前回の特別対談でご説明申し上げたとおり、Honda GTプロジェクトリーダーの任を瀧 敬之介より引き継ぎました松本雅彦です。今後、この現場レポートも担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
2012年開幕戦となる岡山国際大会のプレビューとしてお届けする今回は、今シーズンのHonda GTドライバーの顔ぶれ、マシンの変更点、そして開幕戦に向けた期待などについてお話ししましょう。
まずは、今季のドライバー・ラインナップについて。去る2月3日に発表しましたとおり、2012年もHondaは5台のHSV-010 GTをSUPER GTに投入し、GT500クラスのチャンピオン奪回に挑みます。マシンとドライバーの組み合わせは以下のとおりです。#8 ARTA HSV-010はラルフ・ファーマン選手と小林崇志選手、#17 KEIHIN HSV-010は金石年弘選手と塚越広大選手、#18 ウイダー HSV-010は小暮卓史選手とカルロ・ヴァン・ダム選手、#32 EPSON HSV-010は道上 龍選手と中山友貴選手、#100 RAYBRIG HSV-010は伊沢拓也選手と山本尚貴選手です。お気づきのとおり、#8 ARTA HSV-010にファーマン選手が復帰したことと、#18 ウイダー HSV-010でロイック・デュバル選手に代えてヴァン・ダム選手を起用したこと以外に変更点はありません。残るチームは、HSV-010 GTを投入した2010年以来、不動の組み合わせです。そして、これまでの2年間で息がぴったりとあっており、今季もトップグループで活躍することが期待されたので、あえて手をつけませんでした。
一方の#8 ARTA HSV-010では、開発能力に定評のあるファーマン選手の復帰により、HSV-010 GT全体の開発を促進させるとともに、チームメートとなる小林選手の育成を図りたいと考えています。ファーマン選手はとても細かいことにこだわるドライバーで、数多くの開発テーマを試し、それを進化に結びつける能力を有しています。また、2010年第6戦の鈴鹿大会では、スポット参戦した小林選手が、ファーマン選手の手でセットアップされたマシンでポールポジションを獲得するという場面もありました。つまり、ファーマン選手のクルマ作りが小林選手のためにも役立つというわけです。その効果が現れるまでには多少時間がかかるかもしれませんが、きっと中盤戦から後半戦にかけては尻上がりに調子を伸ばしてくれることでしょう。
2010年に小暮選手とともにHSV-010 GTをチャンピオンに導いてくれたデュバル選手の離脱は残念ですが、ヨーロッパでのレース活動に軸足を移したいという本人の希望を受け入れ、代わりに2008年全日本F3チャンピオンのオランダ人ドライバー、ヴァン・ダム選手を起用しました。これまでのテストを見ていると、ヴァン・ダム選手もレースの条件に近いロングランでは小暮選手と互角のタイムを出していますが、ニュータイヤでのタイムアタックでは、車重の重いレーシングカーをあまり走らせた経験がないせいか、小暮選手にやや後れをとっています。そこで、1日も早くHSV-010 GTに慣れてもらうため、現在はヴァン・ダム選手になるべく多くの距離を走ってもらうようにしています。
続いて、2012年仕様のHSV-010 GTについて説明しましょう。
前回もお知らせしたように、今シーズンに向けては「サイドラジエターHSV-010 GTの正常進化」を開発のテーマに掲げました。もともとHSV-010 GTはコーナリングマシンとして開発された経緯があるため、空力的にはダウンフォースが大きく、このためドラッグ(空気抵抗)も大きめでした。これが富士ではストレートスピードが伸び悩む一因となっていたわけですが、今季はダウンフォースをなるべく損なうことなく、それでいながら少しでもドラッグを削り取るべく空力開発を進めました。具体的には、リアウイングステー、リアフェンダー周り、フロントフェンダー周り、フロントアンダーカバーなどの形状を見直しています。ぱっと見たところ大きく変化したようには思えないかもしれませんが、ドラッグは目標どおり削減することに成功したほか、ダウンフォースの合計は従来のレベルを維持しつつ、前後のダウンフォース・バランスをコースにあわせて調整できるエアロダイナミクスとしました。
これに加え、今季はレギュレーション変更によりエアリストリクター径が2ランク・アップし、エンジンの最高出力は40ps弱ほど向上しました。これは、同じくレギュレーション改正によりGT300車両が速くなったため、GT500車両が容易にGT300車両をオーバーテイクできることを狙ってとられた措置ですが、実際に、昨年までと同じようにGT300車両を追い越せるかどうかは未知数です。この点は、今季のSUPER GTを占ううえで大きなファクターとなるでしょう。詳しくは後述します。
