最終話 8耐圧倒、VTR1000SPW
 1978年にはじまった年に一度の耐久の祭典。長き伝統を持つ8耐は、2000年を前に22戦を数えていた。その22戦でHondaは14勝。半数以上の大会で勝利を挙げている。1994年から市販車ベースのスーパーバイクレギュレーションとなって投入されたRVF/RC45が1999年までの直近の6年間で5勝。1997年から3連勝を成し遂げていた。
 このまま21世紀の8耐でも勝ち続けたい。Hondaは、勝利への熱い願いを込め、世界スーパーバイク選手権用に新開発されたVTR1000SPWを8耐へと投入した。VTR1000SPWは、999cc水冷4サイクルV型2気筒DOHC 4バルブエンジンを搭載するマシン。つまりHondaは、8耐マシンにおいて1982年のRS1000RW以来13年間続いたV型4気筒エンジンを、V型2気筒へとスイッチしたことになる。新たなV型2気筒エンジンが発生するパワーは180PS以上。それで、わずか162kgのマシンに凄まじい加速力を与える。
 
 2000年の8耐でこのマシンに跨がったのは、宇川徹/加藤大治郎、そしてコーリン・エドワーズ/バレンティーノ・ロッシ、伊藤真一/鎌田学である。世界を舞台に活躍するトップライダーたちだ。したがって、このVTR1000SPWも、市販車VTR1000SP2をベースとしながら、ほんの一握りのライダーのみが扱えるような、尖ったハンドリングマシンに仕上げられた。
 「市販車ベースとは言っても、足まわりのセッティングでガラっとハンドリングは変わります。積極的に速く走ることを追求しているライダーのニーズにいかに応えるか。それだけを考えた仕様になっている。たとえば、ほんの少しペースを落としてファジーな乗り方をしただけでも、このマシンの狙っている所から外れてしまう。だから、ライダーは絶えず積極的に速く走ることだけを考えなくてはならない」
 
 「でも、Vツインは独特のパルス感のある回り方でドドッと加速するため、ライダーはあまりスピードを感じないんです。直4時代はエンジンをギュンギュン回して乗るので、『スピードを出しているな』という感覚が強い。直4の後V4になってもう少し低周波のエンジンになり、そしてさらに低回転のVツインになった。ハンドリングはシビアですが、エンジンのフィーリングとしてはあまりライダーに負担を掛けない作りになっていますね。回転領域も、直4やV4に比べておそらく3000回転くらい低いので、ライフ的にも燃費的にも良くなっていると思います」
 低いエキゾーストノート。音だけを聴いていると、第三者もスピード感を感じにくい。だが、Vツインは低い回転域からしっかりしたトルクを引き出せるので、コーナーの脱出がいい。スロットルの開けはじめからしっかりとマシンが前に出て行き素早く加速していく。
 
 ハンドリングについて、もう少し具体的に知りたい――。
 「このマシンは、しっかりと体を使わなくては曲がりません。乗車位置もだいぶ前になり、旋回力を高めるためフロントに荷重が掛かる仕様になっています。エンジンもグッとフロントに持ってきていて、フロントから強力に旋回していく設計になっています。リアタイヤのグリップは、ライダーというより車体設計で補っていくセッティングです。
 だから、グランプリマシンのように、フルバンクが楽しいですね。倒していったほうがこのマシンは面白い。どんどん倒していくことができ、そのときの安定性が非常に高い。だから、中途半端な乗り方じゃなく、フルバンクからフルバンクまで一気に持っていき、絶えず積極的に攻めていくマシンです。鈴鹿のS字がものすごく面白いと思います。
 そして、しっかりとアクセルを開けていくと、リアはある程度グリップしながらVツイン独特のトラクション感のあるパワードリフトをしていきます。そこからググッと向きが変わっていく感じですね」
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