2012年のHSV-010 GTは、サイドラジエター化を図った2011年仕様の熟成がメインテーマで、大きな変更点は3つあります。
1つめは、サイドラジエター・レイアウトに適合したエアロダイナミクスの熟成で、主に手を入れたのはラジエター周りの空気の流れです。車体前方から取り込まれた空気は、ダクトからラジエターを通過し、ルーバーを通って車体の外側に排出されますが、この部分を見直すことで、空気がより効率的に流れるように改良しました。
これにあわせてリアフェンダー周りのデザインも変更しています。2012年仕様ではレスドラッグ、つまり空気抵抗の減少を空力開発のテーマとして掲げましたが、空力の効率を上げることができれば、ドラッグを減らしながらダウンフォースを増やすことも可能です。そこで、リアフェンダー周りのデザインを見直し、できるだけ効率的にダウンフォースを上積みする方法を模索しました。エアロダイナミクスというものは、クルマ全体で発生するダウンフォースやドラッグの総量も大切なのですが、ダウンフォースの前後バランスも非常に大切で、新型リアフェンダーは全体のバランスを取りながら開発されています。
続いて、エンジンのエアリストリクター径拡大に対応する開発を行いました。エアリストリクターとは、エンジンに取り込まれる吸気量を制限するリング状の部品です。エンジン出力は、エンジンの吸気量にほぼ比例します。したがって、小さなエアリストリクターで吸気量を絞れば、それにともなってエンジン出力も低下します。SUPER GTでは、さまざまな競技車の性能を一定にそろえるためにエアリストリクターを用いているのです。今回、GT500クラス用のエアリストリクターが直径29.1mmのもの2個から直径30.3mmのもの2個へとサイズが拡大されました。SUPER GTではエアリストリクターのサイズについて独自の規格を持っていて、今回の拡大は2段階アップに相当するので、関係者は「2リストリクター・アップ」もしくは「2リス・アップ」などと呼んでいます。
リストリクター径が拡大されるとエンジンの最高回転数が上がり、パワーが上昇します。これにともない、車体前方から吸入気を採り入れるダクトの変更を行ったり、吸排気系やカムシャフトの見直しなどを実施しました。
3つめのポイントがエアコンの装着です。ご存じのとおり、エンジンパワーのロスに直結するエアコンはレーシングカーに用いないのが従来の常識でした。しかし、コクピット内は40℃にも50℃にもなります。こうした環境で、レーシングドライブという激しい運動を続ければ、ドライバーは脱水症状に見舞われ、最悪の場合には意識を失ったり命を落としたりする恐れもあります。そこでこれまではクールスーツという装置を使ってドライバーの身体を冷やしてきました。クールスーツとは、クーラーボックス内に氷を入れておき、この氷で冷却した水を循環させることでドライバーの身体を直接冷やす装置です。この際、ドライバーはレーシングスーツの下に細いパイプを張り巡らせたジャケットを着装し、このパイプ内に冷却水を流すわけですが、身体の一部だけが極端に冷やされる一方で、それ以外の部分はほとんど冷やされないということになりかねず、快適性という意味では決して優れたものではありませんでした。
今回開発したクーラーは、ドライバーズシートから直接冷気が吹き出すデザインとし、ドライバーの体表面のできるだけ広い部分を効率的に冷やす構造としました。一方で、キャビン全体を冷やすほどの容量はいらないので、エアコンを強く効かせる必要はありません。また、エアコンのコンプレッサーも必要なときのみ作動させる制御を採り入れており、エンジンのパワーロスも最小限に抑えることができました。なお、このコンプレッサーは、Hondaの軽自動車用のものをベースに開発しました。
こうして完成した2012年仕様のHSV-010 GTは、優れたコーナリング性能を有するという従来からの特性を受け継ぎつつ、一段とポテンシャルが向上しています。どうか、より熟成された「サイドラジエター HSV-010 GT」の活躍にご期待ください。
これはフロントのホイールハウス内の様子を、タイヤを外して撮影したものです。ブレーキキャリパーはご覧のとおりアルコン製を使用しています。形状はレギュレーションに基づいた形で決定されています。写真では、向かって右側が車両の前方にあたります。画面の左隅に、サイドラジエターからの冷却気排出口の一部が見えます。
エンジンルームは、サイドラジエターに導かれる冷却気やエンジンの吸入気などを通す大きなダクト類があり、エンジンの姿は全く見えません。中央の黒いカーボン製のパーツが、冷却気や吸入気のためのダクト。その両側に見えるオレンジ色のパイプはブレーキを冷却するためのダクトです。2012年仕様のエンジンはリストリクター径が拡大されたことで最高回転数が上昇し、最高出力は40PS弱ほど向上しました。
