HondaモータースポーツMotoGPHonda 若手ライダーの肖像
Honda 若手ライダーの肖像
 
 
 ジンクスにとらわれたり、些末な物事にこだわると最も大切なものを見逃してしまう、という考え方にも、プーチの教育が投影されているのかもしれない。
 このように、ダニとプーチの物事への考え方や対処の方法は、全てにおいて徹底している。特にそれが良くあらわれるのが、レースに対する向き合い方だ。レプソル・ホンダ・チームのあるスタッフは、彼らの方法論を「驚くほどmethodical(理路整然として論理的)」と評した。また、HRC総監督の石井勉は、MotoGPマシンに習熟していく際の、彼らの揺るぎない姿勢に感心した、という。
 「一見してわかるとおり、ダニのマシンはサテライトのスタンダード仕様がベースになっています。『特別なパーツはいらない。今はまだスタンダードを習熟して速く走れるようになることが自分たちの課題』という姿勢なんです。『体格に合った(小さめの)カウルがほしい』、といったリクエストはありますが、『フレームや足回りといった大きなパーツは一切必要ない』と言っている。本当に徹底していますね」
 20歳という若さで、すでに125ccで1回と250ccクラスで2回チャンピオンを獲得した実績と才能、アルベルト・プーチ仕込みの強靱な精神、そして理に叶った段階的な目標設定。着々と確実に進歩し続けているダニに多くの期待が寄せられているのは前述の通り当然で、ダニとプーチはシーズン前から何度も「デビュー・イヤーで優勝できるか?」「チャンピオンを獲得できるか?」との問いを浴びせられてきた。そのたびに彼らは、「自分たちはまだそんなレベルじゃない」「チャンピオン(ヴァレンティーノ・ロッシ)のライバル候補は別のトップライダーたちだよ」とかわして、明言を避けた。しかし、開幕戦以来着実に高いレベルの能力を披露してきた現在、もしかしたらその答えに変化があるかもしれない。世界中のジャーナリストに尋ねられてきた質問に今ならどう答えるのだろう、と、あえて同じ質問を投げかけてみた。
 ダニは、悪戯っぽい笑顔で、口にチャックをする仕草を見せた。
 やはり、答えたくない、ということなのだろうか。
「違うよ。そうじゃなくて、先のことはわからないんだ。わからないから、気にしない。今は将来に向けて着実に努力を続けるだけさ」
 では、今季の目標は?
「簡単だよ。シーズンが終わって振り返ってみたら、着実に進歩を遂げていること」
 最後に、おそらくは想定していないだろう質問をひとつ、投げかけてみた。
 もし、グランプリライダーじゃなければ、今頃何をしていたと思う?
 
 
 しばらく考える様子を見せたあと、ダニは慎重にゆっくりと口を開いた。
「わからない。想像したこともないな……たぶん、どこかで働いているか、大学に通っているか。そういう生活をしながら自転車レースをしていたかもしれない。自転車にのるのは大好きだったから」
 夢を諦めかけた13歳の少年がアルベルト・プーチの募集を目にとめていなければ、この若者は今頃、スペインの大学に通いながら自転車レーサーを目指していたのかもしれない。
 そして、もしも彼がそんな人生を選択していたとしたら、MotoGPクラスへステップアップ後4戦目の上海サーキットで、ポール・ポジション、ファステストラップ、そして優勝という完璧な内容の勝利を飾ることもありえなかった。
「すごくファンタスティックなレースだった。予選までは天候が二転三転したけど、そんななかでチームの人たちもすごく一所懸命がんばってくれて、決勝はコンディションにも恵まれた。勝つことができたのはすごく嬉しい。でも、MotoGPクラスのレベルはとても高いから、これからもすごく大変なレースが続くと思うな」 このときばかりは、自制と謙虚さを信条とするダニの顔が歓喜のあまりくしゃくしゃになった。ダニ・ペドロサがモーターサイクルレースの道を選択したのは、世界中のロードレースファンにとっても、実に幸運な出来事だったのだ。
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