GTプロジェクトリーダー 松本雅彦 現場レポート
vol.45 Rd.3 セパン・レビュー #18 ウイダー HSV-010を優勝に導いたドライバーの活躍次なる課題はHonda陣営全体の底上げ

 SUPER GT第3戦セパン大会で、#18 ウイダー HSV-010(小暮卓史/カルロ・ヴァン・ダム組)が今季初優勝を果たしてくれました。前回のレビューでもお伝えしたとおり、#18 ウイダー HSV-010はこのサーキットを得意としています。そして予選では小暮選手がポールポジションを獲得。決勝でも、小暮選手はスタートを完ぺきに決め、首位の座を守ったままヴァン・ダム選手にバトンを渡してくれました。そしてそのヴァン・ダム選手は、ようやく我々の期待に応える見事なドライビングを披露し、ミスなく走りきってトップでチェッカーを受けました。

 小暮選手は序盤から積極的にリードを広げると、その後は3〜4秒差を保って周回を重ねていきます。このとき、ピットで見守る我々は、小暮選手と、2番手を走るライバルのどちらが先にタイムが落ち始めるかを、固唾を呑んで見守っていました。結果は、我々の勝ち。タイムが落ち始めたライバルは、26周目にたまらずピットに飛び込むと、ドライバー交代、タイヤ交換、給油を終えてコースに復帰していきました。

 今年GT500クラスにデビューしたヴァン・ダム選手にとっては、これが初めての優勝争いです。そこで、彼には精神的に余裕をもって走り始められるよう、トップのままコースに送り出してあげたいと考えていました。また、ライバルと同じタイミングでのピットストップもできれば避けたいところです。そこで、ライバルがピット作業を行ったのを見届けたうえで、27周目に小暮選手をピットに呼び戻すことにしました。

 実は、ヴァン・ダム選手が走行するときにはハードタイヤを履かせる予定でした。彼は、まだ経験が浅いのでタイヤにかける負担が大きく、ソフトタイヤでは自分が担当する周回数をこなしきれない恐れがあったからです。ところが、ライバルのペースは我々の予想を上回っており、小暮選手の実力をもってしても4秒ほどしかリードを広げられませんでした。この状態でヴァン・ダム選手がハードタイヤを履いて走り始めれば、ライバルにオーバーテイクされても不思議ではありません。そこで、ピットストップ直前に、小暮選手と同じソフトタイヤを装着してヴァン・ダム選手をコースに送り出すことを決めました。ヴァン・ダム選手には間際になってこの判断を伝えましたが、きっと、予想外の展開に驚いたことでしょう。

 ヴァン・ダム選手がコースインしたとき、2番手を走るライバルとの差は3.5秒。それが2周後には0.3秒まで縮まりました。おそらく、その状況を見守っていた多くの人は、ヴァン・ダム選手が絶体絶命の危機に立たされていると思ったはずです。ところが、ここでヴァン・ダム選手は踏ん張り、じわじわとライバルを引き離していきました。

 最初の2周でライバルとのギャップが縮まったのは、ヴァン・ダム選手が慎重にタイヤをウオームアップしていたからです。ここで焦ってプッシュすればソフトタイヤは取り返しのつかないダメージを受け、あとでどれだけ慎重に走ってもソフトタイヤ本来のパフォーマンスを発揮できなかったはずです。しかし、ヴァン・ダム選手は落ち着いてこの状況に対処。ここからフィニッシュまで、ソフトタイヤの性能をフルに引き出して走行し、#18 ウイダー HSV-010を優勝に導いたのです。

 GT500クラスにデビューして3戦目、しかも優勝のかかった大一番で、これだけの走りができたヴァン・ダム選手の手腕は賞賛に値すると思います。これをきっかけにして、ドライバーとして大きく飛躍して欲しいところです。

 優勝した#18 ウイダー HSV-010に続いたのは、#100 RAYBRIG HSV-010(伊沢拓也/山本尚貴組)の6位でした。ポイントリーダーである彼らは、誰よりも重い60kgのハンディウエイトを積んでこの一戦に臨み、苦しい戦いを強いられましたが、そうしたなかで得た5点は、今後チャンピオンシップを戦っていくうえで大きな意味を持つはずです。

 とはいえ、今回2位でフィニッシュしたのは、46kgのハンディウエイトを積んで出走したランキング2位のマシンでした。#100 RAYBRIG HSV-010に比べれば14kg軽い状況とはいえ、それを差し引いても彼らのペースは速く、強敵であることは間違いありません。残念ながら、ポイントリーダーの座はこのライバルに奪われてしまいましたが、我々が今後の逆転を期するには、重いウエイトハンディを積んでも高い戦闘力を維持できるセッティングが必要不可欠です。この点は、#100 RAYBRIG HSV-010の今後の課題だといえるでしょう。

 #17 KEIHIN HSV-010(金石年弘/塚越広大組)は#100 RAYBRIG HSV-010と1秒差の7位でフィニッシュしました。今回はマシンの仕上がりが良好ではなく、予選で12番手に終わったほか、決勝でも実力を発揮しきれませんでした。#17 KEIHIN HSV-010のポテンシャルが高いことは折り紙付きなので、次戦での復活を願わずにはいられません。

 #32 EPSON HSV-010(道上 龍/中山友貴組)は持ち込んだタイヤとコンディションがマッチせず、予定外のピットストップを繰り返し、トップから2周遅れの11位で完走しました。ウエットコンディションとなった第2戦富士大会ではポールポジションを獲得するなど、タイヤとコンディションがマッチすれば強力なパフォーマンスを発揮できるチームなので、今後はさまざまな状況で上位争いができるように開発を進めていくつもりです。

 #8 ARTA HSV-010(ラルフ・ファーマン/小林崇志組)は予選13番手、決勝はリタイアと不本意な結果に終わりました。実は、バンピーなセパンを走るうちに振動でボンネットがわずかに浮き上がり、これでキルスイッチ(事故の際などに外部からエンジンを停止させるためのスイッチ)が誤動作し、エンジンが停止したことがリタイアの理由でした。本来、あってはならないトラブルなので、原因をよく究明して再発の防止に努めたいと思います。

 セパンでのレースを目標に開発してきたエアコン・システムに関しては、期待通りの成果を収めることができました。今後も第4戦菅生大会、第5戦鈴鹿大会と暑い時期のレースが続くので、新開発のエアコンがますます活躍してくれることでしょう。

 今回は#18 ウイダー HSV-010が優勝する一方で、苦戦を強いられたチームも少なくありませんでした。一部のチームだけでなく、Honda陣営全体の底上げを図ることも私の役目なので、今後、問題点をすべて洗い出し、次戦の菅生大会には初心に戻って挑みたいと思います。引き続き5台のHSV-010 GTに熱い声援をお願い申し上げます。