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2019年4月16日(火)

MotoGPレジェンド、ニッキー・ヘイデン氏のナンバー「69」が永久欠番に

MotoGPレジェンド、ニッキー・ヘイデン氏のナンバー「69」が永久欠番に

2006年、最高峰クラスのMotoGPクラスで世界チャンピオンに輝き、MotoGPで22人目のレジェンドライダーとなったニッキー・ヘイデン氏のメモリアル・イベントが、アメリカズGPが開催されているサーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)で行われました。

ヘイデン氏は、2017年5月、サイクリング中の事故で亡くなりましたが、いまもなお、ライダー仲間はもちろんのこと、MotoGP関係者、そして世界中のファンに愛されています。

アメリカズGPが開幕した12日金曜日には、彼が愛用したナンバー「69」が永久欠番となり、記念のトロフィーが家族に贈呈されました。このイベントには、ヘイデン氏の父・アールさん、母・ローズさん、兄弟のトミーさんとロジャー・リーさん、姉妹のジェニーさんとキャサリンさん、そして家族の愛する人、ライダー、MotoGP関係者、メディアなど多くの人が見守る中で行われました。

金曜日の夕方には、MotoGPのパドックのすべての人が、COTAの18コーナーのアウト側の「ヘイデン・ヒル」に、ライダー、MotoGP関係者、チームスタッフやマーシャルなど大勢の人たちが集まり、ヘイデン氏が2006年にタイトルを獲得したRC211Vと記念撮影を行いました。

決勝レースが行われる日曜日には、MotoGPクラスがスタートする直前のグリッド上でヘイデン氏が乗ったRC211Vと家族が出席、永久欠番となった「69」番のセレモニーが行われます。

ヘイデン氏は米国ケンタッキー州で有名なモーターサイクルレーシングファミリーに生まれ、ザ・ケンタッキー・キッドというニックネームがつけられました。最初はダートトラックのレースで名前が知られます。その後、ロードレースに転向してからは、そのキャリアのほとんどをHondaのマシンとともに歩み、Hondaのレーシングファミリーの一員として活躍しました。

1999年にはCBR600RRでAMAスーパースポーツのタイトルを獲得しました。2002年には、RC51(VTR1000)でAMAスーパーバイクのチャンピオンに輝きます。その翌年、03年にはRC211VでMotoGPクラスにチャレンジを開始。このマシンでヘイデン氏は3回の優勝を達成し、2006年には最終戦バレンシアGPでチャンピオンに輝き、世界中のレースファンを感動させました。その後、スーパーバイク世界選手権に転向し、16年のマレーシアではCBR1000RRを駆り優勝。MotoGPとスーパーバイク世界選手権で優勝する数少ないライダーのひとりとなりました。

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