HondaモータースポーツMotoGPHRC総監督・石井勉レポート
HRC総監督・石井勉レポート


 2006年シーズンのMotoGPもいよいよ終盤戦。9月10日の第13戦マレーシアGPセパンサーキットから、オーストラリアのフィリップアイランド、そして日本のツインリンクもてぎ、と3週連続で3レースが開催された。肉体的にも精神的にも厳しい三連戦を終え、Repsol Honda Teamのニッキー・ヘイデン選手は、2位と12ポイント差でランキングトップを守っている。そして、ヘイデン選手から27ポイント差でマルコ・メランドリ選手、34ポイント差にダニ・ペドロサ選手がつけており、チャンピオンシップはますます緊迫化の一途をたどっている。

「セパンの話題は、やはりダニに尽きるでしょう。金曜のフリープラクティスで転倒して大怪我を負ったにもかかわらず、決勝レースで3位に入ってしまうんですから、恐るべき精神力です。過去に何人ものトップライダーたちが数々のエピソードを残していますが、あのときのダニを見ていると、技術的にも精神的にも、やはり彼は歴史に名を残すトップライダーの資質を持っているんだな、と強く感じました」

−右膝を4針縫う怪我と左足甲の打撲、という話ですが。

「鋭い刃物でスパッと切ったような傷ではなくて、すりむいて引きちぎれたような怪我ですから、言葉で聞く以上に大きな負傷で、本来なら傷口が塞がるまで動かさないほうがいいくらいなんです。とは言っても、動かさないでいると膝が固まって今度はバイクに乗れなくなってしまうので、転倒した日の夜はトレーナーがつきっきりになり、冷やしながら2時間に1回は足を動かしていました。そんな状態でしたから、決勝レース直前まで走るかどうかという結論を出せずにいたんです。レース直前になると、実は我々も驚いたんですが、ダニ自身が吹っ切れたようで「出る」ということになりました。チャンピオン争いに関わってる以上、少しでもポイントを取りに行こうという気持ちの表れなんだろうなと思っていたら、レースが始まると、トップを走っていました。でも、少しずつ順位を下げてくるのかなと思ったら、最後の最後まで走りきって3位でチェッカーを受けた。本当にあの精神力は素晴らしいですね」

−次のレース、フィリップアイランドは、レース中の降雨によりマシン交換のレギュレーションが初めて適用されたレースになりました。

「我々にとっても初体験でした。ピットに入るタイミングを失敗すると順位を大きく下げてしまうので、その見極めや段取りが重要なんだ、と強く感じましたね。と同時に、あのサーキットは特にピットレーンが狭く、そこで慌ただしくライダーが出入りするのは少し危険な印象もありました。レギュレーション上は、ピットの中でマシン交換ができないのでピット前で交換することになり、クルーが大勢出てきてしまうから余計に混雑する。そういった面では、今後に向けて改善していく余地はあるでしょうね。レースについては、ダニはそんなに上位を走れないだろうし、無理もさせられない、と思っていました。ニッキーは、ポール・ポジションを獲得しておきながら、ほとんど最後尾近くまで下がってしまいました。その原因については、ライダーの乗り方とメカニカルな面の両面から考える必要があると思っています。メカニカル面での基本的な構造は他のライダーと変わらないけれども、ニッキーの場合は扱い方が少し違う。もうひとつは彼だけはエンジンが違いますから、各回転域のトルクの出方等の特性も微妙に違う。当然それに見合った制御をかけてるんですが、それに対して許容範囲の厳しいところで荒い使い方をした場合に、スタートで成功しても今度はシフトダウンの際にうまくギアが入らないようなことが起こる、というところまでは解明しました。失敗を学習してハード的にも制御的にも対応してきたけれども、また狭い範疇でゾーンに入ってしまい、もてぎでもうまくスタートできなかった、という経緯です」

−ニッキーの癖によるところも大きい、ということですか?

「確かに他の選手と比べると、スタート時のエンジン回転やキープの仕方、クラッチを離すタイミング等、独特のところはあります。だから、ライダーの癖でピンポイントの狭い範囲に入っていく頻度をゼロに近づけるために、制御とモディファイの両面から対応するようにしているわけです。そうしながら抜本対策を皆で検討しているんですが、もうひとつは、さらに練習を重ねる、ということも必要だと思うんですよ。失敗するゾーンに入る頻度を減らし、回避するために、制御や物理的な方法で対策を練る。その一方で、安定させるようにさらに練習を重ねる。まさに、ソフトとハードでやっていくということですよね」

−フィリップアイランドといえば、レース中のイエローフラッグに従わなかった選手に対して何のペナルティも課されなかった件が話題になりました。

「我々も口頭で抗議をし、関係者でビデオ確認をした際に、ジャッジメントする立場のレースディレクターも事実を認めています。ただ、今年のルール変更では、レース後のプロテスト提出ができないんです。だから、確かに事実は事実として認めているけれども、事後のアクションは不可能、という奇妙な形態が発生してしまっている。でも、それは安全に関わる話だから放っておいてもいい話ではありません。知らなかった、ミスをしました、というのは人間のすることだからしようがないとしても、安全に関する問題である以上、何もできないからしようがない、とやり過ごしてしまうのではなく、何か行動を起こし、議論をするべきでしょう。だから、我々はFIMとDORNAに対して抗議文を提出し、願わくば次のレースの前にどういう対応をするのか、オフィシャルに公表してほしい、とお願いしました。我々が言っているのは、事後に議論ができるシステムになってない現状の問題を改善してください、ということなんです。そして、実際に、改善します、という返答が来ました。そもそも、ルールは安全性を第一義的に尊重すべきものとして成立しています。知らなかった、気づかなかった、ということがペナルティを留保する理由にはならないし、それでペナルティが回避され得るのなら抑止力としての機能を失ってしまいます。チャンピオンシップやポイント云々以前の話として、こと安全に関わる問題である限り、我々は主張を続けます」

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