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20000回転で静寂が訪れた。
発進時のクラッチミートの回転数は、14000から15000回転。足で地面を蹴って惰性を与えながら、繊細な操作でクラッチをつないでいく。1速はほとんど半クラッチ。17000回転ぐらいで2速へシフトアップ。瞬時に落ちる回転を素直に引っ張り上げていくと、15800回転、18500回転ぐらいでトルクの谷に引っ掛かる。通常のレースエンジンはトルクの谷が1回。しかし、20000回転まで回るこのエンジンは、トルクの谷が2回ある。
「ツインリンクもてぎで言うと、ストレートで全開にした状態からシフトダウンして1コーナー、2コーナーと入っていくと、どうしても回転が下がってくる。動態確認では、レースのようにコーナーを攻めませんから。
16000回転を切って、15500とか15000くらいまで落ちると、ちょうどトルクの谷に引っ掛かりだす。そうなるとアクセルを開ける操作が極端に難しくなりますね。まさにミリ単位の操作です。ほんのわずかに開けても、閉めてもかぶる。一旦かぶりだしちゃうと、このエンジンはかぶりがなかなか取れないですね。ライダーのミスを許してくれない、まさに髪の毛一本のトルクカーブで高回転、高出力をめざしたエンジンなんです」
宮城はRC149のエンジンをできるだけトルクの谷に引っ掛かけないように走るが、どうしても避けられなかったとき、自分が点火プラグになったつもりで走るという。
「自分が今プラグだったらどうなってるのか?頭にびちゃびちゃっと、ガソリンがきてるのか、乾いてんのか?うまく爆発してんのか?ということを全身で感じながら、アクセルを腕じゃなしに気持ちで開けていくんですね」
ライダーは速く走りたい。つまり早くアクセルを開けたい。でもそれではかぶる。だからといって閉めていると車速も回転も落ちてもっとかぶる。遅くもなる。RC149を駆っていた当時のライダーは、速く走りたいという情熱に加え、マシンと一体となって対話する繊細なハートがなければ走れなかったのだ。
「このマシンで闘ったライダーは偉大ですわ」
宮城はそう言った。しかし彼自身も、乾いたエキゾーストをキープして、彼はこの気難しいエンジンを見事に吹け上がらせる。マシンと一体となる繊細なハートの持ち主なのだ。彼がレストアレーサーの動態確認を任されるのは、そういう資質を認められているからだろう。
そして、彼が何よりも驚いたのは、エンジン回転が20000回転を超えたときだった。
「不思議なことに、静寂が訪れたんです」
5気筒でバランスがいいとはいえ、19000回転まではそれなりに振動もあり、クランクやギヤが回っている感覚があった。そこまでは「よく回るエンジンだ」と思ったという。しかし、タコメーターが19500を超え、20000を超えると、「もっと振動するだろう」という思いを裏切り、RC149のエンジンに気持ち悪いくらいの静けさが訪れたというのだ。
「電気モーターみたいなエンジン・・・なんていう言葉が粗雑に感じるぐらい」と宮城はその回転感覚を表現した。
「昔よく先輩に聞いた話ですが、上手いライダーが乗るとエンジンは潰れないし、車体にもクラックが入らない。でも遅い選手が乗ると、いわゆる振動が出る領域で走らせるから、マシンにクラックが入ると。このマシンに乗ったとき、その言葉を思い出しましたね」
当時のエンジニアは、20000〜22000回転の領域で走ることをきっちりと想定した仕上げをしていたに違いない。コレクションホールのレストアにより、その精緻なエンジンに込めたHondaの情熱が息を吹き返したのだ。
よほど衝撃的だったのだろう。宮城は表現を変えて何度もその静寂感を表現した。「テーブルの上に水を流すと、水の膜が貼るでしょ。そこに下敷きを上からそっと置くと、すうっと滑っていく。あの感覚ですよ」
「クランクとベアリングの間にはエンジンオイルが入ってるわけなんですけど、そのオイルの分子やら原子の粒が無限に小さくて、摩擦抵抗がほとんどないような感じです」
五感を全て集中しているにもかかわらず、エンジン音もほとんど聴こえなくなる。真空の世界を疾走するような不思議な感覚だという。 |
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