もうひとつの変更点は、エアコンの装着です。2010年のセパン大会でドライバーを冷やすクールスーツにトラブルが続発したため、2011年はその対策に万全を尽くしました。結果としてトラブルは起きませんでしたが、ドライバーの皮膚の近くに氷水を流すことでドライバーを冷やすクールスーツは、局部的に身体を冷やすことにつながりやすく、快適性が高いとはいえません。そこで今季は、Hondaの軽自動車用エアコンをベースに開発した専用のエアコンシステムをHSV-010 GTに装着し、ドライバーが着座するシートに冷気を流し込む形態としました。こうすると、十分な冷房効果が得られるほか、シートの幅広い部分から冷気が吹き出されるため、ドライバーの快適性も向上します。このエアコンは、1月下旬にマレーシア・セパンでテストを行い、確実に動作することを確認してあります。今年の夏は、このエアコンがきっと大活躍してくれるでしょう。
マシンの進化にあわせて、4台のHSV-010 GTが装着するブリヂストン・タイヤも開発が進みました。昨年はライバルメーカーにやや後れを取っていた部分もあったブリヂストンですが、今季はコンスタントなラップタイムを刻めるよう、コンパウンドと構造を大きく見直しています。その性能は、すでにテストでも確認済みなので、今季はより柔軟な戦略がとれるようになると期待しています。
テストの話が出たところで、3月上旬の段階でオフシーズンテストについてここでまとめておくと、まず昨年12月に一度、岡山国際でテストしたのを皮切りに、1月下旬にセパン、2月上旬に富士、2月下旬に鈴鹿、3月上旬に富士と、これまで計5回のテストを行いました。内容的にはいずれも順調で、マシンの進化を確認したり、ドライバーに走り込んでもらったり、ピットワークを含めたさまざまなトレーニングなどを行っています。今後は3月17〜18日に岡山国際サーキットで開かれる合同テストでシーズン前の総仕上げを行い、3月31日〜4月1日での開幕戦に備えることになります。
ところで、ドラッグを削減した効果がもっとも顕著に表れる富士のテストでは、3月上旬にライバルのレクサス勢と一緒に走行する機会がありました。率直に言って、現時点ではまだレクサス勢にわずかに後れをとっていますが、今回のテストを通じて我々の課題が明らかになったことは大きな収穫であったと捉えています。この“宿題”を第2戦富士大会までにこなし、ライバルと互角以上の戦いを演じたいと考えています。一方、鈴鹿では従来のコースレコードを1秒以上も上回るタイムをマークしているので、2012年仕様が長足の進化を遂げていることは間違いないと思います。
最後に、開幕戦岡山国際大会でのレースについてお話ししましょう。
テクニカルサーキットの岡山国際はHSV-010 GTがもっとも得意とするコースのひとつ。Hondaとしては予選でフロントローを獲得し、そのまま逃げきるレースで優勝を果たしたいところです。ただし、先ほどお話ししたとおり、大幅なスピードアップを果たしたGT300車両の動向がレースの流れを左右する恐れもあります。レギュレーション変更によりGT300車両も大幅に速くなっており、いくらこれに対応する形でGT500車両のエアリストリクターが拡大されてはいますが、これまでのように容易にGT300車両を抜かせるとは限りません。そうなると、予選で上位グリッドを獲得することが非常に大切になってきます。極端な話、岡山国際大会の結果次第では今後の開発計画に大きな影響を受けることになるかもしれません。
では、5台のHSV-010 GTの中では、どのマシンが有利でしょうか? ハードウェア面では、もちろん5台に差はありません。また、プロジェクトリーダーの立場からいえば、5台全部にがんばって欲しいところではありますが、テストの流れを見ていると、ひとつの傾向が浮かび上がってきます。まず、マシンごとの話で言えば、#100 RAYBRIG HSV-010が安定して速いですね。伊沢選手と山本選手のがんばりが効いているようです。その他では、#17 KEIHIN HSV-010の塚越選手がキレのいい走りをしています。つまり、伊沢選手、山本選手、塚越選手の若手3人が、今季のHonda勢を牽引してくれそうな気配なのです。もちろん、残る7人のドライバーも、指をくわえて彼らの奮闘を眺めているわけではありません。全員が勝利を目指して闘志満々、毎戦熱いレースを見せてくれることは間違いありません。
どうか、今シーズンも5台のHSV-010 GTに温かいご声援をお送りください。よろしくお願いいたします。