ゲート脇に無造作に並ぶ自転車の列は、まるで日本の駅前状態。
■ここからは、アッセン・サーキット内で見かけた、いかにもオランダらしい風景を、いくつか紹介していこう。まずは自転車。全18戦の中でも、自転車に乗ってのんびり観戦に訪れる人々を見かけるのは、おそらくここくらいのものだろう。それほど、オランダ人はヨーロッパ全体の中でも、最も自転車に乗る国民なのだ。日本人もよく自転車に乗るが、根本的な違いは、ここの人たちは非常にのんびりと、自転車に乗ること自体を楽しんでいるところだ。そしてそれこそが、ダッチTT80年の歴史が彼らの生活に深く根ざしていることの証明でもあるのだろう。
■オランダ人は甘いものが大好きである。他国のグランプリでもドーナツ(英国)やチュロス(スペイン)など、各種スナック類や菓子の店舗が軒を連ねるが、ことスイーツに関するかぎり、おそらくこの国に軍配が上がる。ただベタベタと甘いだけではなく、やたらな大量でごまかすわけでもない。分量、甘さ、旨味のバランスが絶品なのだ。機会があれば、是非一度お試しあれ。
■かつて、アッセンといえば観客の気性が荒いサーキットのひとつとしても有名だった。コースサイドで写真を撮影するカメラマンに面白半分で中身の詰まった缶ビールを投げつけたり、あるいは酔っぱらった客同士のいさかいも決して珍しくはなかった。当時は迷彩服を着てサブマシンガンを携えた警備用の兵士や警官があちらこちらに控えており、殺伐とした雰囲気も一部には漂っていたものだ。しかし、ライダーやオーガナイザーが、環境改善を目指して観客たちにマナー向上を呼びかけたキャンペーンが功を奏し、今ではご覧のようにのどかで落ち着いたサーキットへと雰囲気を一新した。会場内をよく観察すると、ところどころに当時の名残りをとどめる事物を発見できる。
■そしてなんといってもオランダを特徴づける極めつけは、あっという間に天候が激変する、通称“ダッチウェザー”だ。レースウィークを通して好天に恵まれた、というようなことは、アッセンに関するかぎり皆無に等しい。体の正面は日射しを受けていても背中に雨が降り注ぐ、なんていうことが実際に発生するのだが、こればかりは実際に経験しないかぎり、なかなか想像できないかもしれない。今年のレースでも、決勝日は雨がぱらついたかと思うと次の瞬間には晴れ渡るという、典型的な<オランダ日和>だった。しかし、それがなければきっと気分は盛り上がらない。シーズンの行く末とレース内容、観客の雰囲気、そして現地独特の気候。これらすべての要素が揃ってはじめて、グランプリは独自の存在感を発揮するのだ。来年のダッチTTも、きっと同じようなコンディションになるのだろう。