その瞬間、藤波はひとしきり天を仰いで、大きく息をついた。
 9月5日、世界選手権最終戦、その日曜日。最終15セクションを出て、すべての競技を終了した藤波は、大きな深呼吸のあと、観客席に向かって、拳を振り上げて見せた。
 藤波貴久が、ついに世界選手権トライアルの王座を獲得した瞬間だった。
 
 世界選手権最終戦は、スイスはチューリッヒの西方の小さな街、ムティエで開催された。パドックの横には牛たちがカランコロンと鐘の音を奏でながら、のどかに歩き回っている。これが、藤波の世界タイトル獲得の舞台だった。
 木曜日のお昼に現地に入った藤波に、緊張の影はまったく見られない。本人も「世界タイトルのことは、なにも意識していない」と言い切る。藤波に課せられた仕事は、最終戦の2回のトライアルで、ライバル、ドギー・ランプキンとの間に築いた24点差を守りきればいい。勝たなくても、8位を2回でいい。藤波のこれまでの戦いを見れば、わけもない。すでに、最終戦を前にして、夢はかなったも同然。緊張など、しなくてもいい戦況だった。
 セクションは、いつになく難セクション。そびえ立つ絶壁がそこここのセクションに用意されている。小さなミスを気にすることなく、思い切ってチャレンジできるセクション設定は、藤波にとっては戦いやすい。金曜日の下見で、藤波の表情は明るかった。

 土曜日。いつものように試合が始まる。藤波は、スタート順を決めるくじ引きで、一番最後を引いた。誰よりもスタートが遅い。全員のトライを見ながら試合を進められる、戦いやすい位置だ。
 しかし藤波は、あえてこの特権を利用することなく、自分のペースでセクションにトライした。その結果、ライバルのランプキンや、そのランプキンとランキング2位争いを展開しているアダム・ラガには、やや先行して試合を進めることになった。
 計算上は、ランプキンのチャンピオンの可能性は残っている。しかし残り2戦で24点差は、逆転するには限りなく大きい。この前までは「最後まで全力を尽くす」と言っていたランプキン自身も「タイトル獲得は絶望的だが、最後に勝利を飾るべくがんばる」とコメントの方向が変わっている。ランプキンにすれば、たった4点差に迫られているラガとの2位争いに勝利することの方が、はるかに現実的な目標だった。

 1年前、藤波は最終戦にあって、チャンピオン候補の一人だった。ランプキンとのポイント差は、最終戦を迎える時点で10点。大きな点差だが、可能性のないことではない。藤波が両日ともに1位で、ランプキンが両日ともに3位なら、藤波が逆転チャンピオンとなる。
 1年前のあの日も、藤波は緊張感なく、いつもと同じように振る舞っていた。しかし、第1セクションの入り口で、誰もが問題なく登っていく岩を登りそこねて5点になった。そしてそのまま、勝利はおろか、表彰台にも届かない5位に沈んだ。10点のポイント差を縮めるどころか、その差が16点に開いた。タイトル争いは最後の最後まで持ち越されはしたが、藤波がチャンピオンになるには、ランプキンが12位以下となるのが条件となる。ほとんどあり得ない。
「チャンピオンになるには、勝つ以外にはすることがないので、なにも考えず、優勝を狙っていく」
 試合前に語った藤波だが、その走りは本来のものとは遠く、最後の決戦は4位。ランプキンにさらに点差を広げられて、最後には18点差でタイトル獲得競争に敗北した。
「あれはくやしかった。負けただけでもくやしいのに、そのあとにドギーのチャンピオン祝勝パーティがあって、そこに出ていかなければいけない。それがとってもくやしかった。あんな思いは、二度としたくなかった」
 
■2003年ポイントスタンディング

ライダー 総合 アイルランド ルクセンブルク ドイツ 日本(もてぎ) アンドラ スペイン イタリア フランス ヨーロッパ
D1 D2 D1 D2 D1 D2 D1 D2 D1 D2 D1 D2 D1 D2 D1 D2 D1 D2
D.ランプキン 308 17 20 17 17 13 17 15 15 20 17 17 17 20 17 17 20 17 15
 ポイント小計 17 37 54 71 84 101 116 131 151 168 185 202 222 239 256 276 293 308
藤波貴久 290 20 13 13 13 20 15 20 17 17 15 20 11 17 20 20 15 11 13
 ポイント小計 20 33 46 59 79 94 114 131 148 163 183 194 211 231 251 266 277 290
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