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時代を変えたNS500とNSR500、異次元のRC211V。
 宮城光は、子供の頃から、恋するような気持ちでHondaのロードレーサーを見つめ続けてきた。その男がRCB1000の次に跨がったのはNS500である。これまた憧れのフレディ・スペンサーを乗せたゼッケン1番の1984型最終モデル。1979年にHondaは、2ストロークレーサー全盛時代にあえて4ストロークエンジンを搭載したNR500を擁してグランプリに復帰した。そこで味わった雪辱を晴すべく投入したHonda初の2ストロークレーサーがNS500だ。1982年のデビューレースから予選2位、決勝は3位表彰台を獲得。NS500とスペンサーは、このレースで一気に世界の注目を集めた。翌1983年、スペンサーはNS500で6勝を挙げチャンピオンに輝く。

NS500
「乗った第一印象は、とにかく爆発から来るエンジンのトルク感がものすごいと感じましたね。V型3気筒の500ccエンジンは、モーターのように滑らかに回るのではなく、大きなピストンがドン!ドン!と爆発している感じでした」
 そのエンジンの鼓動に、宮城はHondaの当時のエンジニアの情熱も感じ取った。
「他車は4気筒のロータリーバルブで、高回転域はパワフルだけど低回転域が弱かった。一方このバイクは、V型3気筒にして、モトクロッサーのノウハウを活かしたピストンリードバルブを使ってます。低回転域のトルクを重視したわけです。そのトルクフルなエンジンをコンパクトな車体に積み、重心を下げて、太いタイヤで旋回力を出しつつ、小径ホイールで空気抵抗を減らす。ブレーキ性能もきっちり高めて攻められるバイクにする。そういったつくり手の情熱が全部伝わってきましたね。ペタッと寝かしてクルッと回れる。スペンサーが、ケニー・ロバーツと勝負していたときにそういう走りをしていたのは、このバイクあってのことだとよくわかりました」
「1998年のHondaの創立50周年イベントで、フレディ・スペンサーが来日してツインリンクもてぎでこのNS500に乗ったとき、『レースのすべてのシーンが蘇る』と言っていました。僕はNS500に跨がった瞬間、その頃のファンとしての気持ちすべてが蘇りましたよね。ちょっと横乗りでちょっと膝が前に出てね、華麗に駆け抜けていく・・・まるでスペンサーになったような気持ちで、自然とそういう乗り方になりましたね」

思い出のバイクとして飾っておきたい初期型NSR500
 1984年になると、HondaはV型3気筒のNS500に加え、V型4気筒のNSR500を投入した。この年、スペンサーは両方のバイクで闘っている。
「このときから、また絶対ピークパワーを追求する時代になっていったんです。レイアウトが、どのバイクもツインスパーフレームにV型4気筒と画一的になっていくなかで、勝つためにはとにかくパワーだと。そのパワーを上手く扱えるライダーが乗って勝てばいいという時代です。90年代半ばまで」
 宮城がレストアの動態確認(走行テスト)で乗ったのは、1989年型のNSR500。エディ・ローソンがチャンピオンを獲得したバイクだ。しかし宮城自身、1988年にHondaのワークスライダーとなったとき、このNSR500で全日本GPを闘っている。
「エンジンは、等爆といって2気筒ずつ交互に等間隔で爆発するのでモーターみたいに回るんです。ホントにビィーン!といって回りますよ。それで高回転になると、ドッカン!とパワーが立ち上がる。このバイクに乗ると、僕自身が500ccでレース活動していたときのことを思い出します。パワーの固まりですよ。とにかく、中速から高速にかけて速度を上げていったとき、フロントがピンピン浮きますから。雨の中を走るとずっとホイールスピンしているようなバイクでしたね」
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