SUPER GT 2013 GTプロジェクトリーダー 松本雅彦 現場レポート
vol.78 2013年シーズン総集編(前編) チャレンジだった“最終シーズンの大改革”フロントラジエーターとサイドエキゾーストを試みる

 公式戦に続いてエキジビションレースの富士スプリントカップも終了し、これで2013年シーズンは本当の意味で終わりを告げました。いえ、2013年という一つのシーズンだけでなく、HSV-010 GTで戦ってきた4年間が幕を閉じたというべきでしょう。

 この4年間をおおまかに振り返ってみますと、デビューシーズンの2010年はHondaとして2勝を挙げてチャンピオンを獲得。翌11年はタイトルこそ逃しましたが、#1 ウイダー HSV-010はシーズン2勝を挙げてシリーズ3位に食い込みました。苦しかったのは続く12年で、この年は1勝しか挙げられず、#100 RAYBRIG HSV-010のシリーズ5位がHondaとしての最高位となります。なにかしらの対策が必要なことは明らかでした。

 もともとコーナリングマシンをコンセプトに開発されたHSV-010 GTは、FR(フロント・エンジン/リア・ドライブ)としては極限的なコーナリング性能を実現すべく、デビュー2年目の2011年にラジエーターの位置を一般的な車両前部から前輪後方へと移設したサイドラジエーター方式を採用しました。重量物であるラジエーター(実際にはラジエーターそのものもさることながら、内部を満たしている水の重さも無視できません)を車体の中心近くに移すことでZ軸回りの慣性モーメントを小さく抑え、回頭性を改善しようとしたのです。この改良により、確かに慣性モーメントは小さくなりましたが、それとともにマシンの性能を語る上で欠かすことのできない重心高まで上がってしまい、この影響でセッティングに時間のかかる扱いにくい車両となっていました。

 一方、HSV-010 GTのエンジンには最終的な出口を一本にまとめた排気系を用いていました。テールパイプを車体の最後方に設けたこの排気系は、低速トルクを引き上げるのに比較的有利なことと、甲高くて美しいエキゾーストサウンドを奏でることが長所でした。一方、Honda以外の2メーカーはサイドエキゾーストといって、車体の比較的前方の両サイドにテールパイプを設けた短い排気系を用いています。このサイドエキゾーストは、経路が短いために排気系自体が軽量、同じ理由により高回転域のパワーアップを図りやすいといった長所を備えています。しかも、2013年はGT500クラスのレギュレーションが改正され、エアリストリクターが2サイズアップされることになっていました。この場合、より排気効率の高いサイドエキゾーストと組み合わせれば、現状の“一本出し”を大幅に上回るパワーアップが期待できます。

 重心高の低下を実現するラジエーター・レイアウトの変更とサイドエキゾーストの採用。低迷した2012年シーズンの雪辱を果たすには、この2つが是非とも必要でした。しかし、2013年はHSV-010 GTにとって最後のシーズン。翌年は新レギュレーションに沿って開発された「NSX CONCEPT-GT」のデビューが決まっていました。たった1年間を戦うだけのために、全くの新車を作り出すのに匹敵する大規模な開発を行っていいものか? また、そのような大規模な開発に見合った成績が本当に収められるのだろうか? GTプロジェクトを預かる私は悩みに悩みました。

 しかし、最終的には「HSV-010 GT最後のシーズンをどうしても勝利で飾りたい」という思いが勝りました。なに一つ妥協することなくHSV-010 GTの最終形を作り上げて、自分たちの開発方針が間違っていないことを証明したい、そう考えたのです。とはいえ、大規模な開発を無闇に進めるわけにはいきません。そこで私たちは2012年シーズン中にじっくりシミュレーションを行い、これらの改良によってどの程度パフォーマンスが向上するかを徹底的に検証しました。それと同時に、車両性能の向上に最も効果的なラジエーターやエキゾースト系のレイアウトを検討しました。これらの基本的なシミュレーションによって、ある程度の感触をつかんだ私は、熟考を重ねた末、慣性モーメントが小さく重心高の低いフロントラジエーターレイアウトと、エンジンパワーの面だけでなくエアロダイナミクスの点でも有利なサイドエキゾーストの採用を決断します。

 なぜ私が頭を悩ませたかといえば、どんなにシミュレーションを行っても、実際のところは現実にモノを作って試さなければ分からないことに理由がありました。確かに、性能がどこまで上がるかはシミュレーションでおおよそ分かります。けれども、ドライバーを満足させるハンドリング特性が実現できるのか、セッティングはしやすくなるのかといった点は、やはり実車でテストしない限り分からないのです。しかも、これだけ大規模な開発を行ったのですから、「テストしてダメだったから元に戻す」というわけにいきません。それでも、私はこれらの開発にゴーサインを提示しました。きっと、挑戦すべき課題が目の前にありながら、それを素通りすることが許せなかったからでしょう。そして「今こそHondaのチャレンジングスピリットを発揮すべき!」と、開発メンバーの多くがこの考え方を支持してくれたことも私の決断を後押ししました。

 2012年のシーズン半ば以降、翌年に向けた開発が急ピッチで進められていきました。ラジエーターはフロントの低い位置にレイアウトする一方、高水温冷却系とすることでラジエーターの小型化と使用する冷却水の量を減らすことに成功、これでラジエーターを車両前部に積んでいながら慣性モーメントの増大を最小限にとどめる道筋ができました。一方、サイドエキゾーストでエンジンの大幅なパワーアップが可能なことはあらかじめ確認できていましたが、テールパイプの位置をどこにするかによってエアロダイナミクスに大きな影響を与えることが次第に明らかになります。しかも、エアロダイナミクスにとって都合のいい位置にテールパイプを設けると、エンジンパワーを向上させるには不都合なレイアウトになることも分かってきました。

 エアロダイナミクスをとるべきか、エンジンパワーを優先すべきか。私たちは例年行っているオフシーズンテストを年内は見合わせ、ギリギリまでシミュレーションとものづくりの設計に没頭しながら、サイドエキゾーストのレイアウトをどうするかについて検討を繰り返しました。私たちが年明けのテストでなにを試し、そこでどんな結論に達したかは、次回、2013年シーズン総集編の後編でご説明することにしましょう。