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モータースポーツMotoGP田中誠レポート
VOL.14「ニッキー・ヘイデン Nicky Hayden」


§ ラグナセカはプロ初勝利の地。

 1994年以来11年ぶりに、アメリカ合衆国でグランプリが開催される。アメリカ・カリフォルニア州のラグナセカ・サーキットで行われるMotoGP第8戦アメリカGPは、レプソル・ホンダ・チームで戦うニッキー・ヘイデン(#69)にとって、後半戦の飛躍へ向けた重要なターニングポイントとなる初表彰台が期待されている。と言うのも、アメリカGPの舞台となるラグナセカは、MotoGPを戦うほとんどのライダーにとっては初めてのサーキットだが、アメリカンライダーのニッキーにとっては過去に何度も戦ってきた場所で、その特徴を隅々まで知り尽くした"ホームコース"だからだ。しかも、プロ初勝利を上げたのが1998年、このラグナセカだったという事実を前にすれば、周囲の期待はもとより、ニッキー自身のアメリカGPに向けた意気込みの大きさがどれほどのものかは言うまでもないだろう。

 1981年7月30日、ケンタッキー州に生まれたニッキーは、家族全員がレーサーという環境で育つ。彼のゼッケン69が、父アールが現役時代に使用していたナンバーであることは有名なエピソード。兄トミーと弟ロジャー・リーは現在AMA(全米選手権)で活躍しているプロライダー。妹ジェニーはダートトラックでアマチュアチャンピオンを獲得しており、母ローズもかつてレディースカテゴリーで連戦連勝を重ねていたという。

 物心がつくと同時にバイクに跨ったニッキーは、18歳の1999年にAMA 600ccクラスチャンピオンを獲得、AMAスーパーバイクでは2002年にチャンピオンを獲得し、その器の大きさと将来性を買われ03年からMotoGPへの参戦が決定、レプソル・ホンダ・チームへ大抜擢された。

§ 「とにかく彼は、常に前向きに物事を考えます」

 この当時を、レプソル・ホンダ・チームの田中誠監督はこんなふうに振り返っている。
「彼がAMAで乗っていたVTRの電装は私の手がけたものだったのですが、直接会っていたわけではありませんでした。実際に話をしたのは、昨年のブルノで私が助監督として現場に行った時からですね。いつもニコニコ好青年! というそのときの印象は今も変わりません。

 とにかく彼は、常に前向きに物事を考えている。ガッツもありますよ。それに、どんなに成績が悪くて辛いときでも、いらいらして誰かに八つ当たりし、嫌な思いをさせるということが絶対にない。いつも笑顔を忘れない、芯のしっかりした優しい奴です。

 また、良い意味でガキっぽいところもあって、メカやスタッフと一緒になっていたずらをする時があります。たとえばル・マンの事後テストでの出来事なんですが、赤旗中断の時にあまりに暇を持て余して、そのときにふと思いついたんでしょうね。ホスピに飾ってあるレプソルカラーのミニバイクにまたがって、スタッフに押してもらってピットから勢いよく飛び出して行ったんです。私も『あれっ! エンジンかかってないぞ? なんだ??』って思って……、騙されましたね。本物と大きさは全然違うけど、カラーリングの出来が良くて、まったく気付きませんでした! 分かった途端に周りはみんな大笑いですよ。いつかまた、みなさんのいる前でやらせたいと思っています。今度は監督命令でね!!」

 ところで、AMAの独特の人気をよく示す映像資料がある。ブルース・ブラウン監督のドキュメンタリー映画『栄光のライダー(On Any Sunday)』だ。全米を転戦するダートトラックレースライダーたちの生活や、サーキットに大挙して集まる観客たちの嬉々とした表情を克明に映し出すこの映画は、欧州のグランプリに対する熱狂とはまた違った、AMAならではの温かく陽気で人なつこい雰囲気を非常によく伝えている。その人気が今も当時と変わらないことは、シーズン開幕のデイトナウィークに全米から大挙して観戦客が集まることを指摘しておけば充分だろう。それだけに、MotoGPとAMAが併催される今回の第8戦アメリカGPは、チケット発売開始と同時に予約が殺到し、全ての観戦席は既に「SOLD OUT」となっている。

§ 「ダイナミックなあの走りは感動モノ」

 さて、今回の"ホームグランプリ"アメリカGPを迎えるにあたり、今シーズンの流れは、ニッキーにとっても良い状態で推移してきたと言えそうだ。
「ニッキーは、ここにきて良くなってきています。レースでもまれて、いい経験を積んでいますよ」 と、田中監督は、一戦ごとに着実に学習と成長を続けている様子を評価する。

「彼の特徴は、なんと言ってもあのスライディング・テクニックでしょう。ダイナミックなあの走りは、誰が見ても感動モノです。普通ならすぐに転んでしまいそうなものですが、彼は転ばないんですね。第1戦ヘレスでは残念ながら転倒してしまったけど、ニッキーの転倒回数は意外に少ないんです。

 しかし、長丁場のレースでは、あのダイナミックなスライディングがタイヤを痛めて、最後にタレてしまう原因を作っている場合もあると思います。今のところ、この走法は彼にとって諸刃の剣かもしれない。ここ一発の秘密兵器として封印して、レースを速く走る方法を会得すれば怖いもの無しですね。ちょっとしたきっかけが、彼を大きく変えると信じています。」

 今回レースの舞台となるラグナセカは、全長3,610メートルと全17戦のうちでも最短で、右コーナー4に対して左コーナー7で構成されている。超高速の1コーナーや、7コーナーの登りを経て左・右と急速に下りるブラインドコーナーを切り返す通称"コークスクリュー"など、スリリングでテクニカルなレイアウトは「ローラーコースターのよう」との形容がまさにぴったり当てはまる。ちなみに、今回のMotoGP開催にあたり、1コーナーやコークスクリュー、9コーナー、最終コーナーなどに、安全性を考慮した改修が加えられた。

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