vol.29

ヘレス合同公式テスト − 2008開幕戦に向けて

 いよいよ2008年のMotoGPがスタートする。開幕戦を目前に控え、全チームが集結するIRTA(International Road Racing Teams Association)主催の合同公式テストが、スペイン・ヘレサーキットで開催された。2月16日から3日間のスケジュールで行われたMotoGPクラスのテストでは、王座奪回に燃えるHonda陣営の全チームとライダーがそれぞれに充実したメニューを消化し、存分にポテンシャルの高さを発揮した。今季からレプソル・ホンダ・チームの監督として陣頭指揮を執る山野一彦が、実りの多かったテスト内容、そして開幕戦に向けた意気込みを語る。

「皆さんご存じのとおり、1月のセパンテスト初日にダニが転倒し、右手にケガを負ってしまいました。今回のテストは病み上がりの走行になるので、まずライディングできるかどうか、ということが大きなテーマになりました。テスト前日にダニと3週間ぶりに会って話をしたのですが、当然まだ完治しているわけでもなく、私自身の目で負傷部位を確認した印象では、『(このケガでテストをするのは)きついな』と思っていたんです。ところが、テスト初日にライディングギアに着替えて走りはじめたら、痛みや腫れが残っている状態にもかかわらず、少しずつラップタイムを上げていきました。『やはりこの選手の精神力はすごいな』と、実感しましたね。彼は本当に強いライダーです。マシンの方向性についても、セットアップの次の段階へ向けたコメントをきちんと出してもらえたので、非常にいい仕事をしてくれましたし、内容の濃いテストだったと思います。ドクターの話でも、『治療後の経過は順調で、よい方向に向かっている』ということなので、ほっと胸をなで下ろしている、というのが、今の私の正直な気持ちですね」

−テストでは、連続周回数を5周程度にとどめていたようですね。

「手の痛みや腫れの防止という理由もあるのですが、それ以上に、傷口を清潔に保つことを考えて、5周を目安にしていたんです。テスト3日目には、もっと長い距離を試すこともできたのですが、風も強く、リスク回避という意味もあって、私の指示でロングランは見合わせることにしました。セパンでケガをしたとき、実は本音を言うと、開幕戦にベストコンディションで臨むのは厳しいだろうなと覚悟をしていたんです。でも、今回のテストで90%に近い状況まで準備ができた、と確信を持てました。通常なら完治までもっと長くかかるケガを、この短期間でライディングできる状態まで持ってきたのだから、この調子なら負傷の影響を払拭しきった状態で開幕戦に臨んでくれそうだと思っています」

−一方、チームメートのニッキーは、初日に最多周回数でトップタイム、3日目も周回数とタイムの両方でトップという、実に充実した内容でした。

「開幕前までに私がチームに対して掲げたテーマが、“より多く走ってマシンを熟知し、いかなる状況下でもその熟知したものをレースで生かせるようにしよう。そのためにはより多く乗り込み、少しでも早くニューマシンに慣れてもらおう”というものでした。ニッキーは、ダニがケガをした分も、有言実行でがんばってくれました。セパン−フィリップアイランド−セパンという長期間のテストは、ニッキーにもハードな日々だったと思いますが、私のリクエストに文句も言わず応えてくれ、マシンに対してもさまざまなコメントを出してくれました。そのおかげで、今回のIRTAテストにはいい形で改良版のマシンを投入することができ、それに見合っただけの結果を得ることができました。サーキットベストを更新したラップタイム(1:38.848)で、それを実証できたと思います。初日と3日目にはロングランを実施したのですが、風や路面温度の低さという状況を考えると、アベレージタイムはもっと上げることができるでしょうし、それを確信できるだけのポイントも掴めました」

−今回のテストでは、エンジンはニュウマチック(Pneumatic)バルブ仕様ではなく、終始スタンダードのバルブスプリングタイプだったようですが。

「そうですね。<車体−エンジン−タイヤ>という、この3つの要素が高次元でバランスすることでマシンの総合的な戦闘力が向上してゆく、と私は考えています。今は、スタンダードエンジンでのマシン戦闘力が、より高いトータルパフォーマンスを発揮しています。さらに戦略的な面でも、開幕からの数戦、とくにシーズン序盤は一定のハードで戦ったほうが18戦という長丁場のチャンピオンシップでより有利に働くと考えています。なので、今はトータルパッケージとしてこの仕様のほうがいい、と判断しました」

−開幕戦のカタールはストレートが長い、馬力を要求されるサーキットです。ニュウマチックバルブという選択肢は?

「たしかにエンジン単体だけ、ピークパワーだけを考えると、ニュウマチックバルブのほうが戦闘力は高いでしょう。ロングストレートだけを考えるなら、高回転型のエンジンのほうが有利に働くかもしれません。しかし、さっきも言ったように、<車体−エンジン−タイヤ>というトータルパフォーマンスで考えると、今の段階ではスタンダードのほうが戦闘力が高いのです。コーナーの脱出スピードを上げてスムーズに加速につなげていくことでさらに速く走ることができる、というわけです。あとは何より、ライダーがコントロールしやすい、乗っていて安心できる、という要素も大きい。それら全体を踏まえて、総合的な戦闘力が高いほうを採用しようと考えています。ニュウマチックバルブは、数戦内になるべく早いタイミングでさらに戦闘力を上げる素材として投入したいと考えています」