ドライバーの目の前には、こんな景色が広がっています。たくさんのスイッチ類や大型の液晶パネルが取り付けられたステアリングホイールは、F1などでもおなじみのものです。ここには、ピットとのコミュニケーション、エアコンのコントロール、エンジンの出力特性調整、ギアシフトのコントロールなどに関係するスイッチを配置することで操作性を向上させています。中には、たとえばエンジンスタートスイッチなどのように、ステアリング上だけでなくダッシュボード上にも同じ機能のスイッチが設けられていることもあります。これは、トラブルなど万が一の事態を想定して取り付けられたものです。
HSV-010 GTのコックピットでまず目を引くのは、フロントウインドウの内側に張られた大きなV字型のパイプでしょう。これはコックピットを守るロールバーにしっかりと固定され、アクシデントの際にパーツなどがフロントウインドウを突き破ってコックピットに飛び込んでくるのを防止してドライバーの安全を確保します。SUPER GTに出場する競技車の中では、HSV-010 GTが最初の装着例だと思われます。ドライバーズシートには黒いダクトが取り付けられていますが、これが新たに装着したエアコンの冷気を導くパイプ。このダクトは、本来は助手席の足下付近にあたる場所に固定されたエアコンのコンプレッサーに接続されています。
これはトランクルームに相当する部分の写真です。GT500クラス車両は、ギアボックスが後車軸近くに置かれたトランスアクスル方式を採用しています。このため、トランクルーム内はこのギアボックスとリアサスペンションでほぼ覆い尽くされています。サスペンション形式はダブルウィッシュボーン式ですが、ダンパースプリングユニットはホイールストロークとロールを独立して制御できる3ダンパー方式を用いています。このダンパーはHondaと童夢の共同開発品で、コンディションが変化しても一定の性能を保つ特別な工夫が施されています。
エアロダイナミクスの改良にともない、リアフェンダー周りの形状を見直しました。全体的にはよりダウンフォースを増やす方向で変更しています。デッキ部分は、昨年までの1枚構成から2枚構成に変わりダブルデッキと呼んでいます。極力ドラッグを増やさず、よりダウンフォースを増やす方向で開発されています。
エンジン型式 | HR10EG |
エンジン形式 | 水冷V型8気筒DOHC縦置き(90度) |
総排気量 | 3,397cc |
エアリストリクター径 | 30.3mm×2 |
燃料供給形式 | 電子制御燃料噴射装置(PGM-FI) |
点火形式 | CDI |
最大出力 | 500PS以上/-rpm |
最大トルク | 40kg・m/-rpm |
全長×全幅 | 4,675mm×2,000mm |
ホイールベース | 2,700mm |
トレッド | F:-mm/R:-mm |
車体高 | 1,100mm |
車両重量 | 1,100kg以上 |
フレーム | フルカーボンモノコック+鋼管ロールケージ |
ボディ | カーボン/エポキシレジンコンポジット |
ミッション | リカルド製6速パドルシフト |
クラッチ | AP カーボン製5.5" 4プレート |
サスペンション | ダブルウィッシュボーン式 |
ステアリング | ラック&ピニオン EPS付き |
ブレーキ | 油圧式ベンチレーテッドディスク |
タイヤ | F:330/40R18、R:330/45R17 |
オイルクーラー | 水冷式 |
フューエルタンク | FT 3.5 100L |
ヘッドライト | HID 2灯式 |
1963年2月10日生まれ。1986年 本田技術研究所 和光研究所 入社。初代VTECエンジンの研究開発に従事。その後、1987年〜1992年まで第二期F1エンジン性能担当として、V6 1.5Lターボエンジン、V10 3.5L、V12 3.5Lエンジンの研究開発を担当するかたわら、エンジン担当エンジニアとしてレースを転戦。第二期撤退後、無限ホンダ F1プロジェクトに参画し、エンジンの開発を担当。引き続き第三期においても、F1 V10 3.5L、V8 2.4Lエンジンの研究開発を担当し、エンジン担当エンジニアとして、レースを転戦。2005年以降エンジン開発責任者として、F1撤退までエンジン開発を担当。撤退後は、GTエンジン開発を担当、エンジン研究開発責任者として、2010年Honda GTプロジェクトLPL代行、2012年2月Honda GTプロジェクトLPLに就任。