HondaモータースポーツMotoGPHRC総監督・石井勉レポート
HRC総監督・石井勉レポート


 MotoGP第6戦イタリアGPが開催されたムジェロサーキットは、緑豊かなトスカーナ地方の山間に位置する。シーズン中、最も盛り上がりを見せるレースとしても有名だが、今年も3日間総計で14万8256人の観客を集め、テレビ視聴率は50.9%を記録した。ホームグランプリとなるイタリア系チームやライダーがいつも以上の速さを見せるこのレースで、レプソル・ホンダ・チームの2台は3位と4位に入る健闘を見せ、250ccでもアンドレア・ドヴィツィオーゾ選手がポイントランキングトップを守りきった。

「ニッキー(・ヘイデン)は、表彰台に立ったとはいっても本人は満足してないし、我々もイタリア人選手の1‐2フィニッシュを阻止したかったので、その意味では残念なレースでした。ライダーは精一杯やっていると思うので、もっとマシンの改良を進めなければいけない、と思いましたね。あと、ケーシー(・ストーナー)の転倒は、トップグループ走行中だっただけに残念です」

−あそこはもともと転倒の多いコーナーですね。

「ケーシーは腕も良くて速いし素質のある選手ですが、まだ荒さが残っている。勢いがあるのはいいことですが、年間を通じてチャンピオン争いをしていくなら、抑えるべきところはもう少し抑えていかないと。たとえば、タイヤを消耗してこれ以上アタックできないというのなら、その状態で最善を尽くしてどこまでポイントを取るか、というふうに切り替えないといけない。でも、徐々に慣れていくでしょう。その意味ではダニ(・ペドロサ)も同じで、彼は今回のように表彰台に立たなかったレースでは『数周目からフロントタイヤの接地感が少なくなってきた』というコメントが多いんですが、だとしたらフリープラクティスでタイヤ選びをしっかりしておけばいい。そう言ってしまえばそれまでなんですが、この数戦の天候は予選まで湿っぽくて決勝で晴れ、ということが多く、コースもMotoGPとしては初経験だから、セッティングの煮詰めやタイヤ選びが充分ではなかったのも、ある程度は仕方なかったと思います。ただ、他の選手と同じフロントを履いていても自分だけタイヤの消耗が早いのなら、それは乗り方もあるだろうし体格も関係していると思うんです。体格差や乗り方によって、タイヤの使い方は違ってくるでしょうからね。ただ、ダニの場合は、チャンピオン争いに絡むためにはなんとしてでもポイントを取りにいく、という方向でレースを組み立てていると思います」

−確かに、ダニは250cc時代から冷静なライダーという印象があります。

「ダニは、マシンを降りてきたときのコメントも冷静ですからね。今回の結果を受けて、月曜の事後テストでもフロントタイヤに集中して取り組んでいました。もともと、ダニのチームはよっぽどのことがない限り事後テストをやらないんですよ。日曜のレースにピークを持ってきているので、そのあとに漫然と流すようなテストならやらない、とクルー・チーフのアルベルト・プーチははっきり割り切っているんです。そのかわり、重要なテストならしっかりと取り組む。今回は、試していないタイヤがまだ4〜5種類あったということと、決勝レースの内容を考えると、次に備えてやるべきことはやりましょう、という判断で急遽事後テストをやることになったんです」

−それにしても、とてもMotoGPクラス6戦目とは思えない目標設定の高さですね

「今回もシーズン全体を見据えての判断ですし、チャンピオンを狙う意識があるからこそ、そういう走りになるんでしょうね。今、Hondaのライダーたちは非常にバランスのとれた、いいライバル関係にあるんですよ。同年齢で前年度250ccランキング1位と2位のダニとケーシーがいて、ダニが来たことでワークス4年目のニッキーにも緊張感が生まれている。一方、マルコ(・メランドリ)は去年MotoGPランキング2位だから、それも刺激になる。だから、今回のレースも見てる人は非常にエキサイティングだったと思いますよ」

−250ccクラスはどうでしたか?

「アンドレアは、MotoGPクラスのニッキーと少し似た状態なんですよ。開幕以来の連続表彰台でランキングトップを維持していますが、まだ優勝がない。マシン面でも、テクニカルコースではがんがん行けるけれども、トップスピードの伸びるコースになるとどうしてもライバル勢相手に苦戦してしまう、という状況です」

−特に、今回の舞台となったムジェロサーキットはライバルチームのホームコースですからね。

「そう。とはいっても、年間を通じて考えた場合にテクニカルコースでは逆に有利なわけだから、弱点も長所もあるなかでどうやって勝とうかとチームが一丸となって作戦を練る。足らない部分は、頭を使ってどうするかみんなで考えることで、チームワークがよくなっていくと思うんです。特に今回のレースでは、アンドレアと高橋裕紀君のヒューマンジェスト・レーシング・チームは、あわよくばワン・ツー・フィニッシュ・・・というところまで来ていたから、チーム内の雰囲気は非常にいいですよね」

−確かに、ピット内にもいい意味での緊張感と一体感があるように見えます。

「ですよね。あのふたりは、似ているようでキャラクターも乗り方も違いますからね。今回は燃料系のスタッフを特にアンドレアに張り付かせたんです。高橋君とアンドレアは、レースが終わったときのピストンの状態が微妙に違うんですよ。加速時や伸びきったときのコメントも、確かにふたりとも違う。アンドレアのほうが神経質に訴えているので、じゃあ徹底的に調べようということで、問題をクリアにしました。エンジン内にはデトネーションカウンターというものがあって、燃焼室内での異常爆発(デトネーション)をカウントしているんです。デトネーションは、ライダーによって伸びきりで出る選手や加速中に出る選手など、乗り方によって様々なんですが、そこを上手くセッティングしないと、途中からピストンを消耗してパワーがなくなってしまう。だから、カウンターのデータを見ながら、ライダーの好みにも合わせてうまくセッティングすることで全体のフィーリングを良くしていくんです。いわば職人芸の世界ですよ」

−個人の好みや乗り方でそういう違いが出てくるのは面白いですね。

「MotoGPもコンピュータでインジェクションマッピングを制御できますが、2ストロークの場合はキャブレターですからね。メインジェットだスロージェットだ、ニードルは何段にするテーパーはいくつという腕と勘と経験の世界があって、これがまた結構大変なんです(笑)」

−さて、次はダニの地元スペインGPです。

「今回のレースでイタリア人選手たちに気合いが入っていたように、次回はダニが必勝態勢でレースに備えています。前回もいいましたが、節目のレースで強運を連れてくる力を持った男ですから、金曜のフリープラクティスから落ち着きながら果敢にアタックする姿を見せてくれると思いますよ」

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