裕紀はこの3日間のテストで、誰よりも周回数の多い196周、約980kmを確実に走り込んだ。Honda勢トップタイムのトニーでさえ146周だから、いかに周回を重ねたかお分かりいただけると思う。

250cc時代からなれ親しんだチームで最高峰クラスにステップアップした裕紀は、すでにスタッフとも十分に理解しあえている。初日はベースセットで走り込み、250cc時代から使用しているリアブレーキセンサーのセッティングに重点を置いた。軽量級クラスではあまり使うことなく走れるリアブレーキも、MotoGPの最高速度と車重からくるブレーキングの慣性モーメントをコントロールするには、その使い方が大きな武器になるわけだ。

それでも、コースインのたびに確実にタイムを短縮してくる。特にコース後半セクション、バックストレッチにつながる下り12〜13コーナーはスロットルコントロールがものをいう超高速テクニカルセクションだが、ここでの区間タイムがトップライダーに肉薄する走りを見せているあたり非凡な才能を感じずにはいられなかった。昨年まで激戦の250ccクラスで培ったコーナーリングスピードを武器に、シーズン中盤には十分にトップ争いに加われることを予感させる走りだ。

「同じチームだったアンドレアがMotoGPデビューイヤーで1度の表彰台だったので、僕は2回以上が目標です」こう語る裕紀だが、そのコメントが控え目に感じるほどの仕上がりを見せてくれた。フィジカル面においても、今回のテストでポジティブ面とネガティブ面をはっきりと体感できたといい、開幕戦までの調整も万全の構えであることを伺わせた。

モータースポーツを取り巻く環境が大きく変わろうとしている。そんな中、その時代を見据えてHondaも何か今までと違う新しい取り組みにトライしていることをセパンテストで感じた。

過去の経緯を十分に生かし、新しい“Honda Racing”がスタートしようとしているのかもしれない。

今シーズンもMotoGPクラス6名のHondaライダーが最高の走りを見せてくれます。開幕戦カタールまで2カ月を切りました。例年、9月に行われていました日本GP(ツインリンクもてぎ)は4月24日(金)に開幕し、26日(日)が決勝です。皆さんの温かい声援をお願いいたします。

清成龍一
宮城光
Hikaru Miyagi

元Hondaワークスライダー。全日本選手権および全米選手権でチャンピオンの獲得経験を持ち、4輪レースでもその才能を発揮。現在は、テレビのMotoGP中継でレース解説者を務めるほか、Honda Collection Hallに関する所蔵車両の動態確認テストを行うなど多方面で活躍しています。

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