ロードレース世界選手権、MotoGP。この究極の2輪レースもシーズン終盤を迎え、「2008 MotoGP 世界選手権シリーズ第15戦A-STYLE 日本グランプリ」が栃木県・ツインリンクもてぎで、9月26日(金)に開幕する。世界最高峰の2輪ロードレースがもてぎで開催されるのは1999年より数えて今回で10回目。その間、2ストローク500ccクラスが終焉を迎え、2002年から始まった4ストローク990ccのパワー競争の時代を経て、800ccとなった2007年からは電子制御とコーナリング速度が課題となり、ますますハイレベルな戦いへと移行してきている。これまで、もてぎで開催された9大会では、その大会ごとに時代を象徴するような戦いが繰り広げられてきた。今年で10回目のもてぎ大会、世界から選び抜かれた2輪ライダーたちがどんな戦いを見せてくれるのか。
今シーズン、Hondaワークスとして活動するRepsol Honda Teamの2名のライダーにとっては、決して順風満帆なシーズンとは言えないだろう。まずは、Repsol Honda Teamの今季の流れを大まかに振り返ってみたい。
昨年モデルを大幅に改良し、オフシーズンテストではその速さを垣間見せてきたRC212Vを駆るニッキー・ヘイデンとダニ・ペドロサ。しかし、ダニはセパンテストで驚異的な速さを見せながらも転倒、チームとしてはテスト・メニューを先送りにしなければならなくなった。
GP史上初のナイトレースとなった開幕戦カタールGPではダニが3位に入賞。続く第2戦スペインGP、ホームグラウンドのヘレスではダニが完ぺきなスタートからトップを譲らず優勝、カタルニアでも優勝を遂げ、第9戦オランダGP・アッセンTTまでは第5戦フランスGP・ルマンの4位を除いて優勝2回を含む9戦中8回をポディウムでレースを終えていた。しかし、全力を尽くしてチャンピオン争いをするダニに、勝利の女神は厳し過ぎる試練を与える。
第10戦ドイツ・ザクセンリンクでの雨の決勝レース。予選2番手からスタートしたダニはホールショットを決め、圧倒的なスピードで早くも独走態勢を築き、1周目に2秒、2周目には3秒と後続車を突き放す快走を見せた。5周目終了時点では後続2番手に8秒近いリードを広げたのである。この時点で世界中のMotoGPファンはダニの驚愕の走りに魅了されていたのだ。
雨の中、ライバルを一切寄せつけないその走りは、なにを求めていたのであろうか。勝利という1つの答えなのか、それとも「雨は苦手」と言われたことを払拭するためなのか。だれも追うことができない、レースベストタイムを更新しながらの走りだった。
しかし、その走りはあまりにも速過ぎた。6周目の1コーナー、だれよりも深い位置までブレーキングポイントを遅らせるダニのフロントタイヤが、ゆっくりと右側に切れ始めたのだ。それはまるでスローモーションのように……。ダニはこの転倒によりランキングトップの座を明け渡したばかりか、転倒時の衝撃で左手を痛めてしまう。左手をかばいながらコースサイドを歩くダニにザクセンリンクの冷たい雨が容赦なく降りかかる。
一方、ニッキーは予選での好調な走りがどうしてもレースに生かしきれず、フラストレーションのたまるシーズンを過ごすことになる。第2戦ヘレスでは予選4番手スタートの4位でチェッカー。第6戦イタリアGP・ムジェロでは、師と仰ぐ岡田忠之がニュウマチックバルブ・エンジン実戦投入テストでレースにスポット参戦。そのマシン性能を確かめたニッキーはニュウマチックバルブ・エンジンを第9戦オランダGP・アッセンTTから導入して4位に入賞し、以降のレースに期待が高まってきた。
第11戦ラグナセカはニッキーにとって思い出のコース。ホームグランプリであるばかりか、2005年にMotoGPで初優勝を果たしたコースであり、翌年も連続優勝を達成した特別なコースだ。今シーズンの流れを大きく変えるためにも、このラグナセカで優勝して弾みをつけたいと心の底から叫んでいるニッキー。予選3番手からスタートしたものの32周のレース結果は5位、しかも、今季ルーキーとして登場したアンドレア・ドヴィツィオーゾ(JiR Team Scot MotoGP)に次いでの5位は彼のプライドを大きく傷つけたのかもしれない。それも、アメリカンライダーの聖地ラグナセカで。
ニッキーとダニにとって、今年のサマーブレイクは例年よりずっと厳しい時間となってしまった。ダニはザクセンリンクでの転倒により負傷した左手の治療に専念し、ニッキーは8月上旬にカリフォルニアで行われた「X Games」のモタードにゲスト参加、練習走行の際、ジャンプでの着地時に右足かかとを骨折してしまうアクシデントに見舞われたのだ。
ニッキーはサマーブレイク後の第12戦チェコGP・ブルノと第13戦サンマリノGP・ミサノは負傷したかかとが完治しておらず欠場。ダニは完治しない左手をかばいながら参戦、第13戦サンマリノ・ミサノで4位に入ってなんとかペースを戻しはじめてきた。そのサンマリノでのレース終了後、Repsol Honda Teamは記者会見を行った。
「次戦インディアナポリスより、ダニ・ペドロサはブリヂストンタイヤを装着し、レースに参戦します」
これは、正に異例の記者会見となった。まずシーズン中にタイヤを変更することは過去になかった。そして、それがチャンピオン争いをしてきたダニ・ペドロサということで、世界中のレースファンに驚きと期待の激震が走ったのである。
