SUPER GT 2013 GTプロジェクトリーダー 松本雅彦 現場レポート
vol.77 富士スプリントカップ・レビュー 2013年のマシン開発が結果となって表れた富士スプリントカップ #17 KEIHIN HSV-010(塚越広大/金石年弘組)が有終の美を飾る

 HSV-010 GTにとって最後のレースとなる富士スプリントカップが幕を閉じました。ここで#17 KEIHIN HSV-010に乗る塚越広大選手がレース1で優勝。そしてチームメートの金石年弘選手が翌日のレース2で6位入賞を果たしたことにより、#17 KEIHIN HSV-010は総合成績で合計25点を獲得し、GT500クラスでJAFグランプリのタイトルを勝ち取ることができました。Hondaファンの皆さまからは今回も熱い声援をお送りいただき、誠にありがとうございました。

 富士スプリントカップでは、そのほかにも#100 RAYBRIG HSV-010に乗る小暮卓史選手がレース1で3位に入ってくれました。なお、2010年に初開催された富士スプリントカップの総合優勝にあたるJAFグランプリをHondaが獲得するのは今回が初めてで、単一レースでの優勝は2011年のレース2で、#100 RAYBRIG HSV-010に乗る伊沢拓也選手が果たして以来、これで2度目となりました。

 この現場レポートでは何度もご紹介してきた通り、HSV-010 GTはコーナリング性能を徹底的に追求したレーシングカーです。このため、空力面ではダウンフォースが大きめで、その必然的な結果として空気抵抗も大きめとなっています。空気抵抗が大きく、エンジンパワーに差がなければ、最高速度は当然のことながら伸びません。ストレートの全長が1.5kmと、世界的にみてもほかに例をみない富士スピードウェイではコーナリングの速さもさることながら、やはりストレートスピードの伸びがラップタイムに大きく影響します。しかも、たとえコーナリングで速くてもレース中に追い抜くのは困難ですが、ストレートスピードに大きな差があるとライバルをオーバーテイクするのは容易になります。つまり、富士でストレートスピードが速いことは、戦略的にも有利な状況を作り出すことになるのです。

 けれども、我々はまずHSV-010 GTでコーナリングスピードを高めるという開発目標を掲げていました。そしてこの目標を達成したため、その当然の結果としてストレートが伸びにくいという弱点を抱えてしまったのです。これまで「HSV-010 GTは富士スピードウェイを苦手としている」と再三申し上げてきたのは、このためです。

 けれども、我々は2013年シーズンに向けてHSV-010 GTのパフォーマンスをさらに磨き上げました。サイドラジエーターからフロントラジエーターに変更することで重心高の低下を達成。さらにマスの集中化を図り、フロントラジエーターでもZ軸周りの慣性モーメントを最小限に抑えました。また、エキゾーストをこれまでのリアエンドではなくエンジンに近いボディーサイドに設けることで排気系全体の長さを短くして高出力化を実現。これは排気系の軽量化にも役立ちました。

 こうした基本的な運動性能の向上を図る一方で、我々は空力特性の改善にも取り組みました。エアロダイナミクスにおいては、一般にダウンフォースと空気抵抗はトレードオフの関係にあるので、一方を改善すれば他方は性能が低下し、他方を改善すれば一方の性能が低下するという現象が起きます。しかし、Hondaは独自の技術を投入してこのトレードオフの関係を克服。従来のダウンフォースを維持するか、もしくはいくぶん増やした上で、空気抵抗を大幅に削減することに成功したのです。

 この結果、今回の富士スプリントカップでは、もともと空気抵抗が小さくて最高速度の点で有利とされるレクサスSC430と同等のストレートスピードを実現することができました。レース1の8周目、#17 KEIHIN HSV-010に乗る塚越選手は#36 PETRONAS TOM'S SC430と並んで最終コーナーを立ち上がり、サイド・バイ・サイドのままストレートに進入。しかし、ここで#17 KEIHIN HSV-010はじわじわと#36 PETRONAS TOM'S SC430を突き放し、1コーナーまでにはその攻略に成功しました。このとき、HSV-010 GTがSC430よりストレートスピードの伸びがよいことがはっきりと証明されたと思います。同様のことは、今回の富士スプリントカップ中に何度も目撃されました。もっとも、必ずしもHSV-010 GTが勝つばかりではなく、ときにはSC430に敗れることもありましたが、ストレートスピードだけを取り上げればSC430と互角だったことは間違いありません。その上で、HSV-010 GT本来の強みであるコーナリングの速さも維持することができました。その意味において、今回の富士スプリントカップはこれまでのHSV-010 GTの開発方針が間違っていなかったことを証明する最高の舞台になったと考えています。

 一方、今回はウォームアップが一切ないまま公式予選を迎えたほか、富士スプリントカップでは決勝レースの距離が100kmと短いため、各チームの持ち込み時におけるセッティングが成績を左右する傾向はいつも以上に強かったと思います。その点で#17 KEIHIN HSV-010は有利な立場にあったといえます。とはいえ、5番グリッドからのスタートで優勝までこぎ着けた塚越選手の奮闘は賞賛に値すると思います。また、チームメートの金石選手も短いレース距離の中で9番グリッドから6位まで追い上げてくれました。今回のJAFグランプリのタイトル獲得は、2人のドライバーが力を合わせて勝ち取ったものだといえます。

 一方、小暮選手がレース1で3位に入った#100 RAYBRIG HSV-010は、伊沢拓也選手がドライビングしたレース2では5位に終わりました。これは、最近たびたび話題になる路面上のタイヤかすがトレッドにこびりつき、ペースアップを図れなかったことに原因があったようです。

 #18 ウイダー モデューロ HSV-010は山本尚貴選手がレース1で4位に入ってくれましたが、フレデリック・マコヴィッキィ選手が挑んだレース2は8位に終わりました。レース2ではタイヤとコンディションがマッチしなかったのか、後半でややペースが伸び悩んでしまったようです。

 #32 Epson HSV-010は道上龍選手、中嶋大祐選手ともに12位という不本意な成績にとどまりました。今回もタイヤとコンディションのマッチングを図れなかったことが不振の原因となりました。

 #8 ARTA HSV-010(松浦孝亮/ラルフ・ファーマン組)も2レース続けて13位に終わりました。これは第8戦もてぎで大クラッシュに遭った影響が残っていたものです。もちろん、我々は懸命にマシンの修復に努めましたが、ダメージがあまりに深刻なため、時間不足で完全な状態には仕上げられなかったのです。

 これでSUPER GTは2013年の全日程を終了しました。次回の現場レポートは今シーズンを振り返る総集編をお届けすることにしましょう。