
vol.30
チームの結束が強まった開幕戦
グランプリ史上初のナイトレースで幕を開けた2008年のMotoGP。人工的な灯りに照らし出される中、深夜のロサイルサーキットでは息詰まる激しいバトルが繰り広げられ、レプソル・ホンダ・チームのダニ・ペドロサは右手の負傷を抱えながらも3位表彰台を獲得した。また、MotoGP初レースとなるアンドレア・ドヴィツィオーゾも4位と大健闘。変則的なスケジュールの厳しい初戦を戦い抜いた一部始終を、レプソル・ホンダ・チーム監督の山野一彦が振り返る。
「開幕戦の少し前から話を始めましょう。ヘレスで行ったIRTAテストの段階では、ニッキー(ヘイデン)とダニはともに08年仕様のマシンで十分な性能検証を行い、『さあ、これで開幕戦に備えるぞ』と意気込んで、カタール事前テストに乗り込みました。ところが、現地の気象条件など、さまざまな条件が我々の想定と合致せず、予想した以上にマシンとのマッチングが悪くてセッティングに苦しむことになってしまいました。そこで、昨年仕様のマシンを用意して比較するという案が出てきたのです。私としては当初、監督・ライダー・チーフメカの協議のなかで、昨年型のマシンを用意するつもりはないと公言していました。しかし、頭の片隅では、比較材料のツールとして、08年仕様と07年仕様の違いを明確にさせておきたい、という考えもあったので、マシン開発陣にリクエストをして、07年仕様を準備してもらいました。ただ、持ってきたとはいっても、その理由と目的意識をはっきりさせておかないとライダーを混乱させてしまうだけなので、両選手やそれぞれのスタッフとも話をし、金曜日のフリー走行一回目でどちらを選択し、それでレースに挑もう、と決めました。逆に言えば、この1時間のセッションで選択を決定するくらい腹をくくってほしい、と話をしたわけです」
−ダニは08年型のRC212V、ニッキーは07年型と、異なる仕様のマシンで開幕戦に臨んだようですが。
「2人とも07年仕様と08年仕様を乗り比べ、納得した仕様を選択しました。カタールのコースレイアウトは、フロントをうまく使えるようにマシンをセットアップしていくことがキーになるコースです。ダニは、それまでのテストと同様に、08年型のほうがポテンシャルが高い、というコメントだったので、そちらでレースに臨むことにしました。一方、ニッキーは2台を比較をしても一長一短ということで、08年型に明確なポテンシャルの高さを見出すことができませんでした。彼はプレシーズンに乗り込んでマシンの特性を十分に理解しているはずなのに、どうもそれがここではうまくいかない。ダニは08年仕様でニッキーほど走り込んでいなかっただけに、両方を比較したら08年仕様のポジティブな面、戦闘力の高さをすんなり理解してもらえたんですが、ニッキーの場合は十分に乗り込んできたがゆえに、余計に混乱を招いてしまった。迷って集中できないままレースに挑むような状態は、監督としてもチームとしても一番やってはいけないことなので、ニッキーと話し合った結果、最終的にはライダーのモチベーションや安心感が決定材料として必要なので、今回は昨シーズン終盤に実績のある07年仕様でいく、と決めました。そのような背景があって、ニッキーは07、ダニは08という2つの仕様でレースに挑んだわけです」
−その後、ダニは金曜のフリー走行2回目で転倒してしまい、さらに右手を痛めてしまったようですが。
「確かに、手の痛みはあれで増しました。セパンでケガをした場所ではなく、今度は指の間の付け根の部分だったのですが、それでもまた右手を痛めてしまったということで、私の本音を言うと、これはかなりまずい状況だな、この一戦を棒に振ってしまうかもしれない、と転倒直後は思いました。ドクターに診てもらったところ、骨折はないが痛みは残るだろうとのことで、不安がありました。次の日にダニからも話を聞くと、痛さは転倒直後と変わらない、と言うんですよ。通常は転倒直後よりも後になって痛みが増してくるものだし、ドクターの話でも痛みが増してくるようなら、レース出走を考えなければいけない、ということだったのですが、その話を聞いて少し安堵しました。また、フリー走行2回目から3回目を経てクルマの仕様がどんどん固まってきて、ダニ自身も向上心の高いライダーで、走っているときは痛みを感じない、と言うので、そこで少し胸を撫で下ろした、という状況です」
−そのような万全とはいえないコンディション下で、決勝レースは8番グリッドからのスタート。ホールショットを決め3位フィニッシュという結果を見ると、優勝はできなかったものの今回は上出来、といえるのでは?
「我々は1位を狙っている以上、3位という結果は、もちろんベストリザルトではないのですが、セパンテスト初日に転倒してから十分な乗り込みができず、カタール事前テストでようやく身体がよくなってきて、さあこれから詰めていくぞ、というときにそれができなくなってしまった。ハード面の課題もあったものの、完治していない右手の支障もあるというネガティブな状況の中でのこのリザルトは、数字の上での結果以上に、ダニの心の中では、自分のためにみんなが必死で取り組んでくれていることを実感できたレースになったと思います。ポディウムに立つことはチャンピオン争いにとって最低条件なのですが、それ以外にいろいろなものを得られたと言ってくれたので、その意味では、優勝に匹敵する内容のあるレースだったと思います」
−一方、07年仕様を選択したニッキーにとっては苦しいレースになってしまいました。
「レースで安心して攻められるかどうか、という判断はライダーにしかできません。マシン開発という観点では、テストを重ね、昨年からさらに進化したものが今年のマシンですから、08年仕様を勧めたいところですが、現場で指揮を執る監督としては、最終的にはライダーが求めているものでレースをさせてあげたい。それが07年型だということなら、ライダーのリクエストを聞いて07年仕様でいこう、と判断しました。そういう意味では、チーム全体の結束力が強くなるレースだったと思います。何か問題が発生したときには、それをどう解決するかという過程でよく話し合い、言葉と行動でやりとりをしながらチームを作っていく。1戦目で問題に直面し、やるべきことをやった結果、これですっきりした。よし、次へいこう。そういう意味で、信頼関係と結束力は強いですよね。今回ニッキーのリザルトは10位ですが、彼はこの結果を得たことで、自分を信じてレースをしていかなければいけないとあらためて理解できたと思います。だから、迷うことなく自分の走りに集中してセットアップを信じていけば、今後は問題ないと思っています」