もちろん、多くの難関があったに違いないが、ダニ・ペドロサという選手をMotoGPの頂点に押し上げるべく、関係者が一丸となり調整をしなければ可能にはならなかったはずだ。翌日に行われたテストでは、ブリヂストンタイヤをゆっくりと確認し、ダニらしく確実に検証しながらタイムアップをする姿があった。そして、テスト終盤にはニュウマチックバルブ・エンジン搭載車に乗り換え、レース中の自己ベストを更新したばかりか、レース時にライバルチームが記録したファステスト・ラップも更新したのだ。
第14戦インディアナポリスGP、1909年にオープンしたこのオーバルコースはIndy500に加えて近年ではF1も開催されて4輪サーキットとしては有名だが、1909年に行われた第1回目のレースが2輪レースだったことはあまり知られていない。オープン100年目にして2輪最高峰のMotoGPが開催となり、インディアナポリスには多くレースファンが全米各地から集まっている。
そのインディアナポリスに久しぶりにレプソル・ライダー2人がそろった。ダニは新しいニュウマチックバルブ・エンジンとブリヂストンタイヤでの参戦、ニッキーは完治しない右足かかとのため松葉杖をついてサーキット入り、悔しいラグナセカ・ラウンドのリベンジに燃えている。
100年の時を重ねたインディアナポリスの記念すべきフリープラクティス初日、アメリカ大陸をハリケーン「アイク」がメキシコ湾から北上しサーキットを直撃したのだ。初開催のため、MotoGPレギュラーメンバーでここのコースを走りこんだライダーはいない。各ライダーやチームがどのようにして、この「新しいコース」を攻略するかが注目される。
初日、ハリケーンの暴風雨の中を走る2人のレプソル・ホンダライダー。ダニは新しいマシンとブリヂストンタイヤをしっかりと確認し、ニッキーもまた2カ月のブランクを埋めるように走りこんだ。翌日は午前中こそ雨が残ったものの、午後の予選はドライでのセッションになった。
トップから1秒以内に8人のライダーが並ぶ接戦の中、ニッキーが2列目4番手、ダニは3列目8番手というポジションからのスタート。快晴だった予選日が嘘のような雨になった決勝レース、スタートで2番手に上がり2周目にはトップに立ったニッキーがレースをリード、しかし後方から追い上げてきたバレンティーノ・ロッシ(ヤマハ)に先行を許す。その後に雨脚が強くなり赤旗中断、今季初表彰台2位でチェッカーを受けた。
ダニは3列目8番グリッドからのスタートで、各車のウオータースクリーンに飲み込まれながらも6番手に。それでも、ブリヂストンタイヤで初のレース、そして初コースにもかかわらず、8位でチェッカー。ニュウマチックバルブ・エンジン&ブリヂストンタイヤでのレースデビューを手堅くこなしたといえるだろう。
2人のライダーにはそれぞれの思いがあったはずだ。ニッキーにとっては、なにがなんでも勝ちたいレース、結果は2位。しかし、その攻めの走りは、ニッキー本来の闘争心むき出しの気迫ある走りで、インディアナポリスに詰め掛けた母国ライダーを応援するファンの心をつかんだはずだ。
レース後のインタビューで「僕には失う物はなにもないからね……」。印象的なコメントだった。また、今までマシンに対して保守的なダニにとっては新しいトライに満ちたレースになった。シーズン後半になって自分自身の環境を変えてでも前進しようとするダニに、今までと違うなにかを感じた。
今年のもてぎ、ダニにはチャンピオンタイトルへの可能性はまだ残っており、ダニにとっては優勝あるのみだろう。もてぎでは、2001年125ccでは3位、2002年には125ccで優勝、2004年250ccでも優勝、2005年も当時のチームメート、青山博一選手に次いで2位に入賞しているが、MotoGPクラスで参戦してからは今のところ、思い通りではないだけに、今季の前半戦のような鬼気迫る走りに期待が高まる。ダニは、もてぎの勝ち方を知っている数少ないライダーの1人だ。
そして、ランキング争いをするロッシとケーシー・ストーナー(ドゥカティ)の順位次第では、チャンピオンがこのもてぎで決定する可能性があるが、だれが一番速いかを見せつけてくる可能性があるのがニッキーだ。第14戦インディアナポリスGPでは、ドライでもウエットでも速さを見せた2006年MotoGPチャンピオンが、他人のチャンピオン争いを黙って見ているはずがない。あのガッツある走りのニッキーが帰ってくる。
絶えず新しいものにチャレンジし続けてきたニッキーは、探究心が人一倍強いだけに、彼自身にしかできない走りさえも新しく取り組もうとしてきたはずだ。しかし、インディアナポリスで見せた予選での走りや決勝レースでの走りは正しく、みんなが知っているアグレッシブなニッキーだった。
このもてぎからスタートするパンパシフィック・エリア3連戦でなにかとてつもないことをしてくれそうなニッキー。来シーズンからはRepsol Honda Teamを離れ、別々の道を歩むことが正式に決まっている。日本でHondaを駆るニッキーの雄姿を見られるのは、このもてぎのレースが最後となる。もてぎでの活躍はもちろん、今後のニッキーの活躍に期待しよう。
Hondaは、もてぎでは2001年から2004年まで連勝したもののそれ以降に優勝がないだけに必勝態勢で挑んでくるはず。後半になって上り調子のニッキーとダニに加え、サテライトチームの活躍にも注目いただきたい!
Hondaライダーズ・レビュー
#4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ|JiR Team Scot MotoGP
昨年までホルヘ・ロレンゾ(現ヤマハ)と250ccクラスでチャンピオン争いをしてきたこの選手、久方ぶりの大型新人といっても過言ではない! 開幕戦のカタールでロッシ相手にラストラップまで高速バトルを展開し、最後にはきっちり前に出てチェッカーを受けた。いわゆる「競りに強い」ライダーで、将来有望大注目! 以降もスタートダッシュのよさでたびたびレースをリードしてきた。残念ながらMotoGPクラスのポディウムは未経験だが、むしろ上がっていないのが不思議なぐらいだ。
#14 ランディ・デ・ピュニエ|LCR Honda MotoGP
1999年からGPに参戦し、MotoGPクラスには2006年から参戦、今季よりRC212Vをライディング。予選での速さには定評があり、今季も8回、セカンドローからスタートを決めている。アグレッシブゆえに転倒も多く、今季の最高順位は第11戦ラグナセカの6位だが、高速コーナーでのスピード、その迫力ある走りは必見の価値ありといえる。
#15 アレックス・デ・アンジェリス|Team San Carlo Honda Gresini
ドヴィツィオーゾやロレンゾと250cc時代にチャンピオン争いをしたライダーの1人で、今季から最高峰クラスにエントリーしているMotoGPルーキー。前半戦こそ大人しくしていたが、第6戦イタリアGP・ムジェロでの4位をきっかけにペースアップして第10戦ドイツGP、雨のザクセンリンクでも4位に入賞してきた。笑顔を絶やさないナイスガイだが、レースではそのライディングスキルと経験で攻めの走りを見せてくれるだろう。
#56 中野真矢|Team San Carlo Honda Gresini
ホームGPになるもてぎでは数々の名勝負を残している。その中でも250cc時代、加藤大治郎との両者一歩も譲らぬレースは今だに語り継がれている。2004年にはMotoGPクラスでカワサキ時代に3位に入賞し、ファンを狂喜させた。昨年からRC212Vライダーとなり、今シーズンはサマーブレイク後の第12戦チェコGP・ブルノで新型車を導入して見事4位入賞。現在、唯一MotoGPレギュラーライダーとして参戦する日本人。その甘いマスクからは考えられない走りをもてぎで見せてくれるはず。
今年で開催10年目を迎えるツインリンクもてぎ、レースが楽しいのはもちろんのこと、ほかにもファミリーで目一杯楽しめるイベントを準備して我々を迎え入れてくれるはず! ライダーサイン会や、全日本トップライダーとキッズで走る「プッチGPレース」、MotoGP決勝レース後には「ダート・トラック・オールスターレース」を開催。また、お食事も中野選手、高橋裕紀選手、青山博一選手らの名前が付いた期間限定スペシャルメニューを特別発売。もちろん、歴代の名車が集まるHonda Collection Hondaと子どもたちにも最新のテクノロジーが楽しめるファンファンラボは何としてでも見ておきたい施設だ。
「2008 MotoGP 世界選手権シリーズ第15戦A-STYLE 日本グランプリ」に、ぜひご友人やご家族と出かけて欲しい。世界で選び抜かれたライダーだけがエントリーできるMotoGP、みなさんの声援に応えるべくライダーは精一杯走ります。ぜひレース中はコースサイドから目一杯の応援、よろしくお願いします!
元Hondaワークスライダー。全日本選手権および全米選手権でチャンピオンの獲得経験を持ち、4輪レースでもその才能を発揮。現在は、テレビのMotoGP中継でレース解説者を務めるほか、Honda Collection Hallに関する所蔵車両の動態確認テストを行うなど多方面で活躍しています。