Honda
モータースポーツトライアル世界選手権「4V2」
第4話(最終話)「2006“挑戦2年目”へ、リベンジの時」

慣れない4ストに乗り込んできた、その疲れが出たようだ。乗り慣れた2ストよりも、腰への負担が大きいことは確かだった。無理が重なったことで、肝心の腰がドイツGPで悲鳴を上げたのだ。精神的重圧もまた、その引き金になったのかもしれない。結局、いくつものマイナス要因が重なってしまい、それが不本意な結果につながったといえる。
それでも、藤波選手は、持ち前のプラス思考を失っていなかった。「僕の成績は悪かったけれど、得るものは多かった。来年はもう1回チャンピオンを取れると思う」と、あくまでも前向き。課題も明らかになった。マシンとのマッチングがまだ十分ではなく、ミスした時のリカバリーが効かないことがある、それが多くの減点5につながっていた。「いつも100%の力を出していなければ勝てないのでは、勝ち続けることはできない。80%でも勝てるようにしないといけない」というわけだ。
“フジガス”の異名をとった、藤波選手のパワフルなライディングは、かつてはセクションを飛び出してしまうこともあった。その彼が、世界チャンピオンにまで上りつめたバックボーンの一つには、人並み外れたリカバリー能力の高さがあった。それが、新型4ストでも発揮されるようになった時、藤波選手のタイトル奪回は夢ではなくなる。そしてまた、ドイツGPでの教訓は、マシンをより扱いやすい方向へと進ませる原動力にもなっている。

最高の結果は得られなかったものの、1年目の挑戦は大きな収穫をもたらせた。新型4ストで、タイトル獲得の可能性は十分あることを実証。ラガ選手には破れたが、他の2ストロークに乗る選手たちには、全て勝っている。新型4スト勢の中でも、藤波選手がランプキン選手らを抑えきって、最高成績を叩き出した。04世界チャンピオンの実力は、慣れない新型4ストで05年こそ苦戦したが、06年につながる期待を抱かせた。

年の暮れもせまった、05年11月29日。茨城県の真壁トライアルランドで、専門誌の報道関係者向けに、藤波選手が乗ったワークスマシンの試乗会が行われた。そこで、新型4ストの強力な武器として披露されたのは、ある「切り替えスイッチ」だった。

トライアルバイクでは初の試みである、新開発のフュエルインジェクション(燃料噴射装置)。コンピューターで制御されたこのインジェクションは、パソコンと接続することによって、点火時期と燃料噴射量を変更することができる。そのマップを、「ウェット用」と「ドライ用」にあらかじめ2タイプ用意して、ハンドルに取り付けた「切り替えスイッチ」で容易に変更できるようにしたのだ。

そもそもは、「ウェット」=滑りやすい路面で、4ストのネガな部分が問題になった。2ストに比べて、4ストは“ガス交換”がきちんとできるだけに燃焼の圧力も強く、とくにスロットルの開け始めからドーンと力が出る。そのため、滑りやすいところでは、後輪がグリップを失ってしまう。当初は、いわゆるジャジャ馬のようで、それが藤波選手らを悩ませた。一方、「ドライ」=乾いた路面用に、パワフルな部分も残しておきたい。その相反する要求を両立させるために考えられたのが、「ウェット用」と「ドライ用」を用意して、スイッチで切り替えるアイディアだった。この新型4ストならではの武器について、藤波選手はこう語る。

「これは2ストロークマシンでは、出来なかったことです。2ストでは点火時期を変えるだけでしたが、新型4ストは燃料噴射量も変えられるので、まったく別次元。まるでエンジンが、別のエンジンに変わるくらい、大きく違います。 ウェット用は、パワーの出方が少しマイルドで、コントロール重視。滑るところ、ていねいに行きたいところで使います。ドライ用は大きな段差やヒルクライムなど、高回転まで力強く伸びて欲しいところ、岩から岩へ跳びたいところ用ですね。パワフルなところは、04年に乗っていた2ストのワークスマシン以上にパワフルだと思います。 なによりも開け始めから常にトルク感があるので、それがネガになっていた部分もありましたが。その部分をマイルドにすることによって、そのトルク感を生かして、2ストよりもゆっくり走れる。それが、新型4ストの一番の武器ですね。
また2ストでは、3速ギヤでの発進は難しかった。でも、新型4ストは常にトルク感があって、3速でもついてくる。これまでは、セクション走行で通常使うのは1速と2速で、3速は移動用やヒルクライム用でした。ところが、滑りやすい路面から発進したい時にも、3速が使えるようになったのです。メインに使うのは2速ですが、大きな段差を上るときに3速を使うこともあります。
世界選手権の開幕戦(06年4月2日/.スペイン)をめざして、エンジンの軽量化など、これからもっと煮詰めていきたいところは色々あります。インドアトライアル的な人工セクションでも、成績を出せるように、テストをこなしていきたいと思います」

05年12月3日、東京のホテルニューオオタニで、藤波選手と秋山直子さんの結婚式が行われた。2人はすでに04年5月5日に入籍をして、同年10月5日には長女の夢奈(ゆめな)ちゃんも誕生したが、トライアル世界参戦や新型4ストのテストを優先させるため、結婚式は後回しになっていた。

「けじめとして、結婚式と披露宴をすることができました。皆様に感謝するとともに、これで心残りなく集中できるので、絶対にチャンピオンを取って皆様にご報告したいと思います」。チャンピオン奪還に、あらためて闘志を燃やす、藤波選手だった。

06シーズンは、インドアトライアル世界選手権第1戦(1月7日/イギリス・シェフィールド)から開幕。 05年の藤波選手は、インドア開幕戦は市販車ベースのマシンで挑みながらも、3位表彰台をゲット。ワークスマシンの開発とテストを重ねながら参戦した、シリーズ戦の結果は、インドア世界ランキング5位となっていた。しかし06年は、05年とは大きく違う。インドアでも、大活躍が期待できそうだ。

 4月2日にはスペインで、トライアル世界選手権シリーズが開幕。また6月3〜4日は、第4戦「ウイダー日本グランプリ」が、栃木県のツインリンクもてぎで行われる。06年は、ラガ選手をはじめスペインの若手ライダーたちも台頭して、より熾烈なタイトル争いとなることが予想される。だが、藤波選手V2の可能性は、05年よりも高いといえるだろう。

挑戦2年目、藤波選手&新型4ストローク・マシンは、いよいよリベンジの時を迎える。
 
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