HondaモータースポーツMotoGPHRC総監督・石井勉レポート
HRC総監督・石井勉レポート


 激動のシーズンも大詰めを迎え、チャンピオン争いが熾烈さを増す第16戦ポルトガルGP。最終ラップまで息詰まる展開が続いたレースは、Fortuna Hondaのトニ・エリアスが制し、MotoGP初勝利を収めた。一方、王座獲得に向けてスパートをかけたいRepsol Honda Teamのニッキー・ヘイデンは、5周目のバックストレートエンドでブレーキミスによって転倒したダニ・ペドロサに巻き込まれる形となり、残念ながら2台共にリタイアに終わった。

−ダニはその後インタビューで、「計算上、僕にもチャンピオン獲得の可能性が残されていたので全力を尽くしたが、ニッキーのジャマをしようと考えたことは一度もない。僕たちはいつも1つのチームとして行動してきた。でもミスをしてしまい、ニッキーに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。僕は最終戦で彼を助ける」と語っています。

「ダニがチームメイトのニッキーに当たって2台とも転倒してしまうという不幸な展開になってしまいました。我々にとっても、残念極まりない結果です。タイトル争いの天王山だっただけに、この誰も予想しなかった結果を指して、『HRCがランキングトップのニッキーを優先させるよう、ダニに指示をかけなかったことが原因だ』という批判がヨーロッパの一部メディアなどから出ていることも知っています。ですが、あの転倒はチームオーダーの有無とは因果関係がない。事象として捉えると、ダニのミスに起因するアクシデントです」

−今回の転倒により、ダニはチャンピオン獲得の可能性がなくなりました。ニッキーはチャンピオンシップポイントで逆転されることになったとはいえ、8ポイント差のランキング2位。第16戦でのアクシデントを踏まえ、最終戦ではダニがニッキーを掩護するように、チームとして指示を出すのでしょうか。

「ダニは、あのアクシデントの責任を真正面から受け止めてしっかりと反省していますし、Repsol Honda Teamの田中監督も諭しました。ただ、繰り返しますが、あくまでもあれはアクシデントです。Hondaが今まで信念を持って貫いてきた <チームオーダーを選手にかけない> という方針が、この結果を受けて変わるようなことはありません。過去も現在も未来も、我々はチームオーダーという考えは持っていません。
 なぜなら、彼らは自分たちの命を賭けて走っているからです。シグナルが消えてレースが始まると、彼らは自分の命を賭けてコースに出て行く。だから、責任ということでいうならば、彼らを全面的に信用する、ということが一番だと思うんです。チームオーダーをかければ勝てるような生やさしいものではないし、我々もそんなに安易な考えは持っていません。ライダーも、そして我々も信念を持ってレースに取り組んでいるんですから」

−ニッキーは「ダニの助けが必要になる」とコメントしていますし、ダニは「最終戦で僕はニッキーがタイトルを獲得できるよう、できる限りのことをする」とも公に宣言しています。

「それぞれのコメントの内容は、ニッキーとダニが自発的にそれぞれの役割を自覚した、ということを明確に伝えています。ダニが自分のミスを反省し、ニッキーに謝罪した上で、やり場のない思いを抱えたライダー2人が話し合いをし、最終戦でお互いのやるべき役割を明確にしたんです」

−それにしても、波瀾万丈の今シーズンを図らずも象徴する展開で、本当にレースでは何が起こるかわからないですね。

「やはり、レースは簡単には勝てないし難しい。それをあらためて実感しましたね。様々な思いや信念に基づいてライダーとチームがやってきた中で起こった今回の出来事が、不幸であることは間違いありません。でも、前向きに捉え、最終戦に向けてより結束が固くなったと思っています。また、2人のライダーが冷静に話をして自発的にチームワークの大切さとそれぞれの役割を自分たちで明確に認識しています。そこは素晴らしいことだと思います」

−レースを制したのは今回がMotoGP初優勝のトニ・エリアスでした。

「トニは、がんばりましたね。何度かトップが入れ替わるシーンもありましたが、最後にはちゃんと逆転し、0.002秒差でゴール。最終ラップでの1コーナーの突っ込みもすごかったですね。普通ならオーバーランか転倒でもおかしくないくらいの突っ込み方でした。実は彼はエストリルで125ccと250cc時代にも勝っていますから、あのブレーキングは得意中の得意なんです。しかも、結果的にはトニが勝ったことで、ライダーランキングポイントの点差を抑えることができたという側面もあります。よくやってくれました」

−もうひとつの話題は、ケニー・ロバーツJr.の今季二度目となる3位表彰台。

「ラスト2ラップでトップに立ちましたが、1周短いものだと勘違いしていた、という残念なオチがついていますが。それはともかく、今シーズンを振り返ると、かなり活躍しています。表彰台に上がる機会こそ少ないですが、フリープラクティスや予選を見ると、素晴らしいポテンシャルを発揮していますからね。本当に目を見張るというか、すごいなと思います。Hondaはエンジン供給のみで、マシン全体はチームだけで作っているわけですから。チーム監督のケニー・ロバーツ以下、ライダーやチームスタッフ全員の豊富な経験の積み重ねが、結果として今の集大成になっているんでしょうね。ケニーJr.の走り方を見ていても、無理して走っているという印象がないから、素直でいいマシンなんだろうな、という気がします」

−250ccクラスでは、アンドレア・ドヴィツィオーゾが今季二度目の優勝で、チャンピオン争いを最終戦に持ち越しました。

「このレースウイークに、来年も同じチームから250ccに参戦する、と発表になりました。そうやって精神的にもすっきりしたことが、今回の結果に結びついたという側面もあるのかもしれません。特に今回、何か新しいパーツを投入したわけではありませんからね。チャンピオン争いも、13ポイント差ですからラクではないけれど、チャンスは残されています。今まで以上に気持ちを引き締めて戦ってくれるでしょう」

−さて、長かったシーズンも次でいよいよ最終戦です。

「ライダータイトルの取り方が計算上で限定されていることは、当然、全員が認識しています。チームは強く結束していますし、我々も全力で勝ちに行きます。チャンスはあります。私たちは最後までレースを諦めません」

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