
vol.33
第7戦の優勝をばねに、さらなる高みを目指して
08年シーズンは早くも7戦を終え、ここからいよいよ2週連続開催が続く佳境の中盤戦へ向かう。ここまでの7戦を振り返ると、レプソル・ホンダ・チームのダニ・ペドロサが表彰台を逃したのは、4位に終わった第5戦フランスGPのみ。それ以外の6レースではすべて表彰台を獲得。しかも、ホームグランプリの第7戦カタルニアGPでは、ホールショットを奪うと、以後は一度も前を譲らない完ぺきなレース運びで今季2勝目を挙げた。ここまでの戦いぶりと、次戦へ向けた展望を、チーム監督山野一彦が語る。
「今回の優勝は、ひとえにライダー自身の力です。金曜からの3日間を通して見ると、実は数々のトラブルが発生し、勝利へのシナリオがもろくも崩れたレースだったんです。フリープラクティスなどで発生したトラブルは原因を把握して問題を解決したものの、細かく解析する時間の余裕がないなかで、検証に関しては乗ってみないとわからない、というすれすれの状態でした。ライダーにしてみれば、不安を感じてもおかしくない状況のなか、ダニは『必ず勝てる』と集中力を高め、日曜午前のウオームアップセッションに向かいました。タイムは12番手と、決して派手なものではなかったのですが、周回ごとに要所要所のコーナーを確認しながら小刻みにラップタイムを上げていました。このときは雨上がりでコンディションも悪く、路面温度も低かったので、なかにはワンランクソフトなタイヤでタイムを出しにいった選手もいたようです。しかし、ダニはあくまで決勝を見据えて、20周くらい走ったレース用の中古タイヤを自分の意思で前後とも装着し、セットアップの最終確認をしながら走っていました。私の指示でもチーフメカニックの意思でもなく、あくまでダニの判断です。そんなふうに、彼自身がこのセッションを冷静に捉えて乗りきってくれたことが、結果的に優勝につながったのだと考えています。逆に、自分自身を振り返ると、もっと大きな視野でチームを運営する度量を持たなければならないな、と改めて反省したレースでした」
−外から見る限りでは、ダニはポールポジションこそ逃したものの、フロントロー2番グリッドからのスタートで、決勝はむしろ普通に優勝争いをしそうにも見えていたのですが。
「決勝レースを迎えるまでの内容はよくなかったものの、それでも、その日その日のベストの仕事はしていました。だから2番手を獲得できて、ダニが最良の結果を収めてくれた。結果論からいえばそういうことになります。ただし、そこに至るまでの段階で予想外のトラブルなどに見舞われたため、私を含めた内部はかなり動揺していた、というのが実情なんです。そんな状態のチームを牽引し、不安を解消してくれたのがダニであり、彼の力量でした。それに、今回はダニのホームグランプリということもあって、お客さんたちの声援や歓声を私たちも強く感じ取ることができて、それがとても力になりました。今にして思うのは、歯車が狂いそうになったときに自分たちは一体何をしなければならないか、ということを試練として与えられ、そこから多くのものを教えてもらったレースでした。チーム全体がひとつ上の段階へ進むには、ああいうことも必要だったのかもしれませんね。その最中は、とても辛くて嫌でしたけどね(笑)。結果的には優勝できたものの、今回のことを振り返ってもういちど反省し、チーム、開発陣、私、と全員の結束力もさらに強くなりました。もし今度似たような問題が発生したとしても、その壁は我々にとって大きな壁にはならないと思います。
−では、今回のレースで、監督自身が優勝できると確信したのはいつだったのですか。
「レース中です(笑)。周回を重ねるたびに差が広がっていった頃ですね。精神的にも、ここまで厳しい状態でレースに挑んだのは、本当に数年ぶりでした。この一戦だけではなく、シーズン全体の流れで見ても、このレースでライバル選手に勝たれてしまえばチャンピオンシップは黄色から赤信号になってしまう。だからこそ、そこでチーム力が試されましたよね。カタルニアでは何がなんでも勝つ、とダニ自身が強く思っていたからこそ、そこでチームが団結し、さらに結束力が強くなりました。これを乗り越えればおれたちには必ずできるんだ、と信じながら戦っていただけに、優勝したときの喜びはすごく大きかったです」
−あとで聞いたところでは、予選終了後、決勝に向けて大きなセットアップ変更を試したという話ですが。
「サスペンションを変更しましたが、そんな大きなものでもないですよ。普段のダニは、予選から決勝日にかけてあまり変更をしないんです。でも、今回は変えているので、それを指して彼はビッグチェンジ、と表現したのかもしれないですね。
ビッグチェンジというならば、4位に終わった第5戦ル・マンGPの事後テストで新しいシャシーを試したときのほうが大きな変更でした。これを第6戦ムジェロGPの実戦で試してみたのですが、サーキットとマシンのマッチングが思うようにいかず、セットアップで苦しんだという経緯があるんです。ル・マンの事後ではライダーはポジティブな面とネガティブな面をしっかりと評価し、コメントしていました。そのネガティブな面がムジェロで出てしまったんですが、その部分をチームは大きく感じ取ってしまった。でも、ダニはあくまで冷静にポジティブな面も評価しているんです。カタルニアに向けて、開発陣はさらにその問題を超越した新しいシャシーを送り込んでくれて、ライダーからは高評価を得られました。しかし、チームは、ムジェロと同じことがまた起こってしまうのではないか、という疑心暗鬼を抱いてしまったんです。それでも、ダニは至って冷静です。ル・マンの事後では、ポジティブな部分は大きいけれど反対にネガティブ面もある。ムジェロに行ったら、ポジティブ面は大きくないけど今度はネガティブが大きくなったね、と。そして、カタルニアでは、今度はネガティブはない。小さいけれどもポジティブしかない。そう言っている。それを最終的に確認できたのが、決勝日午前のウオームアップだった、というわけです」