Talk about RC211V
2006年
「New Generation」のRC211Vは
ライダーに認められるか。

990ccで争われる最後のシーズンとなった2006年、Hondaはこれまでのマシンを正常進化させた「Original」と、大幅にモディファイを加えた「New Generation」という二種類のRC211Vを用意した。ニッキー・ヘイデンは「New Generation」でシーズンを戦うことを決めたが、吉井はそれが嬉しい反面、プレッシャーも相当のものだったと語る。自分たちの考えたことが本当に正しいか、その答えは勝つことができたときに初めて得られるものだからだ。

宮城: 2006年の2月のテストで初めて「New Generation」のRC211Vを見たときは驚きました。エンジンは小さいし、フレームは前半部分が短いし、スイングアームは恐ろしく長くなっている。ずいぶんと思い切ったことをしたと。

吉井: エンジンが小さくなれば、ホイールベースを変えることなくハンドリングの向上のために、スイングアームを伸ばすことができる。それが、「New Generation」の大きなコンセプトです。

宮城: じゃあ、エンジン屋さんは泣いたかもしれませんが、車体設計屋さんは喜んだんじゃないですか。設計の幅が広がるわけですから。

吉井: いや、同じように泣いているんですね。なぜなら、エンジンのコンパクト化によってできたスペースの半分以上を僕が「その分はスイングアームを入れるから取っておいてくれ」って先に独占してしまったのですから。
昔、自分でレースをやっていたとき、ホイールベースを変えずにスイングアームを長くすれば、アクセルを開けられて速く走れるんじゃないかと感じていたんです。その想いを、何十年ぶりかに新しいRC211Vでトライしてみたわけです。個人的に、レーサーで大切なのは「リヤタイヤで駆動力が伝わるフィーリングがきちんとわかること」だとずっと思っていて、そのためにはスイングアームの延長が不可欠だったんです。

宮城: ヘッドパイプからスイングアームまでの長さも変わりますから、フレームだってゼロから設計し直しになりますよね。

吉井: そうですね。2005年の新マシンがなかなか出なかったのをご覧になってわかるように、エンジンからフレームから、完全に入れ替える変更が、一筋縄ではいかなかったからです。

宮城: さて、大幅に手の入ったエンジンですけど、パワーはもちろん制御系も進化しているわけですね。

吉井: パワーアップさせるとともに、HITCS を進化させ、V型5気筒の「前3気筒」と「後ろ2気筒」のスロットルを別々に制御しています。前の3気筒分のスロットルは、ワイヤーにより動かされるのでライダーの操作と1:1でダイレクトです。後ろの2気筒のスロットルは電子制御で、ライダーのスロットルワークを補助すべくパワーを絞ったり出したりできるようにしています。

宮城: それは、2005年までのマシンではやっていなかったことですね。

吉井: そういう制御をどんどん加えていくのって、主役が人間から離れていくように思ったこともあるんですが、レーシングスピリットに火の点いたライダーがなにをするかというと、スロットルをどんどん開けていきます。そして、ブレーキをコーナーの深いところでかける。できるだけ減速を短い距離で終えてマシンをコントロールするんです。ですから、マシンと人間が呼応するダイレクト感を大切にしたかった。そのため電子制御を「後ろ2気筒」だけにしたんです。

宮城: ニッキーは、その「New Generation」に対してよく順応しましたよね。

吉井: そうですね。彼のチャレンジスピリットというか、レースに取り組む姿勢には、僕らも本当に勇気づけられました。最初は思うようなマシンを提供できなかったので、すごく申し訳ないと思っていました。でも、シーズン中盤のオランダGPで、あのスピードとラインでは曲がり切れるとは誰も思えないような状況で、ニッキーはライバルをパスしてトップに上がってくれたんです。あのシーンを見たときに、「ああ、このマシンはライダーから信頼され始めている」というのを感じましたね。すごくうれしかった。僕らのやってきた方向は間違っていなかったんだ、と。最終的にチャンピオンも獲得してくれましたし。RC211Vは、2002年から2006年まで飛躍的な進化を遂げることができたと考えています。

 
レースの現場から市販車に
フィードバックされるものについて。

5年にわたってMotoGPを戦ってきたRC211V。その進化の軌跡は、ライダーの能力をいかに引き出すか、という一点を見つめ続けてきたものだと言っても過言ではない。そのRC211Vから市販車へ、ユニットプロリンク、電子制御のステアリングダンパーなど、様々な技術がフィードバックされた。これから先、レースの現場で培われたものはどのように市販車に投入され、我々の手に届くのだろうか。

宮城: こうして2002年から2006年までのRC211Vのお話を伺っていると、「最後の1年で全部つくり変えた」ような感じがします。今まで熟成させてきたものを、エンジンからなにから全部新しいものに変えて、最後にすっかりつくり変えてしまった。

吉井: 2006年にニッキーの乗ったマシンは「New Generation」と呼ばれたわけなんですが、そう呼びたいと思ったのは、2002年にデビューしたマシンを「Original」とするならば、失敗するかもしれないけれど新しい時代に向かうためのステップを踏みたいと考えたからなんです。まさにテーブルをひっくり返すような開発でした。

宮城: Hondaらしい独創性あるエンジンがあって、それを活かすための様々な工夫があって進化し続け、さらにRC211V最後の年にほぼすべてつくり変えて新しいモデルを出すなんて、普通では考えられないですよ。吉井さんの経験やライダーの声を取り入れ、それを活かすHondaの熱い取り組みがあり、最後の年に新設計のRC211Vが出来上がってチャンピオンを取った。まさしく、かたときも進化の歩みを止めていないわけですね。ちなみに、2006年シーズンはエンジンとフレームを何回進化させているんでしょうか。

吉井: セパンでの開幕前テストも含めれば、エンジンが5回、フレームが6回ですね。すべてが「もっとライダーが乗りやすく、信頼できるマシン」にするためです。それは、市販車も含め、バイクとして普遍的な性能だと思うんです。マシンがどんなに速くなろうとも、それを操るのは昔から変わらず人間ですし、人間の感覚を抜きにマシンが進化していくことはあり得ないと思いますね。

宮城: では最後に、RC211Vの技術がこれからどのように市販車に活かされていくのかを伺いたいですね。

吉井: RC211Vの開発を通じて、電子制御に対する技術とかノウハウをかなり蓄積することができました。今まではレーサーのための技術でしたが、それを市販車に対しても活かすことができると思うんです。これまでよりも多くの情報を処理できるのならば、お客様に気持ちよく乗っていただくための補助だとか、安全や環境を配慮する技術としてどんどん盛り込んでいきたいと思っています。

宮城: RC211Vが進化していくなかで、ユニットプロリンクや電子制御のステアリングダンパーなどの技術を市販車にフィードバックさせているのはHondaならではの取り組みですね。

吉井: あるとき、雨の日にCBR1000RRでツーリングに行ったことがあるんですが、濡れた路面でも電子制御のステアリングダンパーのおかげで昔のマシンとは比べ物にならないほど安定して走れたんですよ。そのときは「ああ、これを出してよかったな」と思いましたね。本田宗一郎さんが「レースは走る実験室」だと言いましたけれど、それは今でも変わらないと思います。レースという厳しい現場で信頼されてきた技術は、一般のライダーの方々にも実感していただけるものだと思いますから。

宮城:  RC211Vみたいなバイクが欲しいという方はたくさんいらっしゃると思うんですよ。Hondaがそういうマシンを我々の手に届くようにしてくれることを、ぜひ期待しています。

